第98話 旅館

案内された家屋内部は、古い旅館のような構造になっていた。畳もあるし障子もある。もしかして古の民に俺と同じような日本からの転生者がいたりしたのだろうか?まあいいか、ゆっくりくつろげそうなのは間違いないし。


『なんだ、トール。この草を編んで作った妙な床を知っておるのか?』


「ああ、俺の前世にいた国にも同じ物があったんだよ。名称も同じようだ」


『ふむ、お主が転生してきたことを考えるとそういう事もあるやもしれぬな。感触は我も嫌いではないゆえ、お主の家に敷き詰めるのも良いかもしれぬ』


『それはともかく今日の夜は麻雀をやりたいな。ねえ、麻雀は出来るの?』


タイキに尋ねられた宿屋の女将らしき女性がそれに答える。


「タティエウクゥウムイワニアイオスゥンウスィヤエンド様、前もってデドゥワエウワアウムィイティヤンオイオスンウスアエル様に伺っておりました故、人の里にて購入してまいりました」


『おおっ! 良いね良いね!』


『まずは風呂に入って、飯を食おうではないか』


なんか、……家に帰ってきた昭和サラリーマンのお父さんみたいな事をミズーが言ってるな。が、俺もそれには賛成だ。


「使徒様、ここには温泉がございますよ。ゆっくりお寛ぎください。食事のご用意も我らにお任せください」


「そうなんですか。ここは一泊お幾らぐらいですか?皇国の貨幣で支払い出来ますでしょうか?」


「宿泊費は不要です、調整者様と使徒様にお泊りいただけるだけで光栄です。なんならここにずっと居続けていただいても結構です」


『ここは悪い所ではないがずっとおっても退屈ゆえな、我はそれには反対だ』


ミズーがそう言うのを聞いて、女将は少ししょんぼりしている。滞在し続けて欲しかったらしい。


「まあ、ともかく風呂に入ろうぜ。タイキとダイチはどうするんだ?」


『せっかくだし僕も入ろうかな』


『……』


ダイチは黙って頷いている、多分入るんだろう。



ミズーたち三体が入っても問題ないぐらい大きさの、石で出来た露天風呂のようなものがあった。桶やバスチェアは日本でよく見るようなタイプだし、さっきの障子や畳も含めて日本の旅館勤めの人が転生でもしてきたんだろうか? ローマ人が現代に来て風呂を学んで帰る話を少し思い出した。ちなみに丁度いい湯加減で非常に良かった。

でかい猫が三体、露天風呂に浸かっている絵は猫好きなら発狂不可避だっただろう。


風呂から上がると食事が用意されていた、和風の食事なのかなと思ったらパンに色々なおかずという取り合わせだった。純和風だしもしかしたら、白飯に味噌汁ワンチャンあるかと思っていたので少し残念だったが、食事自体は非常に美味しかった。


「フトンは敷いておきました」


旅館でよく見かける布団が四組並べて敷いてあった、ここではミズー達も布団の上で香箱座りするのだろうか?


『さーて、風呂も食事も終わったし麻雀大会やろうよ。今日こそはミズーに勝ち越したいね!』


『ふふふ、タイキよ。そうはいかぬぞ』


『……』


どうやら、三体ともやる気満々なようだ。長い夜になりそうだ。ま、ここにいる間は商売の事や金の事は考えないで良いからな、俺もガッツリ麻雀を楽しむ事にしよう。旅先で食事は据え膳で暇があったらまったりとテーブルゲーム、これもスローライフの一環かな?



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



とある部屋で、シンデルマイサーが立派な服を纏った男に報告をしている。


「あれから調べましたところ、件の男は現在ザレにて薬屋を営んでいることが分かりました」


「おお! そうか!」


「すぐにザレへ向かって、ヴェンデルガルド様の治療を依頼し、了承が得られ次第皇都に連れて来ようと考えております」


「うむ……。一つ聞くがそれで間に合うであろうか?」


「それは何とも……。さらに付け加えると、その男が必ずヴェンデルガルド様を治癒できるかどうかも分かりませぬ」


「左様か……。どうだろう、余の馬車を貸し与えるゆえ、ヴェンデルガルドも連れて行ってはもらえぬか?どういう治療になるのかは分からぬが、普通に考えれば早く処置すればするほど助かる確率が上がるであろう?」


「それはそうですが、ヴェンデルガルド様に旅の負担がかかるのが懸念ですな」


「どちらを取るかになるが……、余はヴェンデルガルドに行かせる方が良いと考える、もちろん優秀な医師と薬師をお付として連れて行かせる」


「承知いたしました、細心の注意を払いつつヴェンデルガルド様と共にザレに向かうと致しましょう。もちろん私もともに向かいます」


「爺、お前だけが頼りだ。くれぐれもよろしく頼む」


「治療を行う薬師には事情を説明し、十分な謝礼を渡すつもりではありますが、最終手段として皇国執行令を発令し強制するつもりでおります。

それ故、ザレ総合ギルドでの執行権をお願いしておりましたがどうなりましたでしょうか?」


「うむ、それについては総合ギルドと話が付いておる。爺に期間限定でザレでの全権を与えるそうだ、総合ギルド長に命令する事も出来る」


そう言って、男は金属製のとある紋章をかたどったプレートをシンデルマイサーに渡した。


「結構でございます、では明日早々に発ちます」


「くれぐれも頼むぞ、良い知らせが届くことを待っておる」


「はっ」

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