閑話 調味料と炭酸飲料
薬屋の設備が充実してきて色んな事に手を出し始めた、スローライフを経てより便利な生活へと昇華していく。悪くないぞ。
前からやりたかった醤油づくりに着手する時が来た。ヘルヒ・ノルトラエからザレに旅してる途中も色々と探してみたし、ザレに着いてから聞きまわってもみたが、やはり醤油は皇国に存在しなかった。
しかし醤油があれば、うどんやラーメンなど醤油を使った料理がいろいろ作れる。
元日本人として、それも二千年も生きなければいけない事を考えると何とか作っておきたいところだ。
すぐに思いつくのは、やはりタヌキが醤油づくりする日本昔話だけである。あれは良い話だった。だが、あのアニメだけで醤油なんか作れるわけがない。
なのでめちゃくちゃ暇な薬屋をやってる関係で時間だけはたっぷりあるので、営業時間中にゴロ寝しながら頑張って記憶を辿る事にした。
そう、だいぶ前に醤油を作ってる工場に、当時勤めていた会社の製品の営業をかける際、ホームページを見た事があったのだ。
なので醤油づくりというは思っている以上に大変な作業なのは知っている、簡単にポンと出来るものではないし、日にちも相当かかる。
だが、俺にはミズー、タイキ、ダイチというトンデモ存在が仲間にいるのだ。彼らを上手く使えば出来ないだろうか?
醤油の作り方を必死で思い出した結果、何となく全貌が明らかになってきた。
確か、原料は大豆と小麦と塩のはずだ。大豆は蒸して柔らかくして、小麦は高温で煎って砕くはず。
理由としては麹菌を作用しやすくさせるため、という事だったと覚えている。
これらに麹菌をまぜ、湿度が高め温度は三十度ぐらいの状態を維持して醤油用の麹を作る。
そこに食塩水、確か二十%ぐらい……だったと思う。を加えて、ひたすら混ぜ合わせて発酵させる。
多分、タヌキの昔話でかき混ぜていたのはこの工程だろう、ここをしっかりやらないと駄目で、数か月かかるような作業だったはず。
そして出来上がったもろみを布などで包んでから絞ってろ過して、生醤油が出来るはずだ。最後にそれを加熱する事で醤油になる、これで完成と言うわけだ。
ちなみに、これを必死で思い出して書き留めるのに三日もかかってしまった。しかし、ホームページをざっと見ただけなのによく思い出した俺、偉い!
これ以上は考えても仕方ないので、この工程を何とか簡単に出来ないかミズー、タイキ、ダイチに相談してみた。
話し終わったところで、タイキが感心したように聞いてくる。
『ふうん、手間もかかるし変わった作り方の調味料だね。それで、そのショウユ?って調味料は美味しいの?』
「ああ、俺がいた国では醤油が何でもかんでもに使われていたんだ」
それを聞いた食いしん坊ミズーが食いつく。
『ほお、それは興味深いな。となると日々の食事にさらなる彩が期待できるというわけか』
「ああ、仮に出来たらとりあえずラーメンという物を作ってみようと思う」
『らーめん?ふうむ、よく分からぬが麺料理のようだな』
『……』
ダイチは相変わらず押し黙っている。
「麹菌というのをどうやって手に入れるかと、発酵の行程を調整者の力で何とか上手い具合になったりしないかと思ってるんだがどうだ? ほら前にダイチが人を土に変えていたし、その応用みたいな感じでさ」
『ふうむ……、タイキ、ダイチ』
三体でゴニョゴニョと相談しだした、巨大な猫が密談してる絵は中々シュールだな。
何かが決まったのか、相談を終えミズーが俺に話しかけてくる。
『トールよ、作り方がそれで合っているのであれば、我らで簡単に作れようぞ』
「本当か!?麹菌や発酵の工程もなんとかなりそうなのか?」
『うむ、我らならどうとでもなろう』
「じゃあ、是非頼む!要る道具や材料があるなら用意するが」
俺がそう言ったところで、タイキが俺にすり寄りながら意地わるそうな笑みを浮かべる。
『でも、タダじゃあなあ。やっぱり、僕らにやってもらうならトールも何かするべきだと思わないかい?』
まあ、正直な所そう言ってくるだろうとは思っていた。
「……何か欲しい物でもあるのか?」
『物というかだな……。さっき相談した結果、要望が大きな事ゆえ今回は貸しで良いぞ。お主は醤油を作って入れる樽だけ用意すればよい、あとは我らで集める』
大きな事というのが何か怖いな、何を要求してくるつもりなのやら……。
しかしこんな簡単に醤油が出来てしまって良いのだろうか。
後日、ミズー達はどこかから材料を集めてきて、俺が用意した樽に入れ何かよく分からない事、具体的には樽の中で材料が高速で動いているのだけは辛うじて分かるレベルの事をやったかと思ったら、茶色い液体が出来ていた。
