第90話 ジルヴィアの加護

ドアを開けて入ってきたのは、俺の感覚としてはついさっき総合ギルドの前で大恥をかいた男だ。


「よお、昼は随分お世話になったな女ぁ」


この男は普通に時間を感じていたみたいなので、次元の翁の権能にこいつは巻き込まれてなかったみたいだな、ごく狭い範囲だけで作用しているようだ。俺たちの後をつけて家を突き止めてから、お礼参りに仲間を呼びにでも行っていたってところか。


ジルヴィアは険しい顔をしながら大きなため息をつく。


「二度と私の前に顔を出すなと言ったよね、約束は守って欲しいな」


「はっ、テメエがどんな種を使ったのか知らねえがあんな手品みたいな事で負けを認めるわけねえだろうがよ!」


そう言いながら、棚を殴りつける。その振動でいくつかの薬の瓶が落ちて割れた。

おっ、なんだ俺に喧嘩を売っているのか。


「そんな下の毛も生えて無さそうなガキと仲良くつるみやがってよ。表出ろや、さっきの勝負の続きと行こうぜ。じゃねえとこの店メチャクチャにしてやるぞ!」


迷惑な奴だな、と思っているとジルヴィアが立ち上がった。

それを見てニヤッとする男、そのまま外に出て行った。


「……どうやら、もっと痛い目をみないと分からない輩だったみたいだね。まあ丁度いいと言えば丁度いい。トール君、これから私の正体の一つを明らかにするよ」


そう言うと、そのまま手ぶらで外に出て行こうとする。


「ジルヴィアさん、武器は持っていかなくても良いのですか?」


「ああ、要らない」


ジルヴィアを追って俺も外に出ると、十人ぐらいの男が武器を持ってジルヴィアに対峙している。やっぱりか。


「女ァ、調子に乗ってんじゃねえぞ」

「ボコボコにしたうえで、分からせてやるよ」


「ここまでしたからには仕方ないよね。トール君、これが翁に見染められるって事なんだよ」


そう言うと、目では追えないが昼と同様に何かをしたのを感じた。

見ると、男たちが持っていた武器が全てジルヴィアの足元に置かれている。


「じゃ、お仕置きだね」


置かれた武器から適当な片手剣を選ぶと、また何かをしたと思った瞬間、男たちの腕から血が出ている。


「があっ、何しやがったああ!!」

「腕が……腕が……、動かねえよお兄貴!!」


「両腕の腱を痛めさせてもらったよ、早めに治療しないと四級傷病回復薬ぐらいじゃ治りきらないかもしれないねえ。まだやるなら、次は命を貰うけど良いかな?」


笑顔で男たちにさらっと言ってのけるジルヴィア。男たちは恐れおののいている。


「わ、分かった。二度とあんたには関わらねえ」


逃げようとしたので、俺は呼び止めた。


「待ってください、逃げ帰る前に棚から落とした薬代を弁償してもらえますか。どうも早く手当てをしないと駄目らしいですし、こちらとしても手荒な真似はしたくないんですがどうでしょう?」


「………お前ら財布を置いて行け!!さっさと逃げるぞ」


まともに動かない腕で、財布をその場に捨てて逃げ去っていく男たち。

ジルヴィアが逃げる男たちの背中に声をかける。


「復讐に来たかったら来ても良いけど、次は首を刎ねるからね」


「見逃しちゃって良いんですか?」


もう治りきらないからね、二度とまともに武器は扱えないんじゃないかな。街中で首を刎ねたり殺したりすると何かと面倒だし」


「……」


街中で殺しまくってる奴がいるんだよなあ、とりあえずあれは星に優しいエコ活動という事にしておこう。


ちゃんと中身入ってるのかなと思いつつ財布を拾い集めていると、ジルヴィアが鹵獲した武器が目に入った。置いて行ってしまったけど、正直邪魔だなあこれ、売っても二束三文にしかならなそうな物だし。そう思っていたら、ジルヴィアが俺の方へ向き直った。


「しかしトール君も中々言うねえ、薬代は弁償しろとは。ともかく、これが次元の翁から与えられた私の『加護』の一つだよ、私の動きがトール君には見えたかい? 多分見えなかっただろう」


「ええ、ほぼ見えませんでした」


「トール君は、死に繋がるような危険な状況になると時の流れがゆっくりに感じる現象の事を知っているかな?私はそういう現象を意図的に起こす事が出来る上、自分に危機が及んだ時に自動で発動するようになっててね。さらに、その状態になっても私だけは普通に動く事が出来るんだ」


これは感情によって時の流れ方の感覚に変動が生じる現象、確かタキサイキア現象とか呼ばれる現象の事だろうか?

事故に遭った時にスローモーションに感じるとか言われる現象の事だ。しかもジルヴィアの言う通りなら、スローモーションに感じるだけでなく自分は通常の速度で動けるという。

つまり、ジルヴィア以外には彼女が超高速で動いている状態になるわけだ。


本当なら無敵の能力と言えるだろう、敵の攻撃は一切当たらず、こちらの攻撃は超高速で当て放題になる。俺の『薬師の加護』に匹敵するトンデモ能力だ。

つまりさっきのあれは、それを使って連中の武器を簡単に鹵獲したという事か。


「次元の翁は、時間の概念も操る事が出来る。その力の一部を『加護』として貰ったというわけ」


「とんでもない『加護』ですね」


「私もそう思う、そしてもう一つの能力が『老若の加護』だ。君も聞いた事があるだろう?」


「寿命に関わる加護ですね」


「その通り、だが正確には私のは違うらしくてね、若さにおいて恒常性を維持するという事らしい。奴が言うには私は美しい花らしく、それを美しいまま維持するのが奴の目的だ。今の容姿になって三十年近く経ったが、それだけ経っても何一つ体に変化が無いんだ。……子供を孕む事も出来ない。そして、私の寿命はおおよそ数千年だそうだ。おそらく、それぐらい経つと奴が飽きるのだろう」


ジルヴィアは心なしか悲しそうな顔をしている。

しかし、まさかとは思ったが俺より寿命が長い人に出会ってしまうとは。

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