第77話 薬屋

翌朝になって宿を出て、エッボンから貰った地図を頼りに薬屋の場所を探す。

町の中央から見て南東の外壁近くにそれらしき建物があった。


「ベーデカ薬局」の看板が出ている平屋で、おそらく薬局の店舗と思われる建造物が道に面した部分に展開されている。造りは石造りで頑丈そうだ。

さらに、その奥側には2階建ての四角い建物が立っている。全体で見ると、いわば四角い長靴のような構造の建物だ。


『トール、ここか?中々良さそうな家ではないか。』


「確かにな。エッボンの爺さんは安く譲ってくれると言っていたが、建物が立派だし結構高そうだぞ。」


ドアを開けると、チリンチリンという鈴の音が響く。

中に入って見渡すと、棚のような物が壁面に設置されていてそれぞれの棚に、瓶に入った薬が置かれている。中々の品ぞろえだ。

部屋の奥にはカウンターのような机が用意されていて、その向こう側に柔和そうなお婆さんが座っている。


「いらっしゃい、どんな薬をお探しですか?あら、大きい猫ちゃんも一緒なのねえ。猫ちゃんの薬はここには置いてないわよ。」


「すみません、薬を買いに来た者ではありません。エッボン・ヴィースバーデさんに紹介されて伺いました。」


「まあ、エッボンさんに?」


「こちら紹介状です、あらためてください。」


エッボンから貰った紹介状をお婆さんに渡すと、中を読み始めた。


「…ふん……ふんふん…、あらまあそういう事だったの。少し待ってて下さる、夫を呼んできますので。」


「はい、分かりました。」


お婆さんはゆっくりと立ち上がり、店舗奥に設置されている扉を開けて奥に入っていった。

敷地の大きさからすると、二階建ての建物の1階に繋がる扉だろう。


そのまましばらく待っていると、お婆さんがこれまた柔和そうな白髪のお爺さんを連れて戻ってきた。


「あんたがエッボンさんに紹介されたって子かい?」


「ええ、そうです。トール・ハーラーと申します。」


「紹介状を読んだが、ここザレで薬屋を営業しようと思っていて、それでウチを紹介されたとあるが間違いないかい?」


「そうです、エッボンさんからは安くで譲ってもらえると伺っています。」


「わしの名前はヨハン・ベーデカじゃ、こっちは妻のヤスミン。

実はのう、見ての通りわしらももう年だから引退したいと考えておったんじゃが、この薬屋を潰すのも忍びなくてな。

店を受け継いでくれそうな人を探しておったんじゃ。」


「ああ、そうだったんですか。」


「流石に調薬の才能が無い者にここを明け渡したくなくてのう。トールさんは自分で調薬出来ると考えてよろしいか?」


「はい、そうです。皇国認定四級薬師の称号も持っています。六級害獣狩人も兼任してますので、戦闘においてもそこそこは行けると思います。」


ヨハンは俺が持っている槍をじっと見ている。


「ふむ…、その槍は相当な業物じゃな。その服も鋼蚕の糸で編んだものだろう?おそらく戦闘についてもそこそこなんて腕前ではなさそうじゃの。若いのに大したもんだ。」


この爺さん、槍の目利きが出来る程度には戦えるのかもしれないな。


「トールさんが自ら調薬した薬は持っているかい?出来れば見せて欲しいんじゃが。」


頭痛薬と胃腸薬は持ち合わせているから、これを見せるか。瓶に入れた薬をカウンターに置く。


「こちらで宜しいですか、私が作った頭痛薬と胃腸薬です。」


「ふむ、拝見しよう…。」


ヨハンはポケットから小さいルーペを取り出し、俺が調薬(と言っても『薬師の加護』でサクッと作っただけだが)した薬を丹念に見ている。さらに、ほんの少しだけ指にとって舐めている。

ペロッ、これは…!?ってやつだろうか、地球にいた時に直で麻薬を舐めるとんでもない眼鏡の小僧がいたのを少し思い出した。


一通り確認し終わると、ヨハンはヤスミンにルーペと薬を渡す。ヤスミンも同様に丹念に薬を見ている。

二人は笑顔で顔を見合わせて頷きあう。そして、瓶を返してきた。


「これはカワラヤナギから作った鎮痛薬と、フクロソウから作った胃腸薬じゃな。

トールさんは四級薬師と言うことだったが…、ここまで品質の高い薬を作れる四級薬師などおらん。義務を避けるためにわざと四級にとどめておるね?」


おおう、ちょっと見ただけで分かるとはこの夫婦も相当レベルが高い薬師みたいだな。お婆ちゃんことヤスミンが続いて話す。


「私の見た限りでは二級薬師級の腕はあるわね、私たちよりも腕は上じゃないかしら。答えてはくれないだろうけどかなり等級が高い『加護回復薬』や『傷病回復薬』も作れるでしょ? エッボンさんの紹介を受けたのも納得したわ。これならねえ、あなた。」


さすがに加護とは思っていないようだが、腕前については完全にバレてるな。


「うむ、そうじゃな。トールさんあなたになら、いやあなたにこそ店を受け継いでもらいたい。これなら安心して引退できるというものじゃ。」


「そう言っていただけると嬉しいです、受け継ぐにあたって何か条件はありますか?」


「何もない、強いて言えば薬屋を可能な限り続けて欲しいという事と、出来ればザレの民が困った時に利用できるように、鎮痛剤や胃腸薬のような一般的な薬はあまり高い値段にはしないようにして欲しいぐらいじゃ。それも強制するつもりもない。」


「その程度であれば。それでこちらの薬屋はお幾らぐらいですか?」


「ふーむ、そうじゃのう…。」


ヨハンとヤスミンが小声で相談している、皇都の手術で貰った金札300枚(約3000万円)に加えて、ヘルヒ・ノルトラエで稼いだ金もあるから

それなりの値段までなら払えるが、どれぐらいになるか…。


「トールさん。この店舗、奥にある二階建ての住居部分、それから周りの庭含めた土地全てでどうじゃろう、金札50枚で。」


金札50枚!?土地付きのそこそこ大きな建物が500万円はどう考えても安いな、というか異常な破格だ。そんな安値で貰って良いんだろうか?


「その値段で売ってくれるなら私としては有り難い限りですが、そんなに安くで良いんですか?普通に買ったらその10倍でも買えないと思いますが。」


「実はエッボンさんには昔かなりお世話になってね、紹介された人が優秀だったらこの値段で譲ろうと前もって妻と決めておったんじゃ。大事に使ってくれると嬉しいのう。」


「そういう事なら、その値段でよろしくお願いします。有難く使わせていただきます。お二人はこのままザレにお住まいになるんですか?」


「いや、老後は温泉地ですごしたいと思っていてね。バードーラン州に移住しようと思っておるんじゃ。実は向こうに家も既に買ってある、後は引っ越しするだけという状態じゃ。」


「そうでしたか。」


ヤスミンは嬉しそうだ。


「そろそろ良い人が来てくれないかしらと話していたから、トールさんが来てくれて嬉しいわ。このまま受け渡しの日程など相談してもよろしいかしら?」


「ええ、勿論です。」


エッボンの案件には色々思うところがあるが、結果としては良かったな。

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