おそるおそる舐めてみると日本の既製品とは少し違う風味だが確かに醤油だ。おいおい、とんでもねえな。これ見せられたら、日本の醤油作ってる製造者卒倒するぞ。
後日、市場に売っていた小麦粉から麺のような物を作り、同じく市場に小さな魚が干物が売られていたのでこれから出汁を取り醤油を使って醤油ラーメンもどきを作ってみたところ、三体からそれなりに評判が良かった。限りなくうどんに近いラーメンだったが。
かん水を使ったり、出汁に拘ったりするとラーメンらしくなるのだろう。ミズーは麺打ち自体にも興味を示していたので、その内麺を打つ巨大猫の姿を見る事になるだろう。
ちなみにとんかつにかけるようなソースについても、相談した所、作り方を教えたら簡単に作ってしまった。調整者、恐るべし……。風味などはいろいろ工夫のし甲斐がありそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こっちに来て、当然と言えば当然だが炭酸飲料を飲んでいない。ザレで落ち着いた生活を始めてから、ふと飲みたくなった。
炭酸飲料を自分で作る時はどうするか、おそらく市販の炭酸水は炭酸ガスを充てんしているのだろうが、少なくともここじゃ無理だろう。
実験か何かで見た記憶があるのだが、確かクエン酸と重曹、つまり炭酸水素ナトリウムを加えれば液中に炭酸が発生する事で、炭酸水になるはずだ。
要はクエン酸ナトリウムと炭酸になるわけだ。ただ、クエン酸ナトリウムが精製されるのでしょっぱくなってしまう。
クエン酸と重曹は薬としてカウントされれば、『薬師の加護』で作れるが……。
重曹は確か胃酸を中和する制酸作用があるから、医薬品として存在しているはずだ、入っている胃薬を飲んだ記憶がある。
だが、クエン酸はサプリなどで売られてはいるものの、それ単体に医薬品としての作用が無い気がする。とすると、自分で何とかするしかないが……。
しかし待てよ、よく考えたら大気を自在に操ることが出来るタイキなら炭酸を意図的に発生させられるんじゃないか?
例えば、柑橘類が入った砂糖水を作っておけば、甘い炭酸飲料が作れるかもしれない。
醤油同様に、遊戯をしに来た際に相談してみた。
「なあタイキ、お前なら炭酸ガスを発生させることも出来たりするか?」
『ん?そもそも、そのタンサンガスってのはなんの事だい?』
うーん説明がしづらいな……。
「たぶん、皇国のどこかにもあると思うんだが、ある種の気体が混じって泡が出るような水って見たこと無いか?炭酸水って言うんだけど」
『うーん……。ああ、何となく分かったアレの事かな。人が飲んでるのを見かけた事もあるね』
「その泡の素になっている気体だけを発生させる事って出来たりするか?」
『うん、出来るよ。それで何か出来るのかい?』
「ああ、試しにこの水に吹き込んでもらえないか?」
『よく分からないけど、やってみようか』
予め用意しておいた、オレンジのような柑橘類の汁を加えた砂糖水にタイキが前足を向ける。すると、砂糖水がシュワシュワと泡を出すようになった。おそるおそる飲んでみると、前の世界で飲んだ炭酸水そのものだ。
「おおっ、美味い!」
『ええっ、それ美味しいの?僕にも頂戴よ!』
タイキにコップを渡すと、それを飲み始めた。
『おっ!何か刺激があって面白い飲み物だね、確かに中々美味しい』
「これを炭酸飲料って言うんだ」
さっきまで黙って見ていたミズーとダイチも、身を乗り出してきた。
『ほう、それは興味深いな!我にも飲ませよ!』
『……』
飲んだミズーは、ふむと頷いている。
『なるほど、中々面白い飲み物だ。今日はこれを飲みながら麻雀をやりたい、この砂糖水はまだあるのか?』
「すぐ作れるよ、ちなみに冷やすとなお美味いぞ」
『冷やすのは我に任せておけ。そう言えば、お主がよく飲んでいるコーヒーにもやってはどうなのか?』
炭酸コーヒーか……、炭酸コーヒーな………。
「コーヒーにするのは好き嫌いが激しく分かれるから止めておこうぜ」
『ふむ?そうなのか』
「コーラがあったら良かったんだけどなあ」
『そのこーらというのはなんだ?』
「俺が元いた世界で広く飲まれていた炭酸飲料なんだが、作り方が秘匿されていて分からないんだ」
『それは残念だな。まあ良い、とりあえずはこの果実入りの砂糖水だけで良い』
炭酸コーヒーはともかく、今後は炭酸飲料も楽しめるようになった。
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