第97話 古の民の村

あれからしばらく、ベーデカ夫妻の家でゆったりした生活を送りながら、バーロザドンの温泉を堪能した。この世界に来て初めての温泉だ、やっぱり温泉は良いよね、文化の極みだよ。ザレでも温泉が沸いていればなあ。


割とおおらかな温泉だったのかミズーについても入って良いと言われたので、同じ風呂に漬かっていた。俺の横で香箱座りして温泉に入っている巨大猫。


「水の調整者なんだし、温泉なんかに漬かっても意味あるのか?」


『いや、我は温泉が気に入った。そう言えば、お主が作った薬湯に我も入れるように家の風呂を改造する件も忘れてはおらぬからな』


「……そうか」


猫って風呂が嫌いなイメージがあるが、まあミズーは猫じゃないしな。


そう言えば、ベーデカ夫妻や温泉地の人と麻雀をする機会があった。ミズーは俺の真後ろにピッタリとくっついて鎮座して、俺の頭に顎を乗せて手を考え、いちいち切る牌を前足と肉球で倒してくる。大川辺猫は麻雀も出来るんだねえと感心されたが、そんな川辺猫は多分いないと思う。



ベーデカ夫妻に一週間ほどお世話になって、そろそろお暇して古の民の村へ向かう事になった。ここを発つ前の日に、お世話になりっぱなしだからお金を渡した方が良いかとも思って、こっそりヤスミンさんに打診してみたが固辞された。

そんなものより、また遊びに来て欲しいと言われてしまった。無理やり渡すのもあれだし、ここは御厚意に甘える事にしよう。


バーロザドンを出る朝、北側の門まで見送りに来てくれた。


「ヨハンさん、ヤスミンさん、長い間お世話になりました」


「儂らも楽しかったよ、是非また来ておくれ」


「今度来る時は奥さんもつれてきて欲しいわ。ジルヴィアさんともお話してみたい」


「次に伺う時には妻も連れてきますよ、ではお元気で」


「ではな」

「トールさんも元気でね」



ミズーに乗って北へ向かって進んでいく、一日程進むと小さな村に着いた。

村で聞き込むと、ここより北に村や町は無いらしい、ここがバードーラン州の北方限界の村という事だ。

一件だけある民宿のような宿に泊まる。


部屋でミズーと今後について話し合う。


「なあ、ミズー。ここから先に村や町は無いらしいんだが、古の民が住んでいる所までここからどれぐらいかかるんだ?」


『うーむ……。今までと同じペースで進むと三~四日ぐらいはかかるのではないか』


「ええっ、マジかよ!?そうなると野宿するしかないけど、ここから先は相当寒くなるんだろ?」


『うむ』


「そうなると野宿の用意をしないと駄目か、参ったな~」


そう言うと、ミズーが上を向いて少し考えこむ仕草を見せる。


『確かにそれもそうだな……、うむタイキの力を借りるか』


「は?どういう事だ」


『我とお主の体をタイキの力で薄い膜で包む、そうすると我が全速力で走っても振り落とされることが無くなるし、環境への影響も抑えられる』


「空気抵抗が無くなるみたいな話か? そう言えばお前の全速力ってどれぐらいの速度なんだ?」


「そうだな、この体の形態だと今の十倍ぐらいなら余裕で出せる。本気を出せば、さらに上だ」


そうなると、リニアモーターカーぐらいの速度を余裕で出せるって事になるが。やばくない??


『我自身も同じ膜で包めば、周りへの影響も無い。これで行こう、決まりだ』


俺が良いとも悪いとも言う前にミズーが勝手に決めてしまった。

なんとなしに不安だな……。



次の日の朝、村の北の門へと向かうと既にタイキがお座りして待っていた。

俺たちに気付くと、前足を上げて挨拶する。


まだ、この辺りには村人がいるから喋る気はないようだ。俺がミズーにまたがると、しばらく今までと同じ速度で走り始めた。

タイキも並走している。


村からしばらく離れたところで二体とも止まった、俺もミズーから降りる。


「ここから先はちゃんとした道が無さそうだな」


『うん、元からそういう所だからね。僕がトールとミズーを上手く制御するからもっと早く古の民の村へ向かうって事で良いんだよね?』


『然り、お主はどうする?』


『ザレの家に行っても仕方ないじゃん。もちろん君たちについていくよ。あそこなら僕らが喋ってても支障ないから』


「古の民の前では喋っても良いのか」


『うむ、奴らは遠い過去に我らが祖と契約を結んでおる。色々と協力する契約だ。故に話をしても問題はない』


「へえ、なるほどなあ」


『先にダイチが行って事情を説明してくれてるから、トールも特に問題なく入れるよ』


「(アイツ普段めちゃ無口だけどちゃんと説明してくれてるんだろうか)ダイチもいるのか」


『ここのところ、麻雀出来てなかったからあそこでガッツリやろうって話になってるんだよ』


「俺は聞いてないが、まあどうせ休みだし良いか」


『じゃ、そろそろ良いかな?』


タイキがミズーと俺に前足を向ける、………特に見た目は何も変わっていないようだが?


『良し。トール、我に乗れ。急ぐぞ』


「あ、ああ……」


ミズーにまたがった瞬間、ミズーが凄い勢いで走り出す。周りの景色が異常な速さで後ろに流れていく、うおおお凄い!

だが、俺に空気抵抗のような物は全く感じず非常に快適な乗り心地だ、タイキの膜とやらが効いているのだろう。


そのまましばらく走り続けると雪が積もっている、ミズーは大きくジャンプして雪の上を走り出した。

だが、沈み込むような感覚が無いので雪の上に足跡は付いていないようだ。前にヴァンド湖の上を歩くような感じで、雪の上を歩いているのだろう。



昼過ぎに洞窟のような場所についた。ミズーとタイキがその前で立ち止まる。


「この中に住んでいるのか?」


『うむ、先に進もう』


洞窟の中に入ろうとすると、入り口近くに槍をかかえて鎧を着て武装した兵士のような人が二人立っている。二人とも耳がとがっていて、俺が想像しているエルフって感じの人間だ。入ろうとする俺たちに二人とも深く礼をした。


「トゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様、タティエウクゥウムイワニアイオスゥンウスィヤエンド様。そしてトゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様の使徒様。

お待ちいたしておりました、奥までお進みください」


『うむ、ご苦労』


そのまま一人と二体で洞窟を進んでいく。洞窟には一定間隔ごとに松明のような物が設置されていて、それなりに明るい。

そのまま進んでいくと奥の方に明るいスペースが広がっていた。


そこまで行くと外に繋がっていた、周りが山に囲まれてはいるが上は空に繋がっている。ここが村の様だ。


村かゆったりとしたローブのような物を纏った女性が歩いてきた、横にはダイチもいる。女性は金髪に尖った耳、整った顔とこれまたザ・エルフ(ジか?)という感じだ。


「トゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様、タティエウクゥウムイワニアイオスゥンウスィヤエンド様。そしてトゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様の使徒様。

お待ちいたしておりました。宿の準備は出来ております、こちらです」


女性について進むと、一番奥に立派な平屋の建物が建っていた。なんか古い日本家屋のような建屋だな……。どうやらここが今晩の宿になるらしい。

宿に入ると、小上がりのようになっている。


「使徒様。ここで履物をお脱ぎください、ここから先は土足禁止になっております」


板の間のようなスペースでブーツを脱ぐ、揃えて横に置いておく。そのまま上がって驚いた!


「これ、もしかして畳か!?こっちは障子みたいだが!?」


「おや使徒様。タタミとショウジを御存じなのですか? 我らが民に古くから伝わるものなのですが」

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