第85話 納品
三週間後、エルヴィンとクララが紳士っぽい服装の中年男性を連れて店にやってきた。予定通りの納期三週間で三級加護回復薬と三級傷病回復薬は準備済みだ。
実際には三週間前に二人が来た次の日に南の森に行き、イリクサ草と大地草を採取してきて、その日のうちに『薬師の加護』を使ってサクッと調合したので一日で完成していたわけだが。
クララさんがいつもの柔和な笑顔を浮かべながら挨拶してくる。
「トールさん、約束通り伺いました。薬の方は仕上がっておりますでしょうか?」
「ええ、申しつけされた通り準備済みです。こちらの瓶に入っております」
奥の棚から、三級加護回復薬と三級傷病回復薬を取り出してカウンターの上に置いた。
「ありがとうございます。高い買い物ですので調べさせてもらっても?」
「勿論です、存分にお調べください」
俺の言葉を聞いてから、エルヴィンが紳士っぽい中年男性に頷いて見せた。
その男性は手に持った鞄からルーペや色んな器具を取り出してカウンターに置いた。
多分このおじさんが彼らが言っていた鑑定人という事なんだろう。
「トール殿、ごく少量だが取り出し調べさせて貰う。品質が当方が求める物にあたわずとも、取り出した分は弁済させていただく」
「結構です、どうぞ」
おそらく鑑定人であろう男性はシャーレのようなガラスの器に、ごく少量の加護回復薬を取り出しルーペで念入りに観察している。
さらによく分からない滴定薬のようなものをかけた上で、またルーペで念入りに観察している。
観察が終わったのか、エルヴィンに向かって大きく頷いた後にシャーレの液体を布で拭き取ってから、今度は傷病回復薬で同様の作業を行い始めた。
それからしばらくして全ての鑑定が終わったのか、器具を鞄に全てしまい込んだ。
「それで、カントール殿。鑑定結果はいかがか?」
「結論から申しますと、非常に素晴らしい品質の三級加護回復薬と三級傷病回復薬ですな。ここまで質の良い物は、今まで鑑定してきて初めて拝見しました。
こちらのトール殿は素晴らしい腕前の薬師なのは間違いありますまい。買えるなら私が買いたいですよ」
「ほほう、そこまでの品質の物ですか」
「ベーデカ殿が作られた薬も中々の品質でしたが、それを凌駕していますね。と言うより、これは皇国中を探したとしても同じ程度の物を買い求める事はなかなか難しいでしょうな。こちらのトール殿との専属契約をお勧めしますよ」
それを聞いたクララは満面の笑みだ。
「やはり、ベーデカさんが見込んだ通りの人でしたね。お約束した通り、それぞれ金札700枚(約7000万円)ずつで購入させていただきます、トールさん異論有りませんか?」
「価格についてはそれで結構です、ただ一点だけ再度お願いをさせていただきたい」
「と言いますと?」
「私としてはこれを手広くやるつもりはないので、この薬が作れる事は絶対に秘密とさせてください」
エルヴィンが頷く。
「なるほど。我々としても今後も確実にこの薬を定期的に入手したいので広めるつもりはありませんよ、他にバレて我々が手に入れにくくなったら困りますので。
こちらのカントール殿は当クランの専属、つまり守秘義務契約を結んでおりますのでご心配には及びません」
カントールは小さく頷く。
「むしろトール殿、可能なら長期的な専属契約を結ばせてもらいたいのだが? もちろん薬の費用とは別に契約金を支払わせてもらう」
専属契約か……、俺の場合人生が異常に長いから結ぶのはどうなんだろうな。
ここは安易に即決せずに、しばらく考えてからにした方が良いか。
「うーん……、それについては少し検討させてもらえませんか」
「確かに、大きな話なので即決するのは難しいと思う。我々としてもすぐに返事を頂きたいわけでもないので、前向きに熟考頂きたい」
その後、金札1400枚を貰ってから、それぞれの薬を渡した。
エルヴィンが重厚そうな箱に仕舞い込んでいた。一つ7000万円の薬だからな、落として割れましたなんて洒落にならないし。
しかし、ここまでの高額の取引は初めてだ、ガッツリ入ったしこれは母屋の改造や家具の買い揃えに使おう。
クララさんが頭の右側で両手を合わせ、嬉しそうな顔で俺に話しかけてきた。
「トールさん、今後も末永くよろしくお願いします。良い取引が出来て本当にうれしいです。トールさんって狩人もされてるんですよね、今度私たちと一緒に害獣狩りに行きませんか?」
「いやあ、『白銀』と一緒に戦えるほどの腕前は持ち合わせていませんよ」
目を細め、意味深な笑顔でクララが続ける。
「そうかしら? 私にはなかなか戦えるように見えたのだけれど」
「買いかぶり過ぎです、あくまで薬師ですよ私は。薬に使用する薬草に採取に多少の心得が無いと命が危ないから少し戦えるだけです」
「では機会がありましたら、という事で」
クララは笑みを浮かべたままだ、絶対俺の言う事を信じてないな。
「クララ、そろそろおいとましよう」
「ええ、そうね」
「トール殿、今後も末永くよろしくお願いしたい。三級の薬を次に依頼するのはしばらく先になるとは思うが、通常の鎮痛剤などの薬を買う事もあるので、今後は品質が確かなこちらの店で買わせていただく」
そう言って、エルヴィンが右手を差し出してきた。俺も右手を差し出すと力強い握手をしてきた。特に気にならなかったが、皇国でも握手が親愛の証になってるんだな。
三人は去っていった。一人と一匹だけになった部屋で、ミズーが俺に近づいてくる。
『トールよ、随分儲かったようだな』
「ああ、結構な大金だぜこれは。税金の分を残して、母屋の改造に当てたいと思っている」
『ふむ、あちらの一階も板張りにするのか?』
「そうだ。あと、家具類も買い揃えたいな」
『我が座れる長椅子なども欲しいな、家具屋に行くなら我も選別するぞ』
体の形を自由に変えられるであろうお前に家具なんて要らんだろ、と言いたくなったがまたウザ絡みされるだけだな。
生活費は十分にあるし、一部を残して全部家の改造費にしてしまうか。
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