第71話 保護区
少々の騒動はあったが、皇都ベルