第76話 ザレ到着

四人の溺死体は湖の調整者が小屋から離れたところに捨てておくそうだ、まあ旅人や巡回している衛兵に見つかれば原因不明の溺死体として処理されるだろう。


小屋の中で檻に入れられていた水兎は全て逃がし、湖の調整者も礼を言って去っていった。去る前に夫婦と何やら話をしていたようだが。


もう夜も遅いので、小屋に泊めて貰える事になった。

密猟者が荒らした室内を片付けた後に、晩飯を取りながら話をする。


「おそらくお聞きだと思いますが、人ではなくなってしまった身でお二人は今後どうなされるおつもりですか?」


その疑問にホラーツが答える。


「元々湖の近くで生活し続け、生活物資も定期的に運んでもらっているので遠くへ移動する事もありません。稀に皇都に行くこともありますが精々一泊する程度です。

一度は死んだ身、調整者様に繋いで頂いた命の限りはこのまま元の保護官を続けようと思っています。」


アーダが心配そうな顔をしている。


「私たちは良いのですが、カールがどうなったのかだけが気になります…。トールさんは息子がどうなったか御存知ではないですか?」


「そう言えば、ここから少し行った所にある町に昨日泊まったのですが、今朝家族が襲われたと駆け込んできた少年がいたという話は聞きましたね。」


「多分カールだわ……!?助かったのね、良かった…!!」


「トールさん、教えていただきありがとうございます。明日の朝にでも迎えに行くようにします!」



一晩泊まって、早朝軽く挨拶をしてから小屋を発った。ミズーに乗って移動している最中に話しかける。


「あの一家はこれからどうなるだろうな。」


『どうもなるまい、短期間おそらくヒトの時間で数日程度であれば湖から離れても生き永らえるはずではあるが、長期に渡ると奴らの命を繋いでいる湖の調整者の力が途絶える故、そのまま死ぬ。力が届く湖の近くに住んでさえおれば、人としての寿命は通常の人とさして変わらぬだろう。おそらくヒトで言う所の数十年と言ったところだ。』


「ふーん、湖の近くにいさえすれば今まで通り生活できるというわけか。まあ、俺の『加護』で作った薬でも治す事も出来ないし、なるようにしかならないか。」


『うむ。』



そのまま移動を続ける、一昨日泊まった町に再度立ち寄り、ザレへの道を聞く。

ミズーに乗って川を渡る事を考えていたが、ネッカールン川には橋がかかっていて、ザレ近くに続いているようだ。


それからは順調に旅程が進み、湖を越えネッカールン川沿いに東へ進んでいく。

進んでいくと、大きな橋が見えた。


「この川には川辺猫は住んでいないんだな。」


『あれは西の川に住む特有の生物だ、川の調整者の波長が奴らにとって心地よいというのもある。』


「水兎みたいな生物って事か?」


『否。川辺猫、大川辺猫はただの獣だ。たまたまあの川との相性が良いだけだ。』


「ふうん、そういう事もあるのか。」


『故に、川辺猫は他の土地でも飼う事が出来るというわけだ。』


橋を渡り切ると、遠くに大きな町が見える、あれがおそらくザレだろう。

しかしザレを目標地と決めて、ヘルヒ・ノルトラエから旅立っておおよそ2か月ぐらいか?思ったよりも時間がかかってしまったが、やっと着いたな。


町に近づくにつれて全容が見えてくる、ここも皇都と同じく高い塀で囲われていて、その奥にはそこそこ高い建物が見える。

門には衛兵が立っているが、検問は行っていないようだ。

ミズーに乗った俺、彼らからすると大川辺猫に乗って移動している俺を見て驚いているようだが、前足に付いている金糸に気付いたのか何も言ってくる気配はない。


町からすると西の門からミズーに乗ったまま町へ入ると、中央に向かって太い道が続いている。皇都と同様な感じで道はしっかりと舗装され、街灯も設置されている。


町の賑わいは皇都に負けずとも劣らない感じで、皇都と同じぐらいの生活水準は有りそうだ。屋台で焼き鳥のような物が売っていたのでそれを買うついでに、世間話をした。


「実は皇都からここに住もうと訪れまして、今日着いたんですよ。」


気の良さそうなオヤジが笑顔で答える。


「なんだ、お客さんそうだったのか。ようこそ、ザレへ!ここは皇都に負けず劣らず良い町だぜ、皇都ベルンに対して東都ザレなんて呼ばれてるぐらいだ。ヴァンド湖のおかげで奇麗な水が豊富だから水道もしっかり整備されてるしな。」


「ええ、そう聞いています。治められている貴族様の治政も良いとか?」


「ああ、ドミニク様か。他の州に比べて税も緩めだし、道やら街やら周辺地域やらの整備・警邏にも力を入れてて良い領主様だ。」


「それを聞くと住むのに良さそうですね。」


「そりゃ間違いないよ、ここに住んでる俺が言うんだから間違いねえ!

お客さん立派な槍を持ってるって事は狩人なんだろ?南に少し行ったところに大きくて深い豊かな森があるのもあって、総合ギルドの仕事は皇都よりも断然多いし、稼ぐのにも向いてるぞ。」


「なるほど。ところで、今日の所は宿に泊まりたいのですが、おすすめの宿ってありますか?」


「ああ、それなら俺のおすすめは何といっても………」


ザレに到着して一泊、明日はエッボンから貰った紹介状の薬屋を訪ねよう。

いよいよ俺のスローライフが幕を開けるのだ!



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



トールがザレに到着してから数日後、とある屋敷に大きな声が響く。


「なにい、失敗したじゃとお!!」


声の主はアヒレスその人で、ヘルネン州のとある町で税務関係業務を担っている八級貴族だ。


「…申し訳ございません、旦那様。溺死体として発見され、主だった外傷もないので事故として片付けられましたが、おそらくは何らかの輩に殺されたのかと…。」


ワインがなみなみと入ったグラスを片手にわなわな震えるアヒレス、そのグラスを執事に向かって投げつける。


「お前が、奴らの腕は確かじゃと言うたんじゃろおがああ!!!」


「…申し訳ございません。ただ、奴らを外傷も無しに片付けるとなると、最低でも上位の三級狩人程度の腕が無いと無理かと存じます。」


それを聞いて、ハッとした顔をするアヒレス。


「ま、まさか儂らの事が漏れとりゃせんだろうな…。そんな強者に乗り込まれたら屋敷の警備兵など役にも立たんぞ!」


「可能性としては否定できません。念のため、屋敷の警備を強化する手はずを整えます。」


「はよおせえ!!水兎の密猟なんぞでとばっちりを食らっちゃたまらんわい!」


礼をして、部屋の外に出る執事。外に出てしばらく歩いたところで、不審な影に気付く。


「!?何者っ、ウッ!!」


口をとてつもなく強い力で抑えつけられ、声を上げられなくなった執事。その目は恐怖におののいている。



ボ………ゴボ………、ウッ……ボ……ゴボ………


執事が外に出て、間もなく部屋の外から妙な音が聞こえる事にアヒレスは気付いた。


「(ギードの奴、何をぐだぐだやっておるのだ!)」


アヒレスは怒りでドスドスと足音を立てながらドアに近づき、勢いよく開いた。


「ギードォ!!!部屋の外で何をやっておるか!!さっさと警備の強化に動かんか!!」


だが、何の返事もない。辺りを見回すと、廊下の端でギードがうつ伏せに倒れているのが見える。近づいて確認すると、体中水浸しで口から水を吐いていた。

目はうつろで微動だにせず、素人目に見ても死んでるようにしか見えない。


「ヒッ!!」


アヒレスは飛びのき、尻もちをついた。太り切った体とは思えぬ俊敏さで慌てて自室に逃げ込み、ドアに鍵をかける。引き出しに入れておいた護身用の短刀を取り出してから一息ついて椅子に座り、先ほどの言葉を思い出す。


「…そう言えばギードの奴が、密猟に向かわせた連中は溺死体で見つかったと言っていたが、まさか……。ドアをこじ開けられでもしたらワシの命も危うい、とりあえず窓から応援を呼ぶしかないか。」


そう言った瞬間、アヒレスは後ろから口を強い力で塞がれてしまった。


「ま゛…ま゛ざが…………!?」


賊はギードを殺した一人じゃなかったのか、アヒレスがそう思った頃にはもう遅く、部屋からゴボゴボゴボゴボという無機質な音が響いた。



アヒレスの屋敷に務めるメイドからの通報で来た衛兵の二人が、現場を調べながら雑談している。


「しかし、なんだってアヒレス様と筆頭執事は陸の上で溺死したんでしょうか先輩?」


「さあなあ?周りにそれらしき凶器も無かったから犯人が『水の加護』使いだとしても、ここまで鮮やかに溺死させるには相当な実力者じゃないと無理だろう。そんな輩がこの州にいるという話は聞いた事がないが。」


「特に証拠らしい証拠も見つかりませんし、このまま迷宮入りですかね?」


「かもしれないな、元々アヒレス様は水兎の密猟をやってるともっぱらの噂で評判も良くなかったしな、貴族とは言え地方のいち税務官の捜査にそんなに力が入れられるかどうか…。」


「水兎の密猟と言えば、同期からヴァンド湖の方でも密猟者の溺死体が上がったと聞きました。」


「密猟に関わった不届き者を湖の神様が成敗して回っているのかもしれない、な~んてな。」


「ハハハ、先輩なかなか面白い事を言いますね。」



それからというもの、ヴァンド湖では陸に打ち上げられた不可解な溺死体が時々見つかる事となる。溺死体は装備などからどれも悪質な密猟者、その上別の犯罪履歴があるような札付きの悪党ばかりで、人々の間で湖の神様の怒りを買ったのだとすぐに噂が広まった。

実際に実害が出ているのもあって、ヴァンド湖の水兎密猟者は激減する事となり、特にザレの住民からは歓迎の声も少なくなかった。

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