第73話 ヴァンド湖の調整者
町の宿に泊まった翌日の朝、チェックアウトの手続きをしている時、宿の主が話しかけてきた。
「お客さん、昨日の夜遅くに家族が襲われたって年端もいかない子供が町に駆け込んできまして。朝から衛兵やら町の責任者やらがその対応で大変らしくてね。」
「へえ、そんな事が?」
「この辺りは、保護官がいるんであまりそういう事は聞かねえんですがね。どうも、物騒みたいなのでこの先に進むにしても気を付けた方が良いですぜ。」
「ご親切にどうも、それではお世話になりました。」
宿の外に出ると、確かに町が少し騒がしいようだ。町の外へ歩いていくと、先に打ち合わせしておいた場所にミズーがお座りして待っていた。
『何やら町が騒がしいようだが、何かあったのか?』
「湖の近くで襲われた家族がいたらしくて、子供が町まで逃げ込んできたとか。」
『ふうむ、盗賊か密猟者か?』
「かもしれないな、まあ俺たちには関係ない話だ、行こう。」
ミズーに乗って、昨日島が見えた湖岸へと向かう。湖岸近くまで来て、ミズーが湖面に向かって足を伸ばす。
『では、島に向かって進むぞ。』
ミズーはそう言うと、湖に向かって歩き出す。ドボンと落ちたりしないかと少しドキドキしていたが、難なく水の上に立って、全く沈むことなくそのまま走り出した。
「は~聞いてはいたが、あらためて水の上を走れるのは凄い。」
『造作もない事よ、トールは我を侮り過ぎなのではないか?』
まあ確かに、よくよく考えるとミズーは神にも等しい存在だからな。そのまま水の上を突き進む。
程なくして島に着いた。島には背の高い草が生い茂っていて、何かがいそうな雰囲気はない。
「島が草だらけだが、ヴァンド湖の調整者とやらは本当にここに住んでいるのか?」
『うむ、間違いない。』
そう言うと、ミズーが非常に高い音のような声を上げだした。
前に家に棲みついていた幽霊を除霊する時に見せた圧がある音だ、と言っても悪意のある感じはしない。
しばらく音を出し続けると、生い茂った草が左右に分かれ道が出来た。
さらに、道の奥には地下へ続く階段のような物が見える。
『我の呼びかけに答えたか、そこの地下にこの湖の調整者がいる。進むぞ、トール。』
島に上陸してから、ミズーの上から降りて横を歩く。
地下へ続く階段を下りていくと、しばらくして広い空間に突き当たった。
その空間は文字通り何も置かれておらず、ただだだっ広い空間という感じだ。
奥の方に白っぽい何かがいるのが見える。
はっきりとはしないが、白くぼやけたシルエットのような存在で体形からすると女性だろうか?
湖の調整者らしきその存在が跪くようなしぐさを見せた後、語り掛けてきた。
『トゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様、よくぞおいで下さいました。』
『礼は不要だ、湖の調整は抜かりないか?』
『はい、もちろんです。……そちらのヒトの子は?』
『祖の命に従って、我と契約したヒトだ。』
『なんと!トゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様と契約できるとは何たる幸運なヒトか!つまりは使徒という事ですね、承知いたしました。』
俺ってミズーの使徒なのか?しかし、ミズー本来のめちゃくちゃ長い名前をよく噛まずに言えるもんだな。
『そう言えば水兎の密猟の話を耳にしたが、特に問題はなさそうか?』
『支障が出る程ではございません、ただそれなりの数が出ているのも事実でございます。我々は祖の命ゆえにヒトに直接手を下せません。
この国を治めるヒトが保護のためにヒトを寄越してはいるようですが。』
『左様か、では結構。』
「ミズー、用事は終わったのか?」
『うむ。』
湖の調整者が首をかしげるような仕草を見せる。
『ミズーとは???』
「ああ、それについては気にしないでくれると助かる。じゃ、俺たちはこれで。」
俺とミズーがこの空間から去ろうとしていたその時だった。
階段の方からピーピーという鳴き声のような声が聞こえてきた。
「この音はなんだ?」
音に驚いていると、階段の方から水兎が数匹跳ねて慌てたような仕草でこちらに向かってくる。
そして一直線に湖の調整者の前に向かい、その前で一斉にピーピー鳴いている。
地球の兎ってピーピー鳴くんだっけ?
『……なんと、それは本当か!?』
「ミズー、そこの水兎は何て言ってるんだ?」
『うむ、どうやら昨晩に水兎が4人のヒトによってかなりの数連れ去られたようだな。』
『トゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様のおっしゃる通りです、おそらくヒトの密猟者でしょう。
止めようとした二人のヒトが殺され、数十匹の水兎が連れ去られてしまったようです…。』
「二人のヒトが殺された?」
『水兎が言うには、殺されたのは水辺の家に住んでいる三人のうちの二人らしい。夜中に水兎を連れ去ろうとした輩を止めようとして殺されたらしい。殺された後に湖に捨てられたから、それも持ってきたようだ。』
…もしかして昨日会った3人組の親子だろうか?
五級の害獣狩人兼護衛者でそこそこ腕が立つとか言ってたが、殺されてしまったのか。階段を上がっていくと、外にもピーピー鳴いている水兎が何体かいた。
持ってきたと言っていたが、確かに岸に二人の死体があった。…服装や背格好からして昨日会った二人だな。しかし水兎たちは死体を何故ここまで持ってきたんだろう?
湖の調整者が何やら水兎と話したのち、こちらに振り返り片膝をついた。
『トゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥ様とその使徒よ。どうか手助け願えませんか?』
ええ…、そうきたか~。
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