第82話 白銀
ドミニクが訪ねて来てから一週間が経った、割とのんびり薬屋の経営が行われている気がする。想定していた通り、店にはあまり客が来ない所も良い。そう言えば看板は『ベーデカ薬局』から『ハーラー薬局』に変更した。
タイキとダイチが来て麻雀やらカードゲームやらをやってる間以外は、ミズーも暇そうだ。朝はゆっくり起きて、食べたい物を適当に食べる、店も閑古鳥が鳴いている、だが金に困っているわけでもない。おおっ、なんかこの世界に来て初めてスローライフっぽくなってきたぞ!
金には困っていないし、そろそろ母屋の改造や、自分好みの家具を買いそろえたいところだが、流石にそれをやるには手持ちが厳しいか。
ベッドだけは少し行った所にある、「メービウス家具店」というドワーフに似たおじさんがやってる家具屋で良い物を買った。
ヘルヒ・ノルトラエの武器屋の店主と似ている気がするが、もしかしたら血縁関係者なんだろうか?
まあ、母屋の改造はおいおいやっていけば良いかと思っていた時だった。チリンチリン、という音と共にドアが開けられた。
ドアを開けたのは身長が180センチ前後ぐらいのしっかりしたガタイだが誰が見てもイケメンの金髪青年と、160センチぐらいでたれ目に右目の泣黒子が特徴の、非常にナイスバディで母性溢れる金髪ロングヘア美人のコンビだ。うーん、ナイスカップル。
二人はどちらも立派な武器を持っており、青年の方は全身白く輝く立派な金属鎧を、女性の方はローブのような服の上から同じく白く輝く胸当てを纏っている。見た感じではどちらもかなり高級そうだ。明らかに二人とも素人ではない。今までに店に来たこともないし、珍しい客だ。
青年の方が俺を見てあれっ?という顔をしてから、話しかけてきた。
「失礼。この店はベーデカ夫妻の店ではなかったか?」
「ああ、ベーデカさんなら引退されて引っ越しされたんですよ。私が薬局の後を引き継いでいます」
「ふむ、なるほど」
青年は顎に手を当てて考え込む仕草を見せる、今度は女性の方が尋ねてきた。
「店を引き継いだって事は、ベーデカさんに認められたという事ですよね。という事は、店主さんはそれなりの薬師ですか?」
「一応は四級薬師ですね」
「四級……?ああ、義務避けですね。普通の四級にベーデカさんが店を渡すわけないですから」
ニッコリと笑いながら女性はそう言いのけた、どうもベーデカ夫妻と懇意の仲だったようだ。しかし、俺はベーデカ夫妻からこの二人の事は聞いていなかったが……。
「我々の事はベーデカさんから聞いていなかったか? では名乗らせてもらおう。我々は『白銀』というクランに所属している者だ。私はクランの長であるエルヴィンと言う、こちらは副長のクララだ。以後、世話になる事もあろう。見知りおき頂きたい。そちらの名前は?」
「私はトールです、トール・ハーラー」
クラン、と言うのは総合ギルドで聞いた事がある。いわゆる大所帯のパーティー的なものらしい。徒党を組んで狩人やら護衛者やらをやっていくわけだ、まあ複数人数いた方が都合が良い事の方が多いからな。総合ギルドで手続きして、設立することが出来るとの事だ。色々と優遇措置などもあるらしいが、俺には無用の存在である。
「それでその『白銀』がこちらの薬局にどういったご用向きでしょうか」
「実はベーデカさんには定期的に三級加護回復薬と三級傷病回復薬を卸してもらっていたのだ。我らは担当こそ違えど、戦闘主要要員は全員二級狩人の称号を持っている。それ故、危険な任務にあたる事も多くて万一の備えというやつだ。あの二人が作る物なら品質は間違いないからな」
はー、三級薬だと金札数百万(約数千万円)はするはずだけどそれを定期的に買える財力があるわけか。相当な実力派クランのようだ。ベーデカさんもいくらエッボンの知り合い相手とは言え、こんな立派な建屋を安値で売り渡しても問題ないわけだ。
クララがにっこりと笑いながら尋ねてきた。
「ベーデカさんから店を譲ってもらったって事は、質の良い三級加護回復薬と三級傷病回復薬を作れるという事ですよね?
隠さなくとも大丈夫です、そちらに置いてある槍も武器屋の数打ちではないでしょう?狩人としても相当な実力をお持ちのようですね、トールさん」
この人たちとは初見だが、完全に素性がバレてるな。天授の武器とやらのこの槍は、見る人が見ると一発でバレるっぽいんだよな。
「どうだろう、トール殿。三級加護回復薬と三級傷病回復薬、それぞれ金札六百枚(約六千万円)で。もちろん、質は確認させてもらうが。
質が良ければさらに金札百枚を上乗せさせてもらう。それを半年から一年に一度卸してもらいたい」
ちなみに、全く話に興味がないのか香箱座りをしたミズーは大あくびしている。
さて、どうするか。今更、わざと失敗したりして作れないと取り繕っても多分駄目だろうな、見抜かれてるっぽいし。
となると、引き受けるしかないか。まあ、質の良いそれぞれの回復薬を作るのは俺からすれば容易い、それこそ一瞬で出来る。ただ、非常に強力な『薬師の加護』を持っている事だけは絶対に知られたくない。
わざと長めの製作期間を貰ったり、取引を広めないよう念入りに釘をさすのが得策か、定期的に大金が入るというのは少なくとも悪い事ではないし。
「分かりました、ひきう……」
俺が引き受ける返事をしようとした時だった、チリンチリンという音と共に店に入ってくる人影が見えた。
頭が上が禿げ上がった五十代ぐらいの白髪のおじさんだ。見た感じだと悪そうな顔をしている。
「少しお待ちいただけませんか、『白銀』のお二人様。申し訳ありませんが、お話を聞かせていただきました」
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