第91話 結婚
「とりあえず、一度中へ戻りましょうか」
そう提案すると、ジルヴィアは頷いた。
「うん、分かった。だが、私の事をここまで明らかにしたんだ。君の事を聞かせて貰うまで帰るつもりは無いよ」
ジルヴィアはじとーっとした視線を俺から外さない。参ったな~と思っていると、ミズーが俺に近寄ってきた。
『お主の事を包み隠さず教えてやればよかろう、なあに悪い事にならぬ』
「本当か……? 包み隠さず教えてやるってどこまでだよ」
『本当の最初からだ。こ奴は上位調整者が容易に契約などする存在ではない事を知っておる。つまり、我とお主が契約した理由に妥当性が無ければ納得すまい』
転生してこの世界に来たとこまで明かさないと駄目って事か。
『我からすると人などどれも同じに見えるが、お主らからすればあの娘は容姿が整った存在なのだろう? その上で強さもあの通りなのだ。ろくでもない輩でも無さそうだし仲良くなって、お主が困る事もあるまい』
「……うーん、そうか?」
……ミズーがいやにジルヴィアと仲良くなるのを推してくるのがどうもひっかかる、何か裏があるんじゃないだろうな。しかし、ジルヴィアが言った通り俺の事を話さないと帰るつもりは無さそうだ。
部屋に戻って、さっきと同様に机に向かい合って座った。俺の事をじっと睨みつけながら、ジルヴィアが切り出した。
「さてと、ではトール君。君の事を教えて貰おうかな。今更、そこの調整者と契約しただけの存在とは言わせないよ?」
俺はふーっと息を吐きだす。
『トールよ、先ほども言った通りだ。最初から聞かせてやるのが良かろう』
「ま、仕方ないか。今から言う事はジルヴィアだけに留めておいてくれるんですよね?」
「それは約束する」
「分かった、そちらの事もつまびやかに教えてくれたんだ、こちらの事情も説明しよう」
違う世界から転生(正確には転生じゃないと思うが)してきた事、その際大いなる天主という存在から強力な加護を授けられた事、その加護が強力過ぎるからミズーと契約して寿命が二千年まで伸びた事などを説明した。
それを時折頷きながら黙って聞いていたジルヴィア。話し終わったタイミングで問いかけてきた。
「なるほど、そういう事情だったんだね。ここで薬屋をやっているのは何か理由があるのかい?」
「いや、単に楽してのんびり暮らしたいというだけですね」
「確かにザレは良い所だからね、皇国全土を旅しているから言えるけど、皇都かそれ以上に良い所だよここは。さっきのような輩がたまに出るけど」
「(俺の場合、たまにって感じで無い気がしないでもないが)特に『薬師の加護』を使えば、楽して稼ぐ事が出来るので」
「まあ、そうだろうね。それより私が気になっているのは君の寿命だよ、二千年というのは確かなの?」
ミズーが口を挟んできた。
『間違いない、我との契約でトールの寿命はおおよそ二千年に伸びた、もしかするともっと長いやもしれぬ。そこは我が保証する』
「そうかあ……」
ジルヴィアは何か嬉しそうな顔をしている、そして突然椅子を持って俺の真横に持ってきて座り直しピッタリと体をくっつけ、しなだりかかってきた。
なんだなんだ?
「ねえ、トール君は私の事をどう思う?」
「は?」
「私はトール君の存在が凄く嬉しいよ、こんな長寿命の人はいないからね。古の民だって精々一千年が良い所だ。でも君となら人生を分かち合えると思うんだ……」
なんか激重な恋人みたい事を言いだしたぞ、急にグイグイ来て少し怖い……。
「今の時点だと私の方が少し年上だけど君の前世も合わせたら大して変わらないし、なあに数百年もしたら気にならなくなるさ。寿命の差が激しいから、今まで人と深い関係になるのを避けてきていてね。正直寂しかった部分も結構あったんだ」
「そ、そうなんですか」
「トール君はまだこちらの世界に来て一年二年程だから、そういう感覚はまだ無いと思う。数十年したらそういう感覚も出てくるよ。そういう時に、分かり合える相手が欲しくないかい?」
「まあ、いたらいたで良いかもしれませんが」
「そうでしょ?そっちのミズー、水の調整者様はあくまで私たちとは違う次元の存在だからね。同じ舞台の存在ってのは貴重だと思うんだ」
「……つまるところは、どういう事です?」
「うん、私と結婚して欲しいんだ。長い長い一生を共にしようじゃないか」
「ええ!?会って半日も経ってないですよ!?」
「そうだけど、君のような存在と出会う事はもう二度とないからね。私は君の事が気に入ったしここで逃がしたくないんだよ、絶対に。ねえ、トール君は私の事が嫌いかい? 我ながら悪い人間では無いつもりだし、容姿にはそれなりに自信があるつもりなんだけど」
「いや、嫌いとか好きとか判断する時点じゃない気がしますよ」
確かにジルヴィアは美人だとは思うし、嫌いになる要素は今の所ない。しかし、よしすぐに結婚しようとはならないだろ。色々躊躇っていると、ミズーが飲み物を勧めてきた。
『トールよ、ここはひとまず落ち着いて飲み物でも飲んだらどうだ?ジルヴィアの分もあるぞ』
「おお、ミズー。いつになく気が利くな」
一旦気持ちを落ち着けようと俺とジルヴィアが勧められた飲み物を飲む、うん?変な味だな。
「おい、ミズー変わった味だがこれはなんだ?」
そう言った時だった、顔が熱くなり心臓が強く跳ねるのを感じた。それと同時にジルヴィアがしなだれかかった部分が熱く感じる。思わずジルヴィアを見ると可愛くて愛おしくて仕方ない気持ちが溢れる、なんだこれは??
ジルヴィアも上気してぽーっとした表情で俺をじっと見ている。
「トール君ってそんなに素敵だったかな。君が欲しい……」
おもむろにシルヴィアが顔を近づけてきて俺に強く口づけをする。
俺の中に僅かに残った冷静な部分が、絶対に何かがおかしいと警鐘を鳴らすが体が言う事を聞かない。
「ねえ、トール君。二人きりになれる場所に行きたいな……」
それを聞いて俺は我慢が出来なくなった、ジルヴィアを強く抱きしめ母屋の二階に連れて行った………
翌朝、気が付くとジルヴィアと俺は二人とも裸で同じベッドに寝ている状態だった、ジルヴィアは小さな寝息を立てている。
これは……と思って布団をまくりベッドの上を見ると、小さい血の跡やらアレな液体が乾いた跡がある。前世では一応経験があるので、分かる。これは確実にヤッてしまった。何となくだが記憶もある。
布団をまくったからかジルヴィアが目を覚ました、俺を見て少し顔を赤らめている。
「トール君、私は初めてだったんだ。もちろん、責任は取ってくれるんだよね?」
日本じゃ一晩寝たから責任を取るなんて事は今どきあまり無い気がするが、皇国の常識ではどうなんだろう? 黙って考え込んでいると、ジルがじとっとした視線で俺を睨む。
「……まさかやるだけやって、知らん顔をするつもりかい!? 酷いよ!!」
「いや、そんなつもりないですよ」
「じゃあ、結婚してくれる!?」
昨日会っていきなり結婚か……。ただまあ、単純にジルヴィアは魅力的な女性だと思ったし、やはり何十年もしたら俺も人恋しくなったり寂しくなったりする事はあるかもしれない。そういう時に、同じぐらいの寿命と言うお互いの境遇を分かち合える存在というのが貴重なのは間違いないと思う。
あまりに急な展開過ぎるが、ここは覚悟を決める時だと判断した。
「……分かりました。私と結婚してくれますか、ジルヴィア?」
「勿論。嬉しいよ、私の事はジルって呼んで欲しい」
そう答えると、ジルはそっと口づけしてきた。
しかしいくらなんでもトントン拍子すぎるな、そう言えば昨晩ミズーから渡された飲み物を飲んで、俺もジルヴィアもおかしくなったような気がする。冷静になって今考えると、異常に情動に突き動かされた感覚が残っている。
お互い服を着てから一階に降りると、リビングでミズーが香箱座りしていた。
『おお、昨晩はお楽しみだったようだな』
……こいつ、某ロールプレイングゲームに出てくる宿屋のオヤジのような事を言いやがって。
「……なあ、昨日お前から貰ったよく分からない飲み物を飲んでから二人とも変になった気がするんだが?」
『知らぬなあ、あれはただの水だぞ。ジルヴィアが魅力的過ぎておかしくなったのであろう。そもそもお主は『薬師の加護』で毒や薬の類は効かない体なはずでは?』
「……確かにそうだが」
「なんだ、トールはそこまで私の事を気に入ってくれていたのかい? それならそうと最初から言ってくれれば良かったのに」
「……ああ、そうだな」
ミズーの理屈は正しいはずだが、どうもしっくり来ない。確かに俺には『薬師の加護』があるから何かを盛るという事は出来ないはずだが……。
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