第96話 ベーデカ夫妻
ミズーに乗ってアーヘン州を北へ進む、具体的には最初に来た時に通った橋を渡って川の北側へ。そこからさらに北へ伸びる道に沿って北上していく、しばらくはアーヘン州を進むことになるだろう。
しかし、ミズーは早い。時速四十~五十キロぐらいは出ているのだろうか。本人に聞くと、本気を出せばさらに早く飛ばせるらしいが、そうなると空気抵抗をまともに受ける俺も後ろへ飛んで行ってしまうかもしれない。急ぐ旅でも無いし、必死でミズーにしがみついてまで頑張る意味もない。
ザレからだいぶ北にある小さな町で一泊してから、また北の方へ出発し進んでいく。
ちなみに宿屋は、前にやってた通りのミズーが後から霧状になって窓から忍び込むスタイルで宿泊している。少しズル感はあるが、ミズーは動物ではないので宿屋の主人も許してほしい。
バードーラン州に入った、ここまで北に来ると少し肌寒い感覚がある、温度がだいぶ低いのだろう。第一目的のバーロザドンまではちゃんと敷設された道があるため、そこに沿って走っていけば問題なく着くはずで、ミズー号は今日も快速だ。
バーロザドンに付く前にとある村で一泊し、概ね予定通りにバーロザドンに到着した。遠くからも、湯気のような物があちこちから上がっているのが見えた。
バーロザドンはポツポツと家や宿泊施設などが建ってはいるが高い建築物も無く、建築様式こそ違えど日本の古い温泉街のような雰囲気だ。
引っ越しする際に、ベーデカ夫妻に教えられた住所を探す、しばらく歩くと目的の住所が見つかった。平屋建てのそこそこの大きさの一軒家だ。ドアを二回ノックする。
「はあい?どちら様かしら?」
おお、ドア越しに聞こえるのはヤスミンさんの声だ。
「こんにちは、ザレの街でお世話になったトールです」
「あら、トールさん?今開けるわね」
ガチャッとドアが内側から開けられた中には、柔和な笑顔をしたヤスミンさんが立っていた。前に会ってからそれ程経っていないのもあって、特に姿に変わりもない。
「ヤスミンさんお久しぶりです、前に頂いたお言葉に甘えて寄せさせて貰いました」
「訪ねて来てくれるなんて嬉しいわトールさん、さあ中に入って」
家の中には立派な暖炉があり火がたかれているのもあり暖かい。良い家具が揃っていて、落ち着いた雰囲気の家だ。鞄の中に入れておいた、紙の箱をヤスミンさんに渡す。ミズーがそれをじっと眺めているが、お前の物じゃない。
「これ、ザレで売ってる焼き菓子です。良かったらヨハンさんと召し上がってください」
「まあまあ、気を遣わせちゃって。ごめんなさいね」
「こちらこそ突然お邪魔してしまってすみません」
「良いのよ、むしろ大歓迎よ。今日はバーロザドンに泊まる予定なの?」
「ええ、その予定です。また後でこういう旅をする事になった事情は話しますが、急ぐ旅でもないのでこの町にある宿にしばらく泊まろうかと思っています。ここは温泉が有名らしいので入っていこうかと」
「あら、そうだったの。それなら宿なんて言わずにウチに泊まっていきなさいよ。部屋も余ってるし、主人も喜ぶわ」
「いや、でもそれはあまりにご迷惑かと」
「そんな事ないわ、お爺さんとお婆さんの二人だし気にする事なんてないのよ。あれからザレでどうしてるのかお話を聞きたいわ。もちろん大きい猫ちゃんも一緒よ」
「うーん、でも……」
話していると、入り口のドアがガチャッと開いた。
手に大きな紙袋を抱えたヨハンだ。
「おーい、ヤスミン今帰ったぞ」
「あら、貴方丁度良かった。トールさんが訪ねて来てくれたのよ」
「何、トールさんが? おお、トールさん久しぶりだな、訪ねて来てくれて嬉しいよ」
紙袋を机の上に置きながら、笑顔で話しかけてくる。
「ヨハンさんお久しぶりです、お元気そうで何よりです」
