第94話 北国へ

「納品しようとした薬を返せない? そんな制度は無いはずですが」


ガッツリと太ったギルド長と呼ばれた男が笑いながら答える。


「はっはっはっはっ、実は私がその制度を昨日から定めましてね。薬を偽って納品する不逞の輩をあぶり出すために作った制度なんですよ。以前にいた総合ギルドでも功を奏しました」


いやいや、とんでもない制度だな。受付をしていた職員が続けて喋る。


「分かったらとっとと帰れ!ギルド長、今日の納品物の報酬はいかがしますか?」


「我らをたばかろうとした罰則として無しで良いでしょう」


「は?」


職員はニヤニヤとしながら、小馬鹿にしたように話しかけてくる。


「当り前だろうが、五級薬を四級として納品しようとするなんてとんでもねえ悪党だな」


「よく考えたらそれだけで済ませるのは甘いかもしれませんねえ……。うむ、貴方はザレで薬屋を営んでいるトール・ハーラーですね。店の販売許可を明日から二か月停止とします」


薬屋の営業許可証は身元が確かでない人間にいい加減な物を売られたりすると人命に関わるのもあって、確かに総合ギルドが出すものではある。だが、店で売った物が実害を出したわけでも無いのにまさかいきなり営業停止にするのはムチャクチャだ、職権濫用に近いものではないか? 脇で聞いていたのか、エルヴィンが口を挟んできた。


「待ってもらおう、ギルド長。いくらなんでもやり過ぎでないか? その薬だが、我らの専属鑑定人に鑑定させても良いが?」


「いくら『白銀』のエルヴィン様とは言え、口を挟まないで貰いたいですなあ。総合ギルドへの薬の納品に関する業務は、鑑定・報酬含めて我らの裁量ですぞ」


「しかしだな……」


「しかしもかかしもありませんな、我らの裁量には領主ですら口を挟むことは敵いませんぞ。この薬は没収、トールさんの薬屋は二か月営業停止。これで決まりです」


こんな無茶苦茶な奴を総合ギルドは雇っているのか、しかもギルド長とは。大きな組織になるとやはり多少は腐った奴が出てきてしまうんだな。総合ギルドは国が直営してるわけじゃないから、領主のドミニクに相談したところで解決はしなさそうだ。


「分かったらさっさと帰れガキ!」


しっしっと追い払うような仕草を見せる、職員。ギルド長はずっとニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。うーん、これはどうしようもないか。腹は立つが、ここでこいつら二人を始末するわけにもいかないし。


「……ここまで総合ギルドが無茶苦茶な組織とは思いませんでしたね。薬は没収、店は二か月営業停止ですね。とりあえずは分かりました」


「トール殿、良いのか?」


「良くはないですが、埒が明きそうにもないですしね」


「……そうか」


エルヴィンが俺の耳元に近づき小声で囁いてきた。


「(この件は私も非常に不愉快だ、総合ギルドにはそれなりに顔が利く。別のルートから色々と調べておく)」


「(助かります)」


「(こちらもこれで三級薬を買えなくなっても困るからね、すぐにどうにかならないとは思うが任せておいてくれ)」


やっぱり、エルヴィンは良い奴だと再認識した。


大勢がこちらに注目している中、総合ギルドから外に出た。しばらく行ってから、ミズーが近寄ってきて小声で囁く。


『あれで良かったのかトール、あの場で奴らを干物にしても良かったが?』


「いや、流石にまずいだろうそれは」


『しかし、お主には次から次に面倒ごとが降って湧いてくるな。お主と行動を共にする前は遠くから様子を見ておったが、ここまで酷いのは見たことが無い』


「困ったもんだよ、天主様のおかげなんだろうけどさ」


俺の運が異常に悪いだけ、は流石にないか。だとすると確率が異常すぎる。


『まあどうにもならなくなったら、皆闇討ちしてしまえば手早く済んで良かろう。なあに、ダイチを使えば何をされたかすら分からぬ』


物騒な奴だなと思う反面、そっちの方が手っ取り早いし最悪そうするしかないかなとも思ってしまう俺はこの世界に染まって来てるんだろうか?


「それより二か月休みになってしまったから、どうしようかと思うんだが」


正直な所金に困ってるわけでも無いし、営業停止にされた所で別段困る事は何もない。何だったら一年二年停止にされた所で全く問題ない。


『ジルヴィアを追いかけるか?』


「うーん……、実はちょっと考えがあってさ。こんな事になってしまったし北の方へ旅行に行こうかと思うんだ」


『ほう、北へ?』


「ああ、具体的にはベーデカさんにお礼を言いがてらバードーラン州に旅しようかと」


『なるほど、温泉もあるらしいしな。……北か、ふむ』


風呂に興味がある巨大猫、ミズーが突然考え込む仕草を見せる。


「何かあるのか」


『いや、おそらくそのベーデカが住まうところよりもずっと北、年中雪に覆われているような所に小さな村があってな』


「その村がどうかしたのか?」


『領主の娘のエーファとかいう娘だったか、あの娘の母親と同じ種族である古の民と呼ばれる者たちが住んでおるのだ』


「へえ、そうなのか」


『奴らは古い経緯で調整者とも懇意の仲だし、これを機会にお主を紹介しておいても良いかと思ってな。お主もそれなりの寿命になったし、今後関わりを持つ事もあろう』


「そういう事なら、ベーデカさんと会ってからそこへ向かうか? 休みは少なくとも二か月はあるし。多少伸びても困る事もない、あまり遅いとジルに心配されてしまうかもしれないが」


『うむ、そうしよう。いつ出発する?』


「そうだな……。二、三日で旅支度して出るようにするか。移動はお前に乗せて貰っても良いんだろう?」


『無論だ』


「そうと決まれば、旅の準備だ」


『その前に、いつものパン屋でパンを買うぞ。今日は木の実が入った重ねパンを食したい』

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