黄金週間特別編
死神アリーセ伝 上
アリーセ・カウマッツはヨダ村のとある小麦農家のカウマッツ夫妻から産まれた娘だ。夫妻は二人とも気立てが優しいおしどり夫婦と村でも有名で、娘は二人の愛情をたっぷりと受けてすくすくと育った。
だが妻はアリーセが幼い頃に流行り病で亡くなってしまった。残された夫とアリーセは酷く気落ちした、だが亡くなる間際の「二人とも幸せになって」の言葉を思い出し、徐々に明るさを取り戻した。二人は周りから見ても仲の良い親子だった。
それから十年の時が流れ、アリーセも十五になり、もう少しすれば結婚も考える年頃になった。
十年経った今も親子の仲は良く、時には同じ村人の手助けも借りながら、二人で協力して細々と小麦農家を営んでいた。
ちょうどそんな時期に悲劇が起こった、ヨダ村が凶悪な盗賊団に襲われたのだ。カウマッツ親子もその例外にはならなかった。
かんぬきをかけて、二人して家に隠れ潜んでいたが激しい掛け声とともに押し破られた。
「へっへっへっ、ちょうど良い年頃の娘がいやがるじゃねえか。見た目も俺好みだ」
「バルトルさんも好きですねえ」
「はっ!これが楽しみで盗賊やってんだよ俺は、てめえらには分かんねえかなあ」
スキンヘッドで大きな片刃の剣を持った大男と、こ汚い身なりで片手剣を持った二人の男が家に押し込んできた。
アリーセの父は、震えながらも包丁を片手にアリーセをかばう。
「な、な、何だお前らは!!さっさと出ていけ!」
「なんだと言われても見りゃ分かるだろ、盗賊だよ。金目のモンとお前の娘を貰ってやるから、さっさと逝けよ!!」
スキンヘッドの男が、片刃の剣を大きく振りかぶりアリーセの父をなでぎりにする。
「ぐうっ……!?」
うめき声をあげ、そのままアリーセの父はうつぶせに倒れた。倒れた腹部からは大量の血が流れてきている。
「お父さん!! お父さんっ!?」
アリーセが必死で縋り付くのを、ニヤニヤして眺めている三人。
「おい、これからお楽しみの時間だ。外に出てろ!」
「へい、まだ村中の金目の物を集める仕事が残ってるんですから早めにして下せえよ」
スキンヘッド以外の二人がぞろぞろとドアから家の外に出ていった。スキンヘッドの男が下卑た笑い声を上げながらアリーセに近づく。
「さあてと、親父とのお別れは済んだか? たっぷりと楽しませてくれよ!!」
スキンヘッドの男がアリーセに襲い掛かってきた。アリーセは必至で抵抗したが殴られ、服を破かれ始める。
「(もうだめだ…。お父さんお母さん…)」
アリーセは抵抗を続けつつも諦めつつあった。
「大人しくしろ、今からお前を女にしてやる!」
もう駄目だ…、とアリーセが思ったその時であった。
「○×△☆♯♭●□▲★※!!!????」
声にならない叫び声をあげたスキンヘッドの男が突然弾き飛ばされたのだ、何事かと驚き家の扉の方を見ると、皇国では珍しい黒い髪のまだ若い男性の姿が見えた。
右足を高く上げている事から、おそらくスキンヘッドの男を後ろから蹴り飛ばしたのだろう。立派な槍を持っているから総合ギルドの狩人かもしれない。
男性は、私の方に近づき優しく声をかけてきた。
「大丈夫ですか?私は総合ギルドから盗賊退治で派遣された者で、名をトールと言います。この男は私が片付けますのでそちらで大人しくしていてください。」
そう言われたアリーセは小さく頷き、脇によけトールをはらはらと見守る。
「(トールさん、私とあまり変わらない年頃に見えるけど大丈夫かしら……?)」
スキンヘッドの男がプルプルと震えながらも大きな剣を持ち立ち上がって、怒り狂った顔でトールを睨みつける。
「……てめえだけは絶対許さねえ、絶対に許さねえぞ!!!」
そう言うか言わないかのタイミングで、トールが素早くスキンヘッドの男に近づき槍を振り下ろした。
だが、スキンヘッドの男が両手で剣を持ち、槍を頭の上で受け止めようとしている。
「(受け止められちゃう!?)」
アリーセはそう心配したが、スキンヘッドの男は槍を受け止めきれずそのままトールの槍の刃が肩口までめり込んだ。
「があっ!馬鹿な、てめえなんて怪力だ!? ……やめろ、やめろぉっ!! 頼む、助けてくれ……」
先ほどまでアリーセに余裕の態度を取っていたスキンヘッドの男が情けなく命乞いをしている。
「(トールさん、すごく強い……!)」
それを見たアリーセは今まで感じた事がないような胸の高鳴りと熱さを感じた。
ゴミを見るような冷たい目で、情け容赦なくトールは言った。
「今までそう言ったであろう善良な人たちにあなたは何をしたんですか?」
トールのその言葉と共に槍はさらに下まで押し込まれ、腹のあたりまで槍の刃が一気に入った。
「ぎゃぁっ!!??」
短い断末魔を上げて、スキンヘッドの男は仰向けに倒れた。
トールは眉一つ動かさずスキンヘッドの男を見下ろし、その後コートに血がついているのを気にしていた。
「(すごい……。そうだ!! お父さんは!?)」
盗賊たちが殺されて一段落着いたところで、アリーセは父が斬られたのを思い出した。
うつぶせに倒れた父に縋り付くが全く反応がない。
「お父さん……お父さん……」
アリーセが父にすがって泣いていると、トールが近づき声をかけてきた。
「思うところは色々あるだろうが、まずは自分の命の事を考えて欲しい。鍵をかけて家の中にいてください。」
そう言い残すと、トールは家の外に出て行った。おそらく残りの盗賊を殺して回るのだろう。
アリーセは壊れてしまったかんぬきをなんとか使えるようにして扉に鍵をかけ、トールに言われた通り亡くなった父に寄り添って、家の中で一人たたずんでいた。
一刻(一時間)ほどして、家の扉がドンドンと叩かれる。
「アリーセ! 大丈夫か! 盗賊団は総合ギルドの人が全部片づけてくれたぞ! もう出てきて大丈夫だ!」
同じ村に住んでいる、顔なじみのおじさんの声だ。
「(トールさんが、盗賊団を全て退治したのかしら……)」
おそるおそる外に出ていくと、何人かの村人が集まっていた。外には最初に家に入ってきた二人の男が倒れている、トールが殺したのだろうか?
「アリーセ無事だったか! ラインマールは?」
アリーセは首を横に振った、それを見て残念そうな顔をする村人たち。
「……そうか、村の連中も少なくない数やられてしまってな。とりあえず遺体を集めよう。こんな時に悪いがアリーセも手伝ってくれ」
その後、遺体を集めたり盗賊団に壊された物を片付けたりと夕方まで父を亡くした事を考える暇がないぐらい働いた。
だが、こういう時はじっとしているより体を動かしてる方がマシなんだなとアリーセは思った。もしかしたら、村の人たちもそう考えて手伝いを要請したのかもしれない。
盗賊団を退治したのは、トールの他にも何人かいて白髪のお爺さんが率いた狩人だったらしい、その中には私と年が変わらない少女もいたとか。
翌朝、トールが村を出発すると聞いてまだお礼を言っていなかった事を思い出し、アリーセは見送りに行く事にした。
そう考えたのはアリーセだけではなく、村長や何人かの村人も同様の考えのようだった。行く途中で村長から昨晩のトールについて驚く事を聞いた。
「あのトールさんという方はな、盗賊団の団長に我々の手で復讐する機会を作ってくれたんだ。機転を利かせて禍根が残らないように知恵をくれてな。
若いのに大したお方だ、まさにヨダ村の恩人と言って良い。今後村に立ち寄られる事があれば手厚くもてなさねばならん。」
「(トールさんって凄く強いだけじゃなくて、そういう所にも気を回してくれる人なんだ……)」
馬車の近くまで行くと、既に盗賊団の生き残りや荷物などを載せてすぐにでも発つ状態だった。
アリーセはトールを見つけ、走り寄って話しかける。
「トールさん、あの時は本当にありがとうございました。」
トールはアリーセに話しかけられた事に気が付くと、父を亡くしたアリーセに気を使っているのか神妙な顔をして返答する。
「いや、礼には及ばないです。お父さんは残念でした。」
それを聞いて、優しかった父の事をまた思い出してしまうアリーセ。
「なんでこんな事になってしまったんでしょう……、私たちは日々一所懸命に生きていただけなのに…。」
「アリーセさんは農家なので分かると思いますが、どんなに丁寧に育てても傷んでしまう作物があるでしょう、そして傷んだ作物は周りの良い作物に悪影響を与えます。
それと同じでどうやっても悪党は沸いてくるものです、そして手早く刈り取らないとこういう被害が生まれてしまう。」
「……。」
「お父さんのためにも、立ち直って幸せになってくれることを祈っております。」
そう言い残すと、トールは馬車に乗ってボルンに旅立って行ってしまった。
アリーセはそれから一週間経っても無気力なままの日々を過ごしていた。ある日の夜、床に入ってから母とトールの言葉が頭をよぎる。
『二人とも幸せになって』
『お父さんのためにも、立ち直って幸せになってくれることを祈っております。』
二人とも私に幸せになって欲しいと言い残した、私の幸せってなんなんだろう……。
さらにトールの言った事が頭をよぎった。
『どうやっても悪党は沸いてくるものです、そして手早く刈り取らないとこういう被害が生まれてしまう。』
私たちの生活を壊した盗賊…、誰かが手早く刈り取らないといけない……。そうか……、そうなんだ……。
空っぽになった私の心の中に小さくとも激しい火が付き、激しい胸の高鳴りを感じた。
そう、トールがスキンヘッドの悪党を圧倒している時に感じたものと同様のものだ。
最初はもしかしたらこれが恋なのかとも思った。だが今になって違うとはっきり分かった。悪への強い怒りと悪を刈り取る圧倒的な力への強い憧憬だったのだと。
私の幸せは、人々の幸せを破壊する悪党を一人残らず刈り尽くす事に他ならない。そうアリーセは強く思った。
ならばやる事は一つだ。
翌朝、村長に近日中には村を出ていく事を伝えた。私のやりたい事を聞いた村長や村の人たちからは再三再四思いとどまるよう言われたが、頑として断った。
農家をしていた事から同世代の女性と比べたら体力には自信があるとは思っている。だが、悪党を倒すには全くの非力な事は分かっている。
なので、まずは大きな町の総合ギルドに所属して、害獣狩人をやりながら強くなるのが近道だと考えた。
もちろん、最終的には賞金首狩人になるつもりだ。どんな手を使っても絶対に悪を狩り尽くしてやる。
村を出る日になっても思いとどまるよう説得を受けた、村の人たちは親切で本当に私の事を考えて説得してくれているのはよく分かる。
でも私は止まるつもりはない。それを分かったのか最後は説得を諦め送り出してくれた、いつ帰ってきても良いとも言ってくれた。
なけなしのお金や必要最小限の物だけ持って村を出た。
最初に村から一番近い町ボルンで、害獣狩人の登録をした。
総合ギルドで聞くと、武器の取り扱い方の講習をやってはいるらしいがレベルが低く、賞金首狩人になるのを目指すのであればやはり大きな町の方が良いらしい。
そうなるとジーゲーの州都であるヴィトゲやノルトラエ州のヘルヒ・ノルトラエが該当するわけだが、ジーゲーは比較的平穏な州なので、ヘルヒ・ノルトラエを拠点としてはどうかとお勧めされた。
低級の害獣を狩ったり、薬草などの採取をして金を稼ぎながらヘルヒ・ノルトラエに向かう事にした。
低級の害獣とは言え、まだまだ私には大変だった。怪我をすることもあった。だが、心は折れなかった。
そうこうしながら一か月ほどで、ヘルヒ・ノルトラエでの生活が始まった。
基本的には安宿に泊まり、今まで同様に狩人や採集をして生活費を稼ぎ、ギルドでの講習で武器を学ぶことにした。
