第86話 いつもの展開

大きな取引が終わって三日後の夜、今日はいつもの麻雀大会が行われている。


タイキがチーソーをポンしながら、俺に話しかけてくる。


『へえ、人間で言うところの三級加護回復薬というのと三級傷病回復薬というのを売って凄く儲かったんだ。それって作るのが難しいのかい?』


ミズーがイーピンを捨てながら答える。


『うむ、極めて強い『薬師の加護』を持っているトールなら造作もない事だが、この国に作れる者はあまりおるまい』


『なるほどねえ、だからこそ高く売れるんだろうねえ。人の通貨なんかに興味は無いけど、トールが儲かってこの家や家具や遊戯用の道具が充実するのは僕らにはありがたいよ。僕らにも手伝えることがあったら言ってよねトール」


『……』


ダイチは東を捨てながら頷いている。


皇都でやり始めた当初は、役の事が気になるのか比較的静かに麻雀していたが、三体とも慣れてきたのか最近は雑談しながら麻雀することが多くなった。

最上位の調整者が揃っている事もあって、時々とんでもない話題が出るが。


『ねえねえミズー、ここの西にある湖、人にはヴァンド湖って呼ばれてるんだっけ?そこの調整者の手伝いをしてやったとか?」


そう言えば、三体は最近それぞれを俺が命名した名前で呼ぶようになった。まあ、本名がやたら長い名前だしそっちの方が都合良かったんだろう。


『ああ、我というよりはトールだな。こ奴を通して密猟者を排除したかったらしくてな。行きずりだが』


『僕たち調整者側からするとトールって便利な存在だよねえ、バレたら殺到したりして』


『内容によっては、全契約者である我が断るつもりだ』


『そういやダイチの範疇になるけど、ここから南西にだいぶいった森でさあ……』


雑談しながらの麻雀は続く、この場はミズーがタイキの捨て牌を使って満貫・八千点で上がった。


『ぐぐぐ、やられた……』


『ふっふっふ、麻雀はやはり我が一番強い』


『……』


ダイチは基本無口なので、悔しいのか怒ってるのか未だによく分からない。

高い役と何故か三色同順を揃えた時だけ嬉しそうなのだけは分かる、必ず見せびらかしてくるからだ。


さて、次の場だと思った時だった。表の方から、かすかではあるが妙な物音が聞こえる、これは薬屋の方か?


『トールよ、何やら大勢の人が薬屋の入口に集まっておるようだが、約束でもあったのか?』


「いや、そんな約束してないが。良からぬ輩かもしれないな」


『ふむ?』


「念のため、見に行こう。タイキ、ダイチ、悪いが少し待っててくれ」


『我も付き合おう』


母屋の勝手口(薬屋に直接つながるドアとは別に、母屋から外に出られるドアがある)から薬屋の表側に回ると、見知った顔のハゲのオッサン一人と十人ぐらいのガラの悪そうな人たちがいた。

見知った顔というのは、前に『白銀』から依頼された薬の納品依頼を掠め取ろうとした輩だ。名前は……なんだったっけ?


「なんだ、派手にやってやろうと思っていたのに俺たちに気付いたのか。それなら話は早い」


「えーっと……、お名前はなんでしたっけ?」


不愉快そうな顔をして、男は答える。


「ザクレス様だ、それぐらい覚えておけゴミ!『ザクレス薬局』と言えば、ザレはもちろん皇都にも名を知られた大店だぞ!こんなチンケできたねえ薬局とは格が違うんだ、格が!」


あー、確かにそんな名前だったかも。しかし、前会った時とは打って変わって下品な態度だなあ、これが本性か?


「はあ、それで格が違う薬局店主がこんな夜分に何用ですか?」


「はっ!てめえから分捕った『白銀』の薬の案件がな、駄目になってしまったんだよ。あいつら鑑定人まで連れてきて中身が全然ダメとかぬかしやがって!」


「……ちゃんと三級回復薬を渡さなかったのですか?」


を渡したさ。ウチに買いに来る客なんて大店って信頼感だけで薬買ってく馬鹿ばっかりだし、瓶さえ立派なら中身を薄めて売っても誰一人分かりゃしねえ、ハハハハ。下手に出ておだてりゃ『白銀』の小僧と小娘も大して変わらねえだろうと思ってたんだがな。」


おいおい、一流狩人を舐めすぎ。信頼関係があるわけでもないのに、6000万円も出して買おうとしていた薬を大店のブランドだけで盲目的に買うわけないだろ。しかも、普通の人相手にも相当悪質な商売をしているみたいだな。


「……そんな事をペラペラと私に喋って良いんですか?」


それを聞いて、ザクレスがニヤリと笑う。


「ああ、構わねえよ。それより今日はお前に良い話を持ってきてやったんだよ。あれから『白銀』がお前に依頼したのは分かってる。おそらく奴らが求める薬を納品したんだろう?その薬を今後はウチが金札五十枚(約五百万円)で買い取ってやる!!我がザクレス薬局に、そこらの薬師が薬を買って貰えるなんて光栄極まりない事だぞ!!」


