北方旅情編

第93話 転機

ジルヴィアが旅立ってから十日ほど経った、今日も納品に総合ギルドまでミズーと共にやってきた。


風邪が流行っていたようなので『薬師の加護』で試しに葛根湯(のような物)を作ってみたところ、近所の人だと思うがウチで買った薬が非常によく効くと口コミで広がってしまったらしく、少し客が増えてきた。一過性のものだと良いんだが……。なので、総合ギルドに納品をする必要が少し薄れてきている。


しかし、これ以上店が忙しくなると困る。客は多くても一日十人ぐらいにして欲しい、気の向くままにゴロ寝したりとかコーヒーを飲みながら本を読んだりとかしなくてはならないのだ。


今日は久しぶりに四級傷病回復薬を納品する予定だ。そしてでっかい猫がうるさいので例にならい、帰りはいつものパン屋に寄る事になるだろう。


総合ギルド内ににミズーと共に入ると何やら騒がしい、何かあったんだろうか?

薬師用の納品窓口まで行こうとすると、途中に『白銀』のエルヴィンがいた。エルヴィンは俺に気付くと声をかけてきた。


「おお、トール殿じゃないか。今日は納品か?」


「ああ、そうなんですよ」


あれからエルヴィン達は、普通の鎮痛薬などを買いに店に来たり、総合ギルドで会って食事に行ったりとそれなりの付き合いをしている。

エルヴィンとクララは良い、だがその他のメンバーが色々アレで……、まあそれはここでは置いておくとしよう。


やはりというか、エルヴィンとクララは夫婦だった。以前食事に行った時、酷く酔っぱらったエルヴィンが「僕はクララを心の底から愛しているんだ!」と店で叫び出した時は本当に困った。


彼らの『白銀』クランは大きな敷地と建物をザレに持っており、個人的には腹に一物抱えてそうにも見えたがクララを慕う女性クラン員が多いのもあって、エルヴィンの立場は男からしたらハーレムに近い羨ましい環境とも言える状況のようだ。酔っぱらった本人が言うにはそんなクランより、クララと二人小さな家で家庭を持ちたいらしい、とにかくクララに一途な男なのはよく分かった。

エルヴィンは顔もイケメンだが、心意気もイケメンだったらしい。


「しかし、今日は騒がしいですが何かありましたか?」


「いや、実は総合ギルド長が昨日から変わったんだがどうも評判が良くない奴みたいでな」


「それで揉めたりしてるとか」


「一緒に連れてきた何人かの職員もそのギルド長に付き従うような奴みたいで、どうもな……。君も気を付けた方が良いかもしれない」


「そうですか、どうもありがとうございます」


薬師納品窓口に行くと、普段の担当者と違う人が座っていた。

出っ歯が目立つ、茶色の短髪で三十代ぐらいの男性だ。


「なんだ?納品か、それならさっさと薬を置け!」


「いつもは女性の方が担当だったと思いますが、交替されたんですか?」


「あ? ああ、あのババアなら配置転換になったんだよ」


彼がババア呼ばわりしたのは、以前までここで薬師納品窓口を担当していた四十代ぐらいの女性の事だろう。

非常に丁寧な対応で良い人だったんだが……、少なくともコイツよりは断然良かった。


「そうですか、ではこちらの薬でお願いします」


「えーっと……、四級傷病回復薬? お前みたいなガキにそんなもんが作れるのかよ」


「ザレの街で薬屋をやってるトールという者です、前担当者から聞いておられないでしょうか?」


「ああ、ババアの言ってたザレの主な薬師の内の一人か。しばらく待ってろ、鑑定する」


そう言って、薬を持って奥のスペースに入っていった。


丁度今いけ好かない態度の職員が主な薬師の内の一人、と言ったがザレの総合ギルドにそれなりの薬を納品する人物は俺の他に二人いる。


一人はメッテルニヒ卿と呼ばれる八級貴族だ。アーヘン州に薬業貴族として勤めている、要はドミニクの配下という事になる。

彼は金に困っているわけでもないので、総合ギルドに薬を卸す必要はないのだが「これは貴族としての責務だ」と定期的に自分で作った薬を卸している。

そして総合ギルドから貰えるお金については、材料と加工賃以外は困っている人のために使えと総合ギルドに返している、いわばノブレス・オブリージュを体現したような男だ。


彼は一応は三級薬師らしいが、あまり薬師としての実力が高くなくてそこまでランクが高い薬を作れないらしい、ギリギリ四級が作れるレベル。

俺が涼しい顔でたまーに四級薬を納品しているのが気に入らないのか、会うと何故か俺へ変に突っかかってきて困った奴だ。

ノブレス・オブリージュ精神は立派だとは思うんだが……。


もう一人は、ザレの北東の方に居を構えるリカルダ婆と呼ばれる高齢の女性だ。

ザレの北東の端の方はあまり裕福で無い人が住むエリアがある、スラムという程治安が悪いわけではないが。そのエリアで薬師をやっているのが、リカルダ婆だ。格安で治療師のような事をやっている。それだと元が取れないので、総合ギルドに納品して金を稼いでいるらしい。


俺と同じ四級薬師だが、実力はメッテルニヒ卿より上と聞く。

ヨボヨボしたお婆さんだが、そういう事情もあって裕福で無いエリアの人に非常に慕われていて、もし彼女を襲ったり嫌がらせしたりしようものならとんでもないお礼参りが待っているため、割と恐れられている存在だ。

少し話したことはあるが、本人は普通の気の良いお婆さんだった。



先ほどのいけ好かない職員が、薬を持って受付までやってきた。


「鑑定が終わったぞ、どこが四級だ! これは五級傷病回復薬じゃねえか」


???そんな訳がないだろう、こっちは『薬師の加護』で精製してるんだ。


「はあ??そんなわけないと思いますが」


「なんだ、てめえ。俺の鑑定を疑うのか?」


「四級で間違いない確信を持っておりますので。もう一度鑑定いただけませんか?」


「うるせえ、ガキ! 俺が五級と言ったら五級なんだ、黙って受け入れろ!」


職員と言い合いをしていると、奥の方からでっぷりと太った油ギッシュな人物がこちらに近寄ってきた。よく見ると鼻毛がガッツリ出ている。


「おやおや、何をしているんですか?」


その人物に職員が気付くと、軽く礼をして言葉を続ける。


「ああ、ギルド長! こいつが俺の鑑定に文句をつけやがるんですよ!」


「おや、それは困りましたねえ。あなたは……、ええとトールさんでしたっけ。ザレで薬屋を営んでいるという」


「ええ、そうです。それは間違いなく四級のはずですが」


「そうは言ってもザボン君が五級と鑑定したなら五級ですよ。言いがかりをつけるのは止めていただきたいですなあ」


言いがかり?? そこまで言うなら、薬の納品をやめさせてもらうか。


「……分かりました、そこまでおっしゃるなら薬の納品を辞めさせてもらいます、返却ください」


「ああ? 一度納品した物を返すわけねえだろ、五級の金貰ってとっとと帰れよ、ヤブ野郎が!」


こいつらもしかして、四級の薬を五級と偽ってその差額を掠め取るつもりか? とんだ小悪党だな。

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