第72話 北北東に猫と行け
「私はホラーツ・メドゥガーと申します、ここで妻アーダと共に保護官をやっています。」
妻と呼ばれた女性が軽く会釈する。男はさらに言葉を続ける。
「このヴァンド湖はアーヘン州の農業・経済・生活にとって非常に大事な湖です、つまりは皇国にとっても非常に大事な湖。
その清浄さは水兎と呼ばれる皇国指定保護獣である獣によって維持されています。なので、特に水兎が多く棲んでいるこの辺り一帯が保護区に指定されているわけです。我々二人がこの保護区の保護官として皇国から任命されております。」
「なるほど、こういう施設が作られているという事は同時に観光資源としても利用されている感じですか?」
「ええ、そうなんです。ですが、時には水兎の密猟者が来る事があります、見回ったりしてその手の輩を捕縛するのも我々の仕事です。こういう施設がこの保護区に何箇所か建てられていまして、それぞれに保護官がいて同様の仕事をしています。」
そんな中で、子供が得意そうな顔をして俺に言う。
「へへ、父ちゃんと母ちゃんは五級害獣狩人と五級護衛者なんだ!今までにも密猟者を何人も捕まえてるんだ!」
「へえ、それは凄いですね。ところで、君の名前は?」
「オイラ?オイラはカールって言うんだ!兄ちゃんも、父ちゃんや母ちゃんみたいに強くなれると良いな!」
「精進するようにしますよ、カール君。」
「すみません、この子が失礼な事を言ってしまって…。」
そう言いながらも、アーダとメドゥガーのカールを見る目は優し気だ。
「いえいえ大丈夫ですよ、それでは私はそろそろ。」
「ああ、引き留めてしまってすみません。水兎に興味をお持ちであれば、またお立ち寄りください。」
3人に別れを告げ、ミズーに乗って進んでいく。走りながらミズーが独り言のように呟く。
『水兎を密漁する愚か者がいようとはな。』
「水兎ってのは他の池とかに離しても同様の効果が出たりするのか?」
『短期間であれば。普通の生物と調整者の相の子と申した通りで、半分はこの湖の調整者の力で存在しておる生物だ。
つまりこの湖から離れるとやがては消えてしまうのだ。』
「金持ちだったらすぐ消えるから次、次、とどんどん密漁するような奴がいるのかもな。」
『そのような者がおるとすれば、度し難い愚か者よ。』
公園施設を過ぎ、さらにヴァンド湖を北周りで東へ進んでいく。細いながら道が整備されていて進むスピードも速い。
夕方付近になって、とある場所でミズーが止まった。
「どうしたミズー?」
『トールよ、あの島が見えるか?』
俺を乗せたままでミズーが前足で指した方向をよく見ると、結構遠くに小さい島のような物が見える。
「随分距離があるようだが、あの島が寄りたいと言っていた所か?」
『然り』
「この辺は、船着き場も無いしどうやってあそこまで渡るか……。」
『我は水の調整者ぞ、水の上を歩けないとでも思うたか?』
「はー、流石は調整者様だな。しかし、そろそろ夜になるから明日の朝出直した方が良いんじゃないか?」
『ふむ…。』
「さっきすれ違った人に、もう少し行った所に小さな町があると聞けたし、今晩はそこに泊まらないか?向かうにしても、明日の朝一番で良いだろ。」
『良かろう、では町とやらに向かおう。』
言うと同時にミズーが走り出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トールがメドゥガー一家と会う数日前…
大をした後に自分でお尻を拭くのも大変そうなぐらい太った男が、見るからに座り心地が良さそうな数人掛けのソファの真ん中に腰かけながら食事をしている。頭の上方がきれいな円形状に禿げ上がっていて、顔は脂でテカテカだ。服は銀色にピカピカ光る豪奢で趣味が悪いガウンで、それをだらしなく着崩している。
「まあたうちの池にいる水兎が消えてしまったのお。可愛がってやってると言うのに、どんなエサも食わんし、アレは時間が経つと何故消えるのやら。」
傍に仕える執事風の男が答える。
「左様でございますな。」
太った男は骨付き肉のような物を下品に食いちぎって、クッチャクッチャと下品に咀嚼しながらさらに言う。
「また10匹ぐらい欲しいのお。」
「手配いたしますか?」
グラスに注がれたワインを一気に飲み干し、長いゲップをしながら執事をじっとりとした目で見つめる。
「前に使った連中はメドゥガーとかいう保護官に捕まってしまって使えなかったのお。…次は大丈夫なのか?」
空になったグラスに、執事がすかさずワインを注ぎ足す。
「実力は十分ですが、素行の悪さで三級になれなかった腕利きの四級賞金首狩人なら心当たりがあります。」
「ほほお、それは中々使えそうじゃの。口は堅いのか?」
「何より金を重視する連中でございます。十分な量を渡せば確かかと。」
「ほおほお、腕が確かなら水兎のついでについでにメドゥガーも葬らせたらさらに気分が良くなりそうじゃのお。」
「合わせて手配いたしますか?」
「諸々お前に任せる、分かっているだろうがくれぐれもわしに繋がらんようにせえよ。」
「承知いたしました。」
執事は深々と礼をして部屋を出ていった。
執事は一人思う、あいつらは依頼者から直でのみ依頼を受ける。つまり仲介人を通して依頼が出来ない。だから、こっちに繋がる可能性を否定できないが、相当な強者だ。その心配をする必要は無いだろう、と。
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