第83話 譲渡
なんだ?店の外で盗み聞きでもしていたのだろうか。エルヴィンがおっさんに問いただす。
「失礼だが、そちらは何者か?」
俺の方を見てニヤッと笑ってから、エルヴィンとクララの方へ向き直ってからお辞儀をしておじさんが答える。
「申し遅れました、私はここザレで『ザクレス薬局』を営んでおりますザクレスと申します。もしかしたらご存知かもしれませんが、東の大通り沿いに店を構えておりまして。実は兼ねてより知ってはおったのですが、『白銀』が三級加護回復薬と三級傷病回復薬を定期的にこちらで卸してもらっていたそうで?」
この感じの悪いハ……オッサン、今日たまたま通りすがって聞いたというわけじゃなくて、だいぶ前からベーデカさんが受けていた仕事を横取りできないか伺っていたようだな。
「ほう、東の大通りにある『ザクレス薬局』と言えば中々の大店だな」
へえ、有名な店なのか。そう言えば、あまり評判が良くない薬屋が東の大通り沿いにあるって話をどこかで聞いた記憶があるな。総合ギルドだったか?価格は安いが、物の質が芳しくないとかで。
「『白銀』のエルヴィン様に私の店をお見知り頂いていたとは光栄ですな。いかがでしょうか、それらの薬を我々に任せてはもらえませんか?
我々であれば、ご提示されていた半額の金札三百枚(約三千万円)で結構でございますが?納期に関しても、五日もあれば作成できますよ。」
それを聞いた、クララがあら!とい驚いた顔をしてからにっこりする。
「あら?私たちが欲しい質の三級加護回復薬と三級傷病役をたった金札三百枚でご用意できるのですか?それは素晴らしいですね」
「ええ、ええ、そうですとも。我々に任せて貰えば問題ありませんよ。失礼ながら、あのベーデカ薬局を引き継いだとは言え、流れの素性も知れぬ上に経験が浅そうな薬師に任せるよりはよろしいかと。我々の方が質が良い自信もありますよ」
エルヴィンは考え込むようなしぐさをしばらくしてから、俺に問いかけてきた。
「トール殿、ザクレス殿はこうおっしゃっているが如何か?」
うーん、こっちとしてはどうしても引き受けたいわけでも無いしな。おっさんがそこまで自信があるなら譲っても良いか。
「ザクレスさんがそこまで自信をお持ちなら、私は辞退しますよ」
「……そうか。少し失礼」
そう言うと、エルヴィンはクララの近くに行き小声で何かを相談している。しかし、美男美女の取り合わせは絵になるな。少し経ってから、エルヴィンがザクレスの方に向き直った。
「ザクレス殿。そこまで自信をお持ちであれば、それぞれ金札三百枚で三級加護回復薬と三級傷病回復薬をお願いしよう。それで本当によろしいか?」
それを聞いたザクレスは満面の笑みを浮かべ、揉み手をしながら答える。
「我々にご用命いただけるとはありがとうございます!あの『白銀』にご依頼いただけるとは嬉しい限りです。それではどうでしょう、納期などの商談をこれから私の店で行うというのは?歓迎いたしますよ」
「ふむ……」
エルヴィンがクララの方を見る、クララは笑顔のまま小さく頷く。
「我々としては異論はない」
「ありがとうございます、ではご案内いたします」
ザクレスが店を出る際、俺の方にしてやったりと嫌らしい笑顔を見せてから出て行った。当てつけのつもりだろうか?
「それでは、トールさん。今日はこれで失礼しますね、近い内にまたお会いするでしょう」
にっこりと意味深な笑みを浮かべて、クララが店を出る。近いうちにまた、とは?
「トール殿、失礼する」
軽く礼をしてからエルヴィンも店を出て行った。店が静かになるのを見計らってか、ミズーが声をかけてくる。
『良かったのか、トール。楽して大儲け出来る機会だったのではないか?』
「確かにそうだが、『白銀』とかいう連中とどうしても関わりあいたいわけでもないし」
『面倒ごとになるやもしれぬと?』
「そうそう、今の所は金に困ってるわけでも無いし」
『それもそうか。お主のすろーらいふとやらに必ずしも要るとは言えぬか』
「そういう事。今日はこのまま客が来ないと良いな、ゴロ寝したくなってきた」
『人の世は知らぬが、普通営業時間中にゴロ寝したいから客が来ない方が良いとかいう商売屋など無いのではないか?まあよい、それよりトール今晩はカードゲームをしたいから早めに店を閉めてくれ』
「……初耳だぞ、いつ決まったんだ」
『ついさっきだ。お主が、あの連中と話をしている時にタイキから連絡があった。今日はカードゲームがしたいそうだ。我もしたい』
こいつらの連絡ってどういう手段で取ってるんだろう、テレパシーだろうか? 少なくとも携帯電話という事は無いだろう。
「はあ……、じゃあ早めに店を閉めるか。そろそろコーヒーが切れそうで買いにも行きたいし」
『む?買い物に行くのか、では例のパン屋にも寄ってくれ』
はあ、こいつ本当にあの店のパン好きだな。店主のコルネリアさんにも「猫ちゃんにうちのパンを気に入ってもらえて光栄だわ」とか言われてたな。
『パンを食べながら、我らと行うカードゲームもスローライフの一部と言えなくもないのではないか?』
……果たしてそうだろうか?
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