トールが使っていたのが槍でその印象が残っているのもあったのか、ブフマイヤー流という槍の流派を主に学んだ。
それから数か月経った、そういう生活をずっと続けているが、未だに賞金首狩人になる事は出来ていない。
賞金首狩人は一番低級の七級でも、対人それも人殺しを余儀なくされる狩人なので他の狩人と違って簡単になる事が出来ない。
具体的には総合ギルドが指定した講師の許可が得られないと駄目なのだ。
「まだ私は賞金首狩人になる事は出来ませんか?」
講師にアリーセは嘆願するが、首を横に振られる。
「アリーセさんの執念は認めるし、槍の腕前がそこそこな物になっているのは分かる。だが、まだ精神が追い付いていない。
人殺しと言うのは思っている以上に心の負担になるものだ、まだ認める事は出来ない。」
アリーセは唇をぐっと噛みしめ、下を向く。
自分でも分かっているのだ、いざという時に人殺しが出来る心構えが十分に整っていない事を。
悪を刈る意思は未だに燃え上がっている、だが覚悟がまだ足りていない気がするのだ。
講習を終え、宿への帰り道。ふと害獣を狩る時に使っている槍を見ると刃こぼれが目立つ、そろそろ買い替え時だ。
そう思ったアリーセは帰り道の途中にある看板が薄汚れていて、あまり繁盛してい無さそうな武器屋に寄る事にした。
ノブを回してドアを開け、中に入る。
店の中は武器類の品ぞろえは悪くなく、しっかりと手入れもされているようだ。
私が店に入ったのを見た店主らしき、長い無精ひげを生やした筋肉質の小柄なおじさんが声をかけてきた。
「らっしゃい!! どんな武器を探しているんだ? 言ってくれれば、おすすめを紹介するぜ!!」
「私は槍を使っているのですが、そろそろ新調したいと考えています。」
「お嬢ちゃん若いのに狩人やってんのかい!? まあ良いか、手持ちの槍を構えてみてくれないか?」
そう言われたので私は槍を構える、それを黙ってじっと店主は見つめている。
「……ふうむ、ブフマイヤー流か。そこそこの腕前だな。お嬢ちゃんの体格だとこの辺の槍が良いか……」
アリーセは店主からいくつかの槍を紹介されたが、どれもしっくり来なかった。
だが新調しないと害獣を狩る事が出来なくなってしまう、一番マシそうなのをとりあえず選ぼうかと思った時だった。
奥にある、巨大な鎌が目に入ったのだ。
黒光りする1メートルは優に超える巨大な鎌で、鎌の部分は両刃になっている。何故かその鎌に強く惹かれたのだ。
それに気づいた店主が困り顔をする。
「……その鎌が気に入ったのかい? 売っても良いんだが、その鎌なあ……。刃が付いているのに何故か切れねえんだよ。」
店主は壁に掛けてあった鎌を取り、腕に当てて引く仕草を見せる。だが、店主の腕には一切傷がついていない。
「な? だからただのでっかい金属の塊と変わらねえんだよ。前にも変な武器が手に入って、それを気に入った奴に売った事があるもんだから、もしかしたらこれもそうかもと一応は置いているんだが……。」
「すみません、それを見せて貰えますか?」
「……ああ、まあ一応売りモンだから構やしねえが」
渡された大鎌を握ると、今までに使ったどの武器と比べてもしっくりと来る。軽く振ってみると、長年愛用した武器のようだ。
鎌の使い方なんて学んだ記憶が全くないが、何となく使い方も分かる。さらには、今まであった人殺しへの迷いがふっと消えるような気がした。
その様を見た店主が驚いている。
「お嬢ちゃん、急に雰囲気が変わったな……。鎌の達人にすら見えるぜ、一体どういう事だ?」
そういうやりとりをしていた時だった、ドアを乱暴に開ける音が聞こえた。
「おいっ!! 俺様が武器を買いに来てやったぜ! 一番いい武器を寄越せ!!」
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