第95話 それぞれ

あれから二、三日して北の方へ旅立つ日が来た。俺とミズーは町の西にある門の外にいた。


俺たちが向かおうとしているバードーラン州は、ザレがあるアーヘン州の北側に隣接している非常に巨大な州だ。

州の面積自体はアーヘン州の倍以上ある。ただし、北側の二分の一ぐらいは万年雪に覆われているため、人が住んでいない。

将来的には開拓されるんだろうが、まだまだ未開拓な所が多い。


州の北東側が海に面してはいるものの、海との間に高い山々が連なっているため、海の幸を得る事も出来ない。

そういう事もあって、経済力はアーヘン州の方が圧倒的に高い。

ただ、バードーラン州は温泉地が多い事で有名で、保養地が各所に存在している。


その保養地の一つであるバーロザドンという町に、俺がザレに来た時にお世話になったベーデカ夫妻が住んでいる。なので第一目的地はそこに設定している。


「しかし完全に無人すると店を荒らされたりしないかな」


『領主の娘に言っておいたから問題あるまい』


あの後エーファに事情を話して、それきっかけで旅行する旨を話したところ、天才発明家でもある使徒様になんて失礼な奴らだ!と憤慨していた。最後には、絶対に許さん、総合ギルドごと私の発明品で木っ端みじんに破壊してやる!とまで言っていたので、何とかなだめ留守中の家の事をお願いしておいたのだ。

旅行について来たがっていたが、流石に連れて行くのはな……。


「まあ、それもそうか」


『念のため、我の力も施して置いたぞ』


「え?何かやったのか?」


『脆そうな部分や隙間には我が作った液体を流し込んである、びったりとくっつく液体だ』


接着剤のような物だろうか?それなら誰も中に入れないな。


「それなら安心だな、さてバーロザドンに向けて出発するか」


『では、我に乗れ』


「ああ、よろしく頼むぞミズー」


ミズーに乗る、……やっぱりいつも通り微妙なしっとり感があるな。

俺が乗ったのを確認してから、ミズーが走り出した。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ギルド長、例の薬師ですが旅立ったようです」


「私の判断に不貞腐れたのでしょうかねえ、はっはっはっは」


「いやあ、しかし大儲けですよ、質の良い四級傷病回復薬がタダで手に入るなんて。この街ではアイツを使って稼ぎますか?」


「無論ですよ、薬師に関しては他の二人に手を出すと命が危ないですからねえ」


「ギルド長も悪い方ですね、制度を変えてやりたい放題」


「そのおかげで君たちも甘い汁が吸えているのでしょう?薬師以外にも目を付けているのはいるのですか?」


「ええ、この革細工職人や金細工職人も良さそうですよ」


「流石は東都ザレ、金の生る木がいっぱい生えておりますねえ。裏工作に苦労した甲斐がありましたよ」


「我らが去る頃には、木が枯れ尽くした原っぱになってるかもしれませんが」


その言葉に集まった男たちが、心から愉快そうに笑うのだった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



トールとミズーがザレを旅だった頃、ドミニク・アーヘンにもエーファから報告が上がっていた。ドミニクもエーファ同様に怒り狂っている。


「おのれえええ、総合ギルドめ!!トール殿に失礼を働くとは許すわけには行かぬ!!」


「しかし、ドミニク様。総合ギルドは半民間組織。我らが人事に直接口出しすると面倒な事になりますよ」


「分かっておる!!だが、トール殿への狼藉をタダで済ますなど出来るわけないであろうが!!今すぐ、総合ギルドをこの手で破壊し尽くしたい気分だ!!」


ドミニクの部下は似た者親子だなと少し思った。ドミニクは執務室を考え込みながらウロウロしている。


「何か手が無いか我らの方でも検討してみます」


「うむ、頼む。水の調整者の使徒たるトール殿に恥をかかせるなど、アーヘン家末代までの恥ぞ。ご先祖様に申し訳が立たぬわ。我の方でも中央に働きかけてみるとしよう」


そう言うと、ドミニクは机に向かって何かを書き始めた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



シンデルマイサーが自分の私室で、書き物をしている。もう随分な年になったので後輩に席を譲り、第一線からは退いたものの、今でも中央政治に関わっている。

豊富な経験や、厳格かつ厳正な性格から今でも頼る者も多い。


コンコン。部屋のドアが何者かによってノックされる。


「何用か?」


「旦那様にお会いしたいとお伺いの方がいらっしゃいます」


「こんな夜更けにか?まあ良い、通せ」


その声と共に、身なりの良い服を着た一人の男が入ってくる。男を見てシンデルマイサーがハッとした表情をしてからすぐに椅子から立ち上がり深く礼をする。


「爺、今日はお忍びで参ったのだ。そういうのは要らぬ」


「承知いたしました。して、何用でこの爺の所へお越しになられましたか?」


男は部屋にあるソファにおもむろに腰かける、シンデルマイサーは机を挟んだ向かい側の椅子に腰を掛けた。


「うむ……、実は余の娘の事だ」


「とおっしゃいますと?」


「実は……、ヴェンデルガルドの具合が良くない」


「……なんと」


「専属の医師の見立てでは、極めて重い腑の病だという事だ。薬では治療のしようがないと。治療薬をふんだんに使ったとて二か月程度が山だろうと」


「それはなんともおいたわしい」


「爺の配下に、予算を与えて腑の病に新しい手法での治療を試しておる者がいるであろう? それで相談に来たのだ」


「そうでありましたか……、しかしながら未だ成功率が低く十に八九は失敗しております。我が孫も残念ながら……」


「そうであったか、やはりそんなうまい話はないものなのだな……」


男は心底残念そうだ。シンデルマイサーは考え込むそぶりをしてから、男に言う。


「……実は不確かなのですが、腹腐り病を完璧に治療した男に心当たりがあります」


「なんと!それは真か!」


「少し前まで皇都におりましたが、どこかへ旅立ったと聞いております。知り合いという程ではありませんが、名前や容姿は存じておりますゆえ、探し出すのはそこまで難しくはないでしょう」


「口は堅いのか?」


「部下に言わせれば、来歴から考えて問題ないと」


「爺、いくらかかっても構わぬ。秘密裏にその男を早急に探し出し、治療を依頼してもらえぬか」


「承知いたしました」


「途中必要な事があれば余まで申せ」


「はっ」

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