第84話 再訪問

エルヴィンとクララと変なオッサンが来てから一週間が経った、素晴らしい事にあまり流行ってない店は継続中だ。


さあ今日も開店だ、ただし開店した時間は昼前だ。朝一から開店なんて勤勉な真似はしない。昼近くまで寝て、そろそろ開けるかと思った時に開店するのだ。今日は気分が乗らないから休みにしようかな、って日も稀にある。客観的な視点で考えると、我ながらとんでもない店だな。


昨日のお客様は三名だったが、今日は何人だろうか。そう思っていると、開店してすぐにドアのベルがチリンチリンと鳴る。こんなに早く客が来るとは珍しいな。


入ってきたのは、エルヴィンとクララだった。

何しに来たんだと思っていると、クララが柔和な笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「どうも、トールさん。一週間前に言った通り、近い内にまたお会いすることになりました」


「はあ……、それで今日はどういった御用で?普通の鎮痛剤などをお求めですか?」


「いえ、そういうわけではないのです」


エルヴィンが難しい顔をして、俺に話しかけてきた。


「トール殿。実は、ザクレス殿に三級加護回復薬と三級傷病回復薬を頼んだのだが品質が論外な物を渡されてな。薬が入った瓶だけは立派だが、中身は三級どころか四級と言われても微妙な代物だ。

我らとしても高い買い物ゆえに、専用の薬品鑑定人を雇っているのだがこれが三級とは片腹痛いとまで言っていた」


ザクレスってオッサンは大店を営んでる割に、口だけ達者マンだったのか。もしくは最初から騙すつもりだったのか、ただ単に三級のつもりだったが品質が激悪だったのか分からないが、それなりに名が知られたクランぽい『白銀』相手にそんな事して大丈夫なんだろうか。


どう考えても超上客なんだからもっと頑張って欲しいよオッサン、頑張らないからまたこっちに来てしまったじゃないか。


「我らは害獣を狩るにせよ、賞金首を狩るにせよ、護衛者をやるにせよ命がかかっているので、金額よりも品質が重要なのにこんな物を渡されてはたまったものではない。すぐさま、取引を中止したというわけだ」


「それで、私の店に来られたのはもしかして?」


「トールさんには失礼かもしれませんが、再度お願いしたくて参りました。お気分がよろしいとは言えないと思いますが、引き受けてはもらえませんか?」


エルヴィンは難しい顔をしたままだ。


「うむ、先般の迷惑料として金札百枚を上乗せ、それぞれ金札七百枚(約七千万円)でどうだろうか?」


合わせて一億四千万円の仕事だ。俺の場合、イリクサ草と大地草を取ってくれば、一瞬で作成できる。

直接、この二人から迷惑を被ったわけではないが、二人としたら今後も取引を継続する事も考えて迷惑料をのせてきたのだろう。さて、どうするか。


俺が迷ってるように見えるのか、クララが両手を合わせてお願いしてきた。


「トールさん、お願いできませんか?」


困ったような顔をしながら、少し上目遣いをして俺に懇願してきた。うーむ、あざと可愛い。エルヴィンと付き合ってるのかは知らないが、それなら奴は幸せ者だ。


一週間前に考えた通り、二人はこっちの素性をある程度見抜いた上で依頼しているのは間違いない。多分、断ると言うのは難しいだろう。当初の予定通り行くしかないか。


「うーん……、分かりました。では、お引き受けしましょう。三級加護回復薬と三級傷病回復薬、それぞれお一つずつ。一つ辺り金札七百枚、納期は三週間ほどでいかがでしょうか?それと、私と取引している件は絶対に秘匿願いたい。」


クララがパッと明るい顔になる。


「トールさん、ありがとうございます!その納期でしたらベーデカさんにお願いしていた時とあまり変わりませんね。秘匿の件も了承しました、むしろ薬が作れる方ならこちらもその存在を秘匿したいぐらいですから」


適当に納期設定したが、割と良い感じだったようだ。これも天運のおかげか?そんなわけないか。エルヴィンが丁寧に礼をする。


「トール殿、引き受けてくれて感謝する。一週間前の件についても本当に申し訳なかった。今後は末永い付き合いをお願いしたい」


『白銀』は話を聞く限りでは強者があつまるクランだ。こういう強い奴って自尊心ありありで偉そうだったりするイメージがあるけど、エルヴィンは中々丁寧な良い男だな。


「では、トールさん。三週間後に再度伺います、よろしくお願いしますね。ああそうだ、実はお詫びも兼ねて焼き菓子をお持ちしたんですよ。良かったら召し上がってくださいね」


と言って、紙の箱のような物を渡された。この箱は西の大通り沿いにある有名な菓子店のものだ。ついさっきまで興味無さそうにしていたミズーが箱を凝視している。……こいつ、全部食ってしまいそうだな。


「トール殿、くれぐれもよろしく頼む。では失礼する」


そう言って、二人は去っていった。

二人がいなくなってしばらくしてからミズーが近寄ってきて、俺に圧し掛かってくるいつものウザ絡みをしてきた。


『トール。その焼き菓子を我は食したいのだが? 譲ってくれ』


「一応、俺が貰った物なんだが」


『そう言わずとも良いではないか、全部とは言わぬ』


「お前、全部食うつもりだったのか!?」


『この件に関しては我は何もやっておらぬ故、そこまでは言わぬ』


「当り前じゃないか。まあいいか、コーヒーを淹れてから食おう」


有名店の菓子だけあって大変美味かった。ミズーもモリモリ食い、結局八割ぐらいはミズーの胃袋(前に聞いた感じだと胃袋は無い気がするが)に入ってしまった。


さて、とりあえず加護回復薬の素になる大地草と傷病回復薬の素になるイリクサ草を取りに行かないといけない。

明日を臨時休業にして、南の森の採取に行くか。ついでに店舗用や、たまに総合ギルドに納品する用の鎮痛剤や胃腸薬の素になる草も補充しておこう。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



ザレの街に、仲良さそうに手を繋いで寄り添って歩く白銀の鎧を纏った二人がいた。


「エルヴィン君、トールさん引き受けてくれてよかったね。断られてたところで、何としてでもお願いするつもりだったけど」


クララがそう言うと、エルヴィンは頷いた。


「やはり、最初からトール殿に頼んでおくべきだったな」


「大店のメンツもあるだろうからと一応試しては見たけどあれじゃあねえ。安かろう悪かろうじゃ、命の対価としては困るから」


「トール殿は薬師の腕も間違いなさそうだが、狩人としても相当出来そうな感じだ、あの槍を見る限りでは。極めつけはあの大川辺猫だ」


クララはふふっと笑いながら答える。


「あれは確実にただの川辺猫じゃないね。『白銀』全員でかかっても勝てるかな? 色んな意味でトール君とは仲良くしといたほうが良さそうだよ。トール君本人も見た目こそ若かったし丁寧な態度だったけど、どうも油断ならない雰囲気を感じたわ。特殊な加護持ちかもしれない」


「まったく同意見だ。とりあえずは薬の出来に刮目するか」


「ベーデカさんが認めた上に、あの槍にあの川辺猫だからね。まず、心配ないと思うけど?」


「そうだな。ここまで来たし、帰りにどこかで食べていくか?」


「おっ、エルヴィン君良い事言うね。私、前から気になってた店があってさ……」


ザレの街を仲が良さそうな、白銀の鎧を纏った二人が歩いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る