第78話 転生薬師は東都で生活したい
あれから諸々の手続きや薬屋の片づけなどしている内に二週間経って、ベーデカ夫妻が旅立つ日、つまり家を譲り渡してもらう日が来た。
ザレの西門に夫妻がチャーターした馬車と御者、荷物類を持ったベーデカ夫妻がいる、俺はそれを見送りに来た。
「ヨハンさん、ヤスミンさん。色々ありがとうございました。店は大事に使うようにします。」
「トールさん、薬屋が上手く行くことを願っておりますよ。まあ、トールさんの腕ならどうとでもなると確信しておりますが。」
「そうね、あなた。」
「馬車でバードーラン州まで向かわれるみたいですが、護衛なしで大丈夫ですか?」
「最近の皇国はそこまで物騒じゃないし大丈夫じゃよ。そもそも、わしらもそこまで腕はなまっておらんし。」
「そうよ、トールさん。つい最近まで森で薬草を採取していたのよ?」
あれから話を聞くと、この夫婦は薬の材料を自分で森に取りに行く俺と同じようなタイプの薬師で、二人とも三級薬師と五級害獣狩人の認定を受けている腕利きだった。
つまり、薬師としても一流だが戦闘面においてもそれなりの腕という事だ。持っていく荷物に立派なショートソードも積んでいたしな。
「お二人に余計な心配は無用でしたね。」
「ふふふ、心配してくれるのは正直嬉しいがね。わしらには子供ができなんだから、この2週間トールさんが我が子のように思えてのう。」
「もし、バードーラン州に来る事があったら是非、家に寄って欲しいわ。私たちの事、覚えておいてね?」
家を格安で譲ってもらったというのはもちろん、この二週間食事をご馳走になったり(ミズーの分も含めて)、俺の場合原材料を取ってきてポンなのであまり使わないかもしれないが二人が使っていた仕入れルートを紹介してもらったり、町の事を色々教えてくれたりと二人にはかなり親切にしてもらった。ベーデカ夫婦はバードーラン州にある温泉街に住むという事で、近くまで来たら是非寄って欲しいと場所は教えて貰っている。長い人生、俺の場合は本当に長い人生だし、温泉街に行くこともいずれあるだろう。
「覚えておきます、ヤスミンさん。それではお二人ともお達者で。」
「トールさんもお元気で。」
「また、会いましょう。」
二人が馬車に乗り、御者がこちらに軽く礼をしてから馬車を動かし始めた。ミズーと共に馬車が小さくなるまでそれを見送ってから譲ってもらった家に戻った。今日からはここが我が家だ。
『トールよ、ザレでの生活がいよいよ始まるのう。』
「この店の内装であるとか、どういう風に商売するとかをまず考えないといけないけどな。」
『お主の縁で、安く店が手に入ったのは良かったな。』
「そうは言っても、その縁が出来た元の出来事は結構大変だったんだぜ?」
『時間はたっぷりあるからな、その話も麻雀をやっている時にでもいずれ聞かせて貰おう。そう言えば、雀卓や器具を改めて買わねばならぬな。トール、早急に頼むぞ。』
ザレでも麻雀やらテーブルゲームをやる気満々みたいだな、この猫は。皇都ではダーツも一回やったしビリヤードにも興味を示していたので、ダーツボードやビリヤード台もその内ねだられそうだ。
寿命がやたら延びた上に、予定外の居候と死ぬまで同居する羽目になってしまったりと、色んな意味でかなり遠回りになってはしまったが当初から目標としているザレに到着し、薬屋を営める環境が整った。
もちろん、あくせく薬屋を営むつもりはない。『薬師の加護』でささっと調薬し、大部分の時間はのんびりと過ごす予定だ。不労所得とまでは行かなくとも、最小限労働所得を目指して、出来ればあんまり流行っていない店にしたい。この家にも順次手を入れて行って、地球にいた頃と同等は無理にしても、どんどん快適空間へと近づけていく。
さて、明日は何をするか………
しばらくの微睡みを経て、目がはっきりと覚める。
時間を確認したら、もう昼前か。
今日もよく寝た。睡眠が十分に取れるのは若く健康な証拠だ。
ベッドから出て、着替えを始める。
着替えを終えたら、階段を降りて扉を開ける。
『相変わらず起きるのが遅いな。もう昼だぞ。』
「長い人生、そんなに生き急いでどうするんだ?良い頃合いに寝て、良い頃合いに起きる。素晴らしいことじゃないか。」
『まあそう言われればそうかもしれんな。』
図体のデカい居候、ミズーとのやり取りももう慣れたもんだ。
そんな俺だが、元々はこの世界で生まれ育ったわけではない。
こういう生活を送るまでに、かなりの紆余曲折があった。
ふっと頭によぎる、この世界のここまであったいきさつ。
かなり古い言葉になるが、元は日本で放送されていたドラマか何かだったかな?
思えば遠くに来たもんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ザレの中心にある大きな東都公邸で執務が行われている。その中心にいるのはドミニク・アーヘンその人である。
今は、主だったトピックスについて報告会が行われている。
「最後に、これは大した事ではないと思いますが念のため報告させていただきます。ザレの薬屋についてです。」
ドミニク・アーヘンが怪訝な顔で問う。
「薬屋がどうかしたのか?」
「ベーデカ夫妻が後継者に建屋を譲り渡したようです、それについては特に問題も無いのですが些細な問題が一つ。」
「なんだ?」
「その後継者が大川辺猫を飼っているようなのです。金糸の紐をつけておりますので総合ギルドの飼育許可は得ており、そこまで心配は必要ないかと。」
「ほお、大川辺猫を飼ってるとは珍しいな。」
「総合ギルドに住居の譲渡手続きをしに来た時に分かりました、飼っている者はトール・ハーラーという四級薬師です。飼育している大川辺猫は全身水色で、目の周りと耳が茶色と変わった色合いをしており……」
それを聞いたドミニクの顔色がサッと変わる。
「……なんだと!?今、何と言った!?」
「トール・ハーラーという四級薬師が…」
「そこじゃない!!大川辺猫の見た目の話だ!!」
急に態度が変わったドミニクに報告を上げた部下も驚いている。
「…ええとですね、その大川辺猫は全身は水色で目の周りと耳が茶色と変わった毛皮を纏っています。瞳は奇麗な緑色です。毛皮が分厚いのかかなり大きく見えると報告書には記載されています。」
それを聞き、腕を組んで考え込むドミニク。
「……間違いない、ご先祖様の残した通りだ。まさか、我が州に再度お越しになるとは…。至急、トール・ハーラーと言う者と大川辺猫を詳しく調べよ!!ただし、悟られぬようにだ!」
「はぁ??」
思わず気の抜けた返事をしてしまう部下に、さらに檄を飛ばすドミニク。
「これは最重要事項だ、至急事に当たれ!!」
「は、はっ!承知いたしました、すぐ手配いたします!」
トールのあずかり知らぬ所で、また何かが動き始めた。
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