第88話 出会い

今日もミズーと共に総合ギルドへ向かう。と言っても今日は薬を卸すためではなくただ単に買い物するための現金を卸すためだ。現金を大量に抱え込んでいても特にメリットも無いので、基本的には総合ギルドに預けている。もちろん、使う際には結局現金を引き出さないと駄目なので、国民証が銀行のデビットカードみたくなったら楽なのになとついつい思ってしまう。メールスさん何とかなりませんかね。


総合窓口へ行こうとした時、ふとある人物に目が止まった。美しい銀髪に、白い肌、170センチには届かないぐらいの背丈のスレンダー体形、くっきりとした目鼻立ちのいわゆる西洋系の小顔、おそらく百人中百人が美人と断定するような女性だ。


服装は緑色の探偵が着るようなコート、確かとんびコートとか言う名前のコートに似た服を纏っていて、背中には弦楽器をかついでいる。この世界の楽器には疎いのでよく知らないが、リュートに似ているか? 腰には細身の剣をさしている。


優れた容姿なのもあって、総合ギルドでも明らかに目立っている。この辺りでは見かけない顔だが……? 俺がその女性を見ていると、普段は美味い物と娯楽にしか興味を示さないミズーも珍しく同じ女性をじっと眺めている。


『まさか、こんなにも早く出会うとはな。お主の天運ゆえか、はてさて人の縁とは奇妙なものよ』


「??」


俺にだけ聞こえる小声で囁くミズーはあの女性を知っているような口ぶりだ、調整者であるミズーと知り合いの人間なんているんだろうか?

あまり、ジロジロ見ても失礼だなと思いなおし、受付窓口を目指そうとした時だった。


「なあ姉ちゃん、俺らのクランに入らねえか?へっへっへ、色んな意味で不足はさせねえぜ」


声の方を振り向くと、数人の狩人っぽい男が女性に声をかけている。


「悪いが私は吟遊詩人でね、一応害獣狩人としての認定こそ受けているが狩人は本業じゃないんだ。遠慮させてもらう」


「そう言うなよ姉ちゃん、悪い事は言わねえからついてこいよ」


ザレは今までに通った、州都や皇都同様に治安が良い町である。だが、やはり狩人にはこういった強引な輩もいるにはいる。

様子を見ていると、女性が挑戦的な事を言いだした。


「そこまで言うなら、私に勝てたらついていっても良いが」


それを聞いた男たちが、下卑た笑いを浮かべる。


「ほお、どういう条件の勝負だ」


「ふむ……、相手の武器を奪ったら勝ちでどうか?そちらは全員でかかってきてもいい」


それを聞いた男たちは大声で笑いだす。


「おいおい姉ちゃん、一人で俺ら全員に勝てるつもりなのか?俺たちゃ、これでも五級害獣狩人だぜ?」


「ああ、構わないよ」


「こりゃあついてるぜ、おい表でやろうや」


目の前で連れ去られたら胸糞だな、まずい事になったら介入すべきか……?

そう思っていると、いつになく真剣な表情のミズーが小声で囁いてくる。


『トール、あ奴をよく見ておけ』


「??」


どういう事だ?ミズーがここまで言うとは。


総合ギルドの表に出た女性一人と五人の男たち。男たちはニヤニヤと笑っている。女性が男たちに問いかける。


「先ほども言ったが、相手の武器を奪ったら勝ち。勝った方の言う事を聞くと言う事で良いか?」


「ああ、俺たちはそれでかまわねえよ」


「そうか、では始めよう」


そう言った瞬間だった、目では追いきれなかったが女性が何かをしたのが分かった、感覚に近い物かもしれない。

次の瞬間、女性が男たちが腰に下げていた武器の一つを手に取っている、残りは地面だ。


「ふむ……、ただの数打ちか。それにしても質が悪いな、手入れが不十分なせいか。もう少し、使う武器の取り扱いには気を払った方が良い」


武器を眺めながら評している、それを茫然と見ていた男たちがハッとして腰に手をやると全員の武器が当然のごとく無くなっている。


「そ、そんな馬鹿な」

「くそっ、何しやがった!?」


「何をしたと言われてもな、君たちの武器を奪っただけだが? つまり、私の勝ちだ。では言う事を聞いてもらおうか。二度と私の前に姿を現さないでくれ、君たちは存在自体が不愉快だ」


女性は武器を投げてよこす、見守っていた群衆からワーッと称賛の声が響く。

赤い顔をしてワナワナ震えていた男が、苛立ったように叫ぶ。


「へっ!!もういいや、折角仲間にしてやろうって誘ってやったのによ!行くぞ、お前ら!」


男たちは、武器を拾ってその場をそそくさと離れて行った。


「(ダッセェ捨て台詞だな、多分その女はお前らの手に負えるような奴じゃないぞ)」


女性はやれやれといった表情をしてから、総合ギルドに戻ろうとしていた。その際、俺と目が合った。


俺、そしてミズーへと視線が移り、女性は目を細めた。

そして、総合ギルドへ向かおうとした足を俺の方に向け声をかけてきた。


「君……、大川辺猫を連れたそこの君だよ」


「私ですか?」


「ああ。……なるほど、面白いね。名前を伺っても良いかな?」


「……トールです」


「ふむ、トール君か。名乗らせるだけでは失礼だな、私の名はジルヴィア・レーベンタール、皇国を旅しながら吟遊詩人をやっていてね。今はたまたまザレに立ち寄ったのだが……」


「??」


「よもや、こんな面白い巡り合わせに出会うとはねえ」


そう言いながら、にんまりと笑みを浮かべる。……まさか、俺の加護とミズーに気付いているのか?


「どうだろう、トール君。どこかで落ち着いて話をしないか?是非、君と話をしたいなあ。損はさせないよ」


ミズーが俺に密着するぐらい近寄り、小声で囁いてくる。


『トール、この女を我らの家まで連れて行くぞ』


俺も小声で聞き返す。


「なぜだ?」


『お主の損にはならぬ』


ミズーが俺以外の人間を家に連れて行かせようとするなんて珍しい事もあるもんだ。女性は女性で俺とミズーが意思疎通を図っているのが分かっているかのように、笑みを浮かべたままそれを眺めている。


「私はザレで薬屋を営んでいまして、よろしければ私の店までお越しになりますか?」


「結構、トール君の店で話しようじゃないか」


「こちらです」


店へと先導する俺、笑みを浮かべながらついてくる女性。……厄介事にならないと良いが。



遠くにそれを窺う小さな影があった。


「どうやらあのガキの店に行くらしいな。あの女、俺たちに恥かかせやがって……。お礼参りと行こうじゃねえか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る