第101話 ザレ到着そして診断

エーファに頼んでトールにメッセージを送ってから、正確には送れたと思われる日から二日が経過した。シンデルマイサーとドミニクは、ドミニクの執務室で今か今かとトールが帰って来るのを待っている。


「ドミニク殿。あの言葉はトール殿に本当に伝わったのでしょうか?」


「娘が言うにはトール殿と大川辺猫が近くにいれば動作するはずとの事ですが……。発明品を信じるしかありますまい。他にトール殿を探す手段がないので」


「確かに。しかし待つしかないというのは……」


もしもトールが戻るのに一月二月かかるような場所にいたとしたら…? もしもトールに伝言が届いていなかったら…? 二人の頭にもう駄目かもしれないという言葉がよぎる、その時だった。ドアをノックされる音が響く。


「どうした!?」


「トール殿が帰還されました!!」


「応接室か!? すぐに行く」


「はっ!」


シンデルマイサーは僅かな希望が差し込んできたのを感じた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ザレに帰ってきて荷物を家に置いてから、エーファの所へ戻った旨を伝えに行った所、すぐに東都公邸に行って欲しいと言われ馬車で連れて行かれてしまった(ミズーは馬車に乗らなかったので外を歩いていた)。

そのまま公邸内の応接室のような所に通される。しばらく待っていると慌ただしく誰かが入ってきた。ドミニクとシンデルマイサーだ、二人とも慌てた表情をしている。


「トール殿!! よくぞ戻って来られた!! 娘からの言葉は届いておりましたか?」


「ええ、それを見たので戻ってきたのですが。まだ商売も出来ませんし、一体どういったご用件で?」


シンデルマイサーはかなり差し迫った表情だ。


「それについては私の方で片付けておいた、以前に納めた四級傷病回復薬の報酬も出るし、営業停止命令も既に撤回されている。それよりもだ、以前にお会いした時にトール殿独自の技術で腹腐り病の娘を治療したと言っておったな?」


「(あー、やっぱりそれ絡みか)はあ、確かに言いましたけど」


「実は同様の治療をどうしても施してほしい人がいるのだ、それも緊急に」


「うーん、そう言われましてもあれは特殊な方法でしてね。あまり大っぴらにやりたくないんですよ」


「そもそもこの件は元々大っぴらに出来ない事情がある案件だ。従って、治療法や治療者については私とドミニク殿ももちろん秘匿する。外に広めるような事はしない!」


「皇国に召し上げるといった真似も無いですか?」


「それはむしろ光栄な事だとは思うのだが……、トール殿がそう言うのであればそれもしない」


大っぴらに出来ない事情があり、かつ上位貴族であるシンデルマイサーが平民である俺にここまで必死に頼み込むという事は、おそらくはシンデルマイサーよりもっと身分が上のやんごとなき立場の人間がどうしようも無い病状で、藁にも縋る思いで俺に治療をさせたいのかもしれない。

正直、貴族とあまり深く関わりあいたくないので例の手術をやらないで済むならやりたくないな。失敗した時のリスクも大きそうだ。


とは言えこの必死さ加減、断るのはおそらく難しいだろう。ミズーも何か大きな要望があるらしいしな。


「頼むトール殿、診るだけでも診ては貰えないだろうか?はっきり言うとこちらも相当追い込まれているのだ。この案件に限ってトール殿に直接皇国執行令を出す権限も私に与えられている」


「そこまでの案件ですか。……分かりました、とりあえず診るだけ診てはみます。それで、その方は皇都におられるのですか?」


「いや、急ぎ対応したくてここまで連れてきている。今この公邸で休んでいらしゃる、こちらだ」


シンデルマイサーとドミニクに連れられ、俺とミズーが公邸を歩く。そしてしばらくしてある部屋の前で立ち止まった。


「トール殿。この部屋にいる人物について、思うところはあるかもしれないが一切の詮索はしないで頂きたい」


「分かりました」


シンデルマイサーがノックをしてから、声をかける。


「ヴェンデルガルド様、入ります」


全く返事はない、しばらくしてからシンデルマイサーがドアを開けると、薄い茶髪の若い女性というか少女と言っていいぐらいの子がベッドに寝かされている。脇には医師のような人が二人付いている。

彼女は苦しそうな表情ではあるが意識はないようだ。


「こちらのお方が診てもらいたい人だ、早速頼む」


外観上は外傷があるように見えないから内臓疾患の可能性が高そうだ。とすると、まずは体の中身を見通せるミズーの意見を聞きたいな。


「申し訳ありませんが、特殊な診断方法を使っていてこれは人に見られたくありません。ですので私とこの大川辺猫を残して出て行ってもらいたい」


シンデルマイサーは少し考える素振りをしてから頷く。


「なんとなく分かってはいると思うが、その方はやんごとなきお方だ。医療行為なのでやむを得ないが、出来るだけ失礼のないように頼む」


そう言うと、二人の医師とシンデルマイサーとドミニクが外に出て行った。扉が閉まってしばらくしてからミズーに話しかける。


「なあ、ミズー。この人の体の中がどうなっているか分かるか?」


『無論だ。見る限りでは腫瘍のような物が体の中央部に出来ておるようだ。その他の部分にも飛び火しておる』


うーん、もしかして悪性腫瘍だろうか?だとすると傷病回復薬じゃなおせないんじゃないか、癌細胞はあくまで自分の体の一部だし。


「悪性の腫瘍かな? だと俺の傷病回復薬じゃ治せないんじゃないか?」


『いやお主が作った最高級の物であればおそらく治せるだろう』


「しかし腫瘍って一応、自分の体の一部だからな。傷や化膿しているわけでもないし傷病回復薬だと治せない気がするんだが?」


『前から気になっておったのだが、お主らは何故あの薬を傷病回復薬と呼んでおるのだ?』


「??、こちらの世界の言い回しだが傷を急速に治す事が出来る薬だからだろう」


『あれはそういう薬では無いのだが、真の効能を分かっておらぬのか』


ええっ、マジかよ!?

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