第87話 家電導入

あれから、『白銀』に薬を売った金で母屋の改造に入った。

そう言えば、ザレでも有名なザクレス薬局の店主が書置きも残さずに失踪したと、町で話題になっていた。不思議な事もあるもんだなあ。


『白銀』からの報酬金については、総合ギルド経由でいずれバレるだろうと考え税金についてエーファを通して予めドミニクに相談したところ、あわよくばと思っていたが流石にこちらは無税とは行かないようだ。土地建物の固定資産税は州管理だから領主権限でどうにでもなるが、店として得た売上に対して課される税金(法人税か?)は総合ギルド経由による国の管理らしい。最大でも約半分との事なので、半分以上を残して母屋の改造費用に充てることとした。


その費用で母屋の一階も板の間に改造し、靴を脱いだまま薬屋の板の間スペースから直接行けるようにした。これで快適にもなったし、衛生的にもなったと言える。


一階は主に生活スペースとミズー達と遊戯をするスペースになっている、風呂・トイレも完備だ。風呂と言えば、様々な薬湯も『薬師の加護』の範疇に入るらしく、有り難く日々薬湯を楽しんでいたら興味を持ったのか『我もお主が作った薬湯とやらに入ってみたいから槽を大きくしてくれ』とミズーに言われてしまった。体が水みたいなミズーが風呂に入る必要は無いと思うが……。ただ、湯を沸かしたり片付けたりするのが面倒なので、いつもミズーにお願いして諸々やってもらっている手前、頼みを無下にはできないだろう。いずれ、改造に踏み切ろう。


二階スペースは、念のため階段の入口に鉄格子の扉を設け、さらに内鍵をかけられるようにしておいた。ミズーがいるから泥棒が入ったところで干物になるだけだが、命は一つしかないから一応やっといたという感じだ。


二階は俺の私室だ、ミズーを含めて基本的には誰も入れない予定にしている。

「メービウス家具店」で時間をかけて吟味したベッド、机、ソファなど立派な家具が揃っている。


ただ、住環境が揃ってくると元の世界で使っていた便利な家電が欲しくなってきたのだ。特に欲しいのがエアコンだ。ザレは比較的北の方にある町だからか、そこまで暑くはないものの春夏秋冬は存在しており、最近はやや暑くなってきた。


個人的にエアコンは世界中の人間のイライラ度数を大きく下げるのに貢献しているから、発明者にノーベル平和賞を送るべきだとずっと思ってきたが異世界に来てその思いは強くなっている。


何とかならないかなあと日々考えた末に、そう言えば領主の娘のエーファが自動車を発明した発明家だという事を思い出した。自動車を発明できたからと言って、家電を作れるかどうかは怪しいが彼女ならもしかしたら何とかなるか……?


そう思い立って、教えられていたエーファの家にミズーと共に向かう。歩いて数分の所にある居宅だ。ドアをノックすると、以前に会ったお付の人が出てきた。


「これは、トール様。今日はどういったご用向きですか?」


「実はエーファさんに相談したい事がありましてですね」


「お嬢様に?では、お入りください」


中に通され、あるドアの前まで来た。お付の人(多分、ケーテって名前の人だったと思う)がドアをノックする。


「お嬢様?トール様がご用向きがあるとの事でお越しになられました」


「なに!?トール様が!すぐにお通しして!」


促されて部屋に入ると、最初に会った時はうって変わって、ポケットがいっぱいついた灰色のシャツとパンツを着たエーファがいた。

見た感じだと、地球にいた頃勤めていた会社の技術部門にいた奴らが着ていた作業着のようだ。会った時とは逆に容姿の華麗さとのミスマッチが凄い。


そう言えば、技術部門にいた同期が異世界に行きたいと言っていたな、向こうの俺がどうなったか分からないがこの状況を知ったらあいつは羨ましがるのだろうか?


前に見たカーテシーのような礼をしてから、エーファが話し出す。


「トール様、このような恰好で失礼します。普段は作業着ですごしておりますゆえ……」


「いえ、全く問題ありませんのでお気になさらずに」


「ありがとうございます。それで、本日はどういったご用向きでしょうか?」


「実はとある発想を思いつきまして」


その言葉に身を乗り出すエーファ、10センチ近くまで顔を寄せてきた。

おいおい、ドキッとするじゃないか。


「本当ですかトール様!!是非聞かせて頂きたい」


「天啓で『エアコン』という名前が思い浮かびました。中身はこういう仕組みなのですが」


「ふむ、えあこん……ですか」


「ええ、冷媒という物を用いてですね……………」


「ふむふむ」


「それで、部屋の外に置く機械と部屋の中に置く本体を分けて……………」


「ふむふむふむ!」


「本体の中に熱の伝導率が良い金属を細かい格子状に……………」


「ふむふむふむふむ!!」


「……という風な仕組みにすることで、夏は涼しい風を、冬は暖かい風を出す事が出来る装置に出来るわけです」


「………」


話し終わるとエーファは下を向いて、僅かに震えている。


「……エーファさん??」


「すっ、すばらしいいいいい!!素晴らしい発想ですよ、トール様!!これは画期的な発明だ!!やはり使徒たるトール様は天才なんだ!!」


うわあ、ヤバい。エーファの目がガンギマリ状態だ。鼻息は荒く顔が真っ赤で興奮しまくっている。前の世界の便利家電をそれっぽく説明しただけで、天才でも何でもないのが少し恥ずかしくなってきた。


「問題となるのは動力ですが、なるほどそこがお二人なわけですね!水の調整者様とその使徒であるトール様の近くであれば常に精霊石に動力を充てんできるから、理論上動かし続けられるって事ですか。そこまでの考えあっての提案、流石としか言いようがないです!!」


「……」


その辺はよく考えてなかったが、俺やミズーの近くだとエネルギーが充填され続けるらしい。漏れてる神力だろうか?


「一か月……、いや三週間!!三週間で試作品を作って見せます!!」


「えーっと、お代はいくらぐらいになりそうですか?」


「お金?そんなもの要りませんよ、こんな素晴らしい発明を私に任せてくれただけで十分です!!さあ、早速やるぞお!!」


やる気いっぱいだが大丈夫だろうか、俺には目もくれず図面を引き始めたので帰る事にした。出ようとしたところで、お茶と茶菓子を持ってきたケーテと出くわした。


「あれっ、トール様。もうお帰りですか?」


「ええ、ちょっとした思い付きをエーファさんに話したら、随分やる気になってしまったみたいなのでお暇しようかと」


「我が主が失礼しました」


「いえ、私の思い付きを具現化しようとしてくれてるようなのでむしろ嬉しい限りですよ」


そのまま出ようとしたが、ミズーがお茶と茶菓子を食べたがったため全部平らげるのを待ってから家を出た。



三週間ぐらい経った頃、丁度エーファにエアコンの依頼をした事を忘れつつあったある日の朝に、薬屋のドアがバーンと勢いよく開かれた。

何事だと思ってドアを見ると、髪がボサボサで興奮したような顔のエーファが立っていた。


「トール様!!約束通りえあこんが出来ましたよ!!早速、取り付けて試運転しましょう!!」


とんでもない大声に少しビビってしまったが、エアコンが出来たらしい。

薬屋の外に出てみると、それらしき装置が置いてあった。俺からのヒントだけで作ってしまうなんてエーファってガチの天才じゃなかろうか。


うーん、お付きの二人が担いで持ってきたようだが、日本で売ってる横長エアコンの1.5~2倍ぐらいの大きさ、その上で横長じゃなくて正方形に近い形。室外機も結構デカいな。


「エーファさん凄いですね、とりあえず二階にある私の私室に取り付けてみますか?これは窓を潰してそのスペースにはめ込む感じですか」


「ええそうです!!トール様の私室と、その窓の大きさは把握しておりますから、それにキッチリ合わせて作りました」


なんで俺の私室と窓の大きさを把握しているのか。……悪意はないだろうからまあ良いか、とりあえず二階に運んで設置してみよう。ミズーも興味深そうに装置を見ている。



三時間ぐらいかかったが、窓にネジ(この世界にもネジとドライバーがあるんだなと少し驚いたが、これもエーファが作った物らしい。見た感じ木ネジっぽかった)で固定し、隙間はエーファが持ってきたパテのような物で埋めた。さらに部屋の外に室外機を固定した。


「トール様、このつまみを回すと動作いたします。さらにこちらのつまみを上に倒すと冷風が、下に倒すと温風が出ます。さらにこちらのつまみを右に倒せば倒すほど勢いが強くなります」


「今日は暑いから、冷風の方にして、風力は五分の一ぐらいにしてみるか。動力は十分足りてますかね?」


「家で充填してから来ましたし、水の調整者様とトール様がおられるので大丈夫でしょう」


「じゃ電源を入れますよ」


「でんげん、とは何ですか?」


ああ、そうかAC100Vが来ているわけでもないから電源って通じないのか。適当に誤魔化しつつスイッチをオンにする。


爆発オチは勘弁してくれよ……、と思いながら電源を入れるとフオオオオンという高音を発した後に、本体部分から冷たい風が出だした。

最初の高音以外は動作音もあまりしないな。


「おおおおっ!!成功ですよ、トール様!!やった!!天才と天才が組んで作った画期的な発明だ!!!」


天才と天才って、俺とエーファだろうか?出てくる冷たい風をミズーが直接受けているが、何か快適そうだ。


「では、えあこんの運転を観察したいのでこちらの部屋にしばらくお邪魔します」


「え??」


俺の返事を聞かずに、動いてるエアコン試作品の周りをウロチョロしたり、何かの機械を当てて何かの測定をしたりしている。


その後、昼になったので適当な食事にコーヒーと茶菓子を出したらしっかり全部たいらげ(ミズーも勝手に食っていたが)、満足しました疲れたので休みますと言ってソファで眠り出し、結局エーファは夜になるまで俺の部屋に居座っていた。こいつ中々図太い神経をしているな。夜になっても寝たままだったので、一階で待機していたお付の人に渡して帰ってもらった。


しかし、あれだけの情報でエアコンを作れるとはエーファは本当に天才な気がする。今後も冷蔵庫とかシャワートイレとか作ってもらえるかもしれないな。


その後、ミズーから『一階にもそのえあこんとやらを設置してくれ』といつものウザ絡みされたので、エーファにお願いして一階にも設置することになった。タダで良いと言われたが、流石に悪いのでせめて材料費ぐらいは持たせてくれと強くお願いして支払わせてもらった。

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