「仮に私が薬を作れるとしても、そんな価格で買い取られても私には何の利点もありませんが? 直接、『白銀』に売れば良いですよね」


「ああ、そうだな。だが……」


ガラの悪そうな男たちが、それぞれが持っていた武器をこれ見よがしに見せつけてきた。


「痛い目に合わずに済むって利点があるじゃねえか。やっぱり何事も暴力や金で解決するのが一番簡単だ、最初からこうしてりゃ良かったわ。そんなショボい槍でどうにか出来ると思っているのか? 黙って従っておけよ、優しい俺様はタダで寄越せって言ってるわけじゃないんだからな。」


あー大店と言っても真面目な商売じゃなくて、表向きには前会った時みたいに丁寧な態度を取りつつ、裏で金とか暴力とかで諸々やって大きくしてきた系の店だったのか。


ガラの悪そうな連中の、リーダー格の男がザクレスに続く。


「なあ、兄ちゃんよ。大人しくザクレスの旦那の言う事を聞いとけよ。俺らもこんな事したくねえんだけどよ、心では泣きながらやってんだ。

そういう事をさせないでくれよな。そういや、逆らった奴の中には腕や足が一本なくなったのや、酷いのになると命を落とした奴もいたっけなあ。お前がそうなったらそこの猫ちゃんも悲しむんじゃないか?ハハハ」


周りの男たちはニヤニヤ笑っている、人に集まられたら困るからか大声で笑ったりはしないようだ。


しかし、上手く行かないから暴力で解決ってケースに当たる事が多い気がするんだが、この世界の常なんだろうか? だとしたら皇国はもっと治安が悪いはずだし、おそらく俺が飛び切りこの手の事案に当たる事が多いんだろうな。要は天運のおかげ様ってやつだ。


ミズーは笑っているのか呆れているのか、少し楽し気にボソッと俺に話しかける。


『トールよ。お主の天運はいまだ強い力を発揮しておるようだな』


「まったく迷惑な話だよ、ここで片付けちゃ流石にまずいからどうするかな」


そう思っていた時だった、俺の横の何もない空間が徐々に色づいていきタイキを形作っていく。さらに、その横の地面が沸き立ちダイチが現れた。


『トール、いつまで待たせるの!? 待ってる間に麻雀の必勝法を思いついたから早く試したいんだけど! 最初に積み込む時にさあ…………なんかあったの?』


『トールを脅しに来た輩が来てな、暴力も辞さないらしい。故にどうやって排除するか考えておった所だ』


『なあんだ、すぐ麻雀やりたいのに迷惑な人間だなあ』


そう言うと、タイキはザクレス達に前足を向けた。突然現れ喋りだした二匹の大川辺猫に驚いていた様子だったが、少しして首や胸を押さえて苦しみだした。


「(な、なんだ!?息が出来ない、声が出せない!?)」

「(ぐ、ぐるじい……)」

「(な、なんなんだこれは!?)」


何やら口をパクパクしているが、声は一切出ていない。


「なんか、無言で苦しみだしたけど何かやったのかタイキ?」


「ああ、生物って生きるのに必要な大気の成分があるでしょ?それを彼らの周りから取り除いてやったの。音が伝わらないようにもしてるからもう声も届かないよ。」


音が伝わらないようにまでしているって事は、単純に酸素だけ無くしたってわけではないのか。やっぱり調整者はとんでもない存在だな……。

続けてダイチが黙って前足を向けると、連中が足から土になっていく。ああ、これは皇都近くの森で見たやつだな。


「(おっ俺の足が土になっていく!?息が出来ない、足が痛い!?誰かたっ、たすけてくれえ!!)」

「(なんなんだこりゃ!?苦しい……、痛い……)」

「(俺たちゃヤバイ奴に喧嘩を売ってしまったのか……)」


『もうそれはほっといて良いでしょ、戻って麻雀の続きやろうよトール。それで麻雀の必勝法なんだけどね……』


『イカサマ以外でそんな方法があるわけなかろう』


『……』


苦しむザクレス他悪党を置いて、一人と三体は雑談しながら母屋の方へ向かって行った。しばらくして、後には土くれが残されるのみとなった。



次の日の早朝、エーファが散歩をしている。エーファは発明が行き詰まると散歩をするのだ。父からは何も言われなくとも、時々はトール殿と水の調整者様の様子を見に行くようにと言われていたので散歩ついでに薬局の方に足を向けた。

すると、薬局の周りで土がところどころに捨てられているのが目に入った。


「なにかしら、この土は? まったく誰だろうこんな嫌がらせするのは」


エーファは家に戻り、朝から家の周りを清掃しているお付き二人に声をかける。


「ごめん二人とも、トール様の家の周りが土で汚れてるから後で掃除しておいてくれないかな。全く不敬な奴がいたもんだよ」


「承知いたしました、お嬢様」

「承知いたしました」


トールの家の周りに合った土はトールが寝ている間に二人によって早々に片付けられ、土としては良さそうだと町の花壇に再利用されることになった。

その後、花壇では奇麗な花が咲いたという。

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