第75話 密猟者

湖の近くに建てられた小屋の中で、4人組の男が酒盛りをしている。密猟者達は腕に相当自信があるのか大胆にも保護官の小屋に留まっていたのだ。外は既に暗くなっていて、臨時休業の立て札が立てられている。


「しかし、これで金札300枚(約3000万円)とは美味い仕事だな。雑魚を殺して、こんなよく分からねえ生き物を取ってくるだけでよお。」


そう言いながら、ぎゅうぎゅうに押し込まれた水兎でいっぱいの檻を足でガンと蹴る。水兎は怯え震えながらピーピーと鳴いている。


「金持ちってのは無駄に金を使うもんだ、だから俺らが潤う。」


「しかし、ジーモン。水兎は10体って約束じゃなかったか?こんな大量に持ち帰ってどうするんだ。」


「馬鹿かテメエは、他の金持ち相手に捌くに決まってんだろ。元々の依頼者も多いなら多いで追加報酬があるかもしれねえからな。」


「流石ジーモンがめついな、まあ俺としても報酬が増える分には大歓迎だぜ。」


「この後、この辺りの水兎を馬車に乗る限り根こそぎかっさらってからずらかるぞ。これでしばらくは働かないでも大丈夫だな。」


「おう!」

「任せとけ!」

「俺は皇都でのんびり過ごすぜ!」


小屋の中には笑い声が響いている。そうしていると外のドアをノックする音が聞こえる。


「誰だ!今日はもう店じまいだ、けえんな!!」


ジーモンと呼ばれた男が、乱暴に答える。


「すみません、こちらに来れば密猟者の方がいらっしゃると聞いて伺ったのですが?」


その言葉を聞くや否や、四人が各々の武器を手に取って一気に臨戦態勢を取る。


「……てめえ、ナニモンだ。」


「貴方たちが殺した保護官の知り合いですよ、大人しく出てきてもらえませんか?」


ジーモンは、何故こんなに早くバレたのかと驚いた。昨晩遅くに殺した二人の死体は湖に投げ捨て、今頃は魚の餌になってるはずだ。二人の息の根を止めたのは確認したが、家を確認するとガキがいた形跡があった。もしかして、そいつが通報しやがったか?


「(欲をかかずに、とっとと退散するべきだったか。)」


小声で男たちが相談をする。


「(ジーモン、どうする?このままやり過ごすのは難しそうだぞ。)」


「(相手が何人かにもよるな、衛兵の十人や二十人程度なら片付けられるだろ。だがそうなると、ほとぼりが冷めるまで遠くまで逃げなきゃならねえがな)」


「(しかし、なんでこんなに早く気付かれたんだ?)」


「(逃がしたガキかもしれねえ。気付いた奴らは皆殺しにするしかねえな。一斉に飛び出すぞ。)」


四人は頷きあい、ドアにじりじりと近づいて、ジーモンを先頭にして一斉にドアの外に飛び出す。

ドアの外には、彼らが殺したはずの夫婦、狩人と思しき若い黒髪の男性、大川辺猫、白くぼやけたようなよく分からない存在がいた。

それを見たジーモンは少し考える。


「(何で二人が生きているのかも分からねえし、おまけによく分からねえのもいるが、これぐらいなら切り抜けられるか。)なんだ、てめえら?またこのジーモン様に殺されに来たのか?」


「おいおいあれで死んでいなかったのか?しかしまた殺されに来るとは物好きだなあてめらも!!」


四人組が大声で笑いだすが、誰も反応しない。トールが湖の調整者に問いかける。


「湖の調整者、ここからどうするんだ?」


『先にも言ったが使徒に何かをして貰う必要はない、あとは見ていてくれるだけで良い。』


顔色が悪く、うつろな表情のホラーツがおもむろに少しずつ密猟者の方へ歩いて近づいていく。


「なんだぁ?そんなに死にてえなら今度は真っ二つにしてやるよ!!オラッ!!!」


密猟者の一人が両手で握った剣を上段から振り下ろした。しかし、ホラーツはそれを左手で難なく受け止め刀身を握りしめる。


「はっ…?な、なんだこの力は。剣が動かねえ…。」


両手で必死に剣を動かそうとしているが、ビクともしない。そうしている内に、ホラーツが右の手のひらを密猟者の口にあてがう。

あてがうと同時に手のひらから大量の水が噴き出した。


「ガボボボボッ!!ゴボボボッ!!」


密猟者は剣から手を離し、必死で手のひらを口から引き剥がそうとしているがまったく動かない。さらには足で体を蹴り続けるが全く効いているように見えない。


「ゴボボッ!!だずっだずげ、ガボボボッ!!」


水の勢いは全く衰えず、密猟者の口に注ぎ込まれ続ける。やがて、密猟者が全く動かくなった、ホラーツが動かくなった密猟者を投げ捨てる。ミズーが感心したように声を上げる。


『ほほお、中々大した物だな。』


『お褒めにあずかり光栄です、トゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様。こうすれば溺死体に偽装も出来ますのでヒトの世の都合もよろしいかと存じます。』


残った密猟者たちの顔が青くなっている。まあ、これを見せられちゃビビっちゃうよなあ。ジーモンと名乗った男が震え声で叫ぶ。


「な、な、なんなんだてめえは!!何しやがったああ!!!」


密猟者の二人が、ホラーツとアーダに向かって武器をかかげて襲い掛かる。


「く、くたばりやがれっ!!!」

「俺はアイツみたいにはやられねえぞ、オラァ!!」


一人はホラーツに向かって槍で突進しながら突きを放ち、もう一人がアーダに向かっては巨大な両手剣を振り下ろす。

だが、ホラーツはそれを避け槍を握り、アーダは右手でそれをいともたやすく受け止めた。そして、二人とも先ほどと同様にもう片方の手のひらを密猟者の口に当てる。


「やっ、やめろおおお!!」

「ヒィィ!!」


密猟者の叫び声と共に、口に大量の水が注ぎこまれる。


「ゲボボボボボッ…。」

「ガボッ、だずガボボッ!!」


必死で抵抗していたが、やがて二人も動かくなった。残ったジーモンと名乗った男が逃げだしたので、マテンニールを目の前に撒く。


「があっ、目が痛え!!くそっ、なんだこれは!!」


突然目が見えなくなったジーモンが暴れている。


『使徒よ、余計な手間を取らせてすまない。』


「この程度なら気にしなくて良い、さっさと片付けよう。」


メドゥガー夫婦が残った男に近づいていく、それを察したのか必死に懇願する男。


「たっ、助けてくれえ!!俺たちは依頼されただけだ、もう密猟は絶対にしねえ!!おっお前たちも生きていたならもう良いじゃねえか!?なあ、頼む助けてくれ!!」


「誰に依頼されてこんな事をしたんだ?」


「………。」


俺の質問にダンマリのジーモン。それを見たホラーツが、ジーモンの口に右手を当て大量の水を注ぎこむ。


「ガボボボ、ガボボボボッ!!!」


「……。」


ホラーツは無言で水を注ぎこみ続ける。


「ガボッ!!言う゛、言う゛がらだずげでぐれ、ガボボッ!?」


一旦水が注ぎこまれるのが止まった。


「ゴボッ、ゴホゴホッ!!!はぁ…はぁ……、ヘルネン州のアヒレスって貴族の執事から依頼されたんだ、多分金持ちの道楽って奴だ…。お前ら夫婦もついでに殺せと命令された、前に密猟を邪魔された恨みだとかで……。」


それを聞いた湖の調整者が、考え込むようなしぐさをした後に俺の方に向いた。


『ふむ…、使徒よ。今後の事について尋ねたい、そういう貴族や密猟者を今後は積極的に処分するべきだと思わないか?』


俺はザレに住む予定だから、水兎が減ると水質が悪くなるので個人としてもその手の輩は処分してもらった方が助かるか。


「思うか思わないかなら、思う。それに、そういうろくでもない奴らが消えて困る奴もいないだろう。」


『助かる、では今後はそれをする事としよう。』


ジーモンが目が見えないのか、あらぬ方向を向いて恐る恐る聞いてくる。


「…なあ、俺は聞かれた事に答えた。心の底から反省したし、密猟ももう二度とやらねえ。助けてくれるよな?」


「喋ったら助けると言った記憶は無いし、そもそもお前のような悪人を何故助ける必要があるんだ?反省など本当にしてようがしてまいが知った事ではない。」


「そ、そんな!?嘘だろ!?」


その後、ジーモンがどうなったかは言うまでもない。

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