「もちろん、今日は泊っていくんだろ? 是非ヤスミン自慢の料理を食っていってくれよ」
「今ちょうどその話をしてたところなの。トールさん、しばらくバーロザドンに滞在する予定だそうよ。それならウチに泊まってもらったらと思って」
「ああ、それは良いな。是非そうしなさいトールさん」
「しかし、良いんですか……?図体のデカい猫もいますが」
「何を遠慮することがあるかね、大歓迎さ。さ、こちらの部屋を使うと良い」
そう言って、ヨハンさんが部屋に案内してくれた。ここまで言ってくれたのだから固辞するのも失礼か、お言葉に甘えさせてもらおう。
『トール、このベーデカという老人は本当に親切だな。総合ギルドの太った輩と大違いだ』
「ああ、この縁は大事にしたいね」
『然り』
荷物などを置いて、二人が待つリビングへと足を向けた。
ベーデカ夫妻の家で夕食を頂く。ヤスミン特製のクリームシチューのようなスープ料理だった、ミズーもバクバク食っている。
普段は器用にスプーンやフォークを使っているが、流石に今は直食いしている。
食事の最中に、ベーデカ夫妻がザレを去ってからとここに旅行する事になったいきさつを話した。
「なるほど、そういう事になってるのね。しかし、総合ギルドも酷いもんだねえ」
「どうもギルド長が新しい人になってから無茶苦茶みたいですね。総合ギルドってその辺の自浄作用は無いんでしょうか?」
「どうだろう? 儂らがいた時にザレでそんな酷い事が起こった事は無かったけどなあ」
おそらくこれも俺の天運がなせる良い縁も悪い縁も引き寄せる業……なんだろうな多分。
「そういえば『白銀』ってクランが訪ねてきましたよ」
「ああ、エルヴィンさんかい。そう言えば、エルヴィンさんとクララさんの事を言うのを忘れていたね。でもトールさんなら問題なく対処できただろう?」
「ええ、まあおかげさまで」
「あの子らは良い子達だよ、仲良くしておあげ」
「まあ、それなりの付き合いはさせて貰っているつもりです」
「エルヴィンとクララと言えば、トールさんは結婚する予定はあるのかい?」
「それが諸事情がありまして、つい先日結婚したんですよ」
「ええっ!? それは驚きだねえ、相手はザレに住んでる子かい? ……もしかして、ベッカールの?」
「いやいやパン屋のお嬢さんじゃないですよ。奇妙な縁があって、つい先日ザレにたまたま訪れていた吟遊詩人の女性と結婚することになったんですよ」
「そうかい、それはめでたいねえ。でも、今日は一緒じゃないんだね」
「各地を旅して詩や歌を集める事を生涯の仕事にしたいらしくて、また旅立っていったんですよ。定期的にザレには戻ってくるみたいですが」
「新婚すぐに旅立つなんて変わった夫婦だねえ。でもまあ、夫婦の数だけ夫婦の形はあっておかしくないからね。そういうのも良いのかもしれないね」
ベーデカさんって意外に柔軟な考え方なんだな。令和になった日本でも、こういうのには目くじら立てる人が結構いそうなのに。
「トールさん、明日は一緒に温泉に行かないか? おすすめのところがあるんだ」
「良いですね、ミズーも一緒に温泉に入れますかね?」
「どうじゃろう、大川辺猫が入った事自体ないんじゃないかと思うが。まあ、頼めばおそらく入れるじゃろ」
「良かったら背中を流しますよ」
「おお、そりゃ嬉しいのう」
「あら、貴方良いわね。私も流してもらおうかしら」
「いやあ、ヤスミンさんは流石にまずいですよ」
「はっはっはっは」
「うふふふ」
「ははは」
食卓にゆったりとした時間が流れる、変な事に巻き込まれたのがきっかけだったけど旅に出て良かったな。
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