東都居住編

第79話 東都の生活

ザレの町、具体的にはベーデカ夫妻から薬屋を譲り渡してもらい、そこで生活を始めてから二週間が経ち、町の特徴が色々分かってきた。この二週間は大きなトラブルが起こっていないのも大変結構な事だ。


ザレの町は大きな円形の町で、町としては皇都ベルンと似た作りだ。おそらくベルンが先に出来て、それを参考に町づくりされたのだと思う。

中央から東西南北に大きな主要道路が通っていて、それぞれが町の外へ繋がる大きな門に通じているのも同様だ。


ただし、ザレにはそれに加えて北西、北東、南西、南東にもそこそこ大きな道路がある。ただしこの道路は外へ出る門へは繋がっていない、塀が終点だ。

つまり、町全体を見ると「米」状に合計八本の主要道路が通っており、それぞれの間をいくつもの小道で繋がれている状態になっている。皇都同様、どこに行くにしても主要道路に沿って行けば分かりやすい。


ザレも町の中央にはアーヘン州の政務を取り仕切る東都公邸と呼ばれる大きな建物があり、アーヘン州の領主であるドミニク・アーヘンがそこで執務を行っている。さらにその外側には公邸を囲むように、アーヘン州に務める貴族街があるのもベルンと同じだ。


ただ、主要なマーケットがドーナツ状に存在していたベルンとは異なり、中央から見て南東側、つまり俺が住んでいる方向に集まって存在している。もちろん、主要道路沿いには大店や宿屋などの店が多く存在している。総合ギルドは中央から南東に向けて伸びている主要道路沿いにあり、家から比較的近くて助かる。


水兎のおかげで非常に水が奇麗なヴァンド湖と、その湖から海に向かって東へと流れているネッカールン川があるため、ザレは非常に水が豊富で上下水道も整っている。俺が住んでいる家も上下水道完備だ。その上、風呂があるのには驚いた。温泉街に住むという事も考えると、多分ベーデカ夫妻が風呂好きだったんだろう。


街灯や道路の整備具合は非常に整っていて、皇都ベルンと大して変わらない。前に屋台のオヤジに住むのに良いと言われたが間違っていなかったようだ。

南の方に豊かで深い森もあり、俺が切り札にしているマテンニールや鶏冠草(トリカブト)は勿論、加護回復薬や傷病回復薬の素になる大地草やイリクサ草も生えており、薬の素になる大体の薬草も豊富に群生している。もちろん、その分普通の獣や害獣も多いようだが。


総じて、想定していた通り薬師の俺が住むのに良さげな街だ。ここに定住すると決めて良かったな。



さて、今後ここで薬屋を営んでいくわけだが、まずは薬屋と生活する母屋をスローライフを充実させるために改造していきたい。

まずは薬屋のスペースだ。


今は、壁側にずらっと天井近くまでの高さがある棚がしつらえてあり、そこに品名と値段と瓶に入った薬が置かれているスタイルだ。中央付近には机が置かれていて、そこにも薬などが置かれている。

また、この国は土足文化なのでもちろん薬屋の中は土足だ。母屋に繋がる扉の前にカウンターが設置されていて、ここで会計を行っている。


元日本人としては、薬を置くスペースは土足のままで良いが、自分が生活するスペースは靴を脱いで上がるスタイルにしたい。

ちなみに、ミズーは土足で歩いているが一切足が汚れないらしい。どこかの猫型ロボットみたく、実際は少し浮いていたりするのだろうか?


今考えているのは、薬の販売スペースを半分にして、残り半分は靴を脱いで上がる板の間、いわゆるフローリングスタイルにする構造だ。

そして板の間と土足スペースの間にカウンターを作って、こっち側は板の間から対応する。


こうだと万引きされる可能性があるが、見知った客なら後からお礼参りに行けば良いし、主要道路沿いでもないので新規の客が来る事もあまり無いだろう。

最終手段として、万引き犯が逃げている最中にミズーに干からびさせてもらえば良いし。


薬については二週間過ごしてみた感じだと、近所の人が鎮痛剤・胃腸薬・傷薬など汎用品を買いに来たり、こんな症状が出るんだが向いている薬を売ってくれと言われたりが主で、加護回復薬や傷病回復薬を買いに来るような客はほとんどいない。

高い薬は売るにしてもカウンターの奥に現物は置いておく、地球で言うところのこの札を持ってレジまでスタイルの方が良さそうだ。


また、汎用薬は総合ギルドや大きな薬屋などでも売っていたりするので、客はそこまで多くない。俺の場合元手がゼロなのもあって、今のところなんとか生活できるぐらいの稼ぎだ。じゃあ生活するだけでカツカツじゃん、と思うかもしれないが、別に無理して薬屋を繁盛させなくても良いのだ。


と言うのも、総合ギルドに四級加護回復薬か四級傷病回復薬を少量納品するだけで金貨数枚、要はそれだけで数十万円稼げる。また、総合ギルドの認定資格は何もせず、長期間ほったらかしにしていると失効される事もあるらしい。


従って数か月に一回ぐらいのペースでその辺までの薬を納品しとけば色んな意味で余裕が出るわけだ、最悪薬屋で商売が成り立たなくなってもどうとでもなる。しかも薬草だけ取ってくれば元手はゼロで、あとは『薬師の加護』を使ってポンで終わりだ。


薬屋の半分をくつろげる板の間にするのも、要は元より真面目に薬屋をやるつもりなど無いって寸法である。稼ぎについて、具体的には帳簿を付けて年に一回総合ギルドに報告し税金を払わないと駄目なのであまり稼いでも諸々面倒なのだ。この国に勤労の義務は無かった気がするが、立派に勤労している俺は偉いんじゃないだろうか(『加護』を使ってかなりズルしてるが)。


スローライフの準備がどんどん整っていく、まずは薬屋に改造を施し、終わったあたりで母屋も改造しよう。考えを巡らせていると、退屈そうなミズーが話しかけてきた。


『トール、我はそろそろ麻雀がやりたいぞ。生活も落ち着いたであろう?今日あたり市場に雀卓を見に行こうではないか』


出たよ、麻雀大好き猫。ただ、そろそろ買っておかないとタイキとダイチもやってきてブチブチ文句を言われそうではある。


「あー、分かったよ。生活も落ち着いてきたから見に行くか」


『うむ。今日の夜にタイキとダイチも来ると聞いておる』


「……俺は聞いてないが」


『あと、例のパン屋でパンも買おうぞ。「重ねパン」を食したい』


例のパン屋とは、少し行った所にあるベーカリーショップ「ベッカール」だ。

美人親子がやっていて町でも評判のパン屋だ、ミズーがここのパンを異常に気に入っている。確かにここが作るパンは美味く、特に「重ねパン」という名物が美味い。


「重ねパン」とは生地を幾重にも重ねたパンで、クロワッサンのような歯触りの美味いパンである。クルミのような木の実を入れたタイプや、ジャムなどが入った物もあり、町でも評判になっている。


「分かった分かった、あそこのパンは確かに美味いからな」


『うむ。あの店は今後も長く続けて貰いたい』


今日は夜遅くまで麻雀大会になりそうだな。実のところ俺も対人ゲームの類は好きなので、悪党が襲撃してくるとか物騒な事が起こるよりは良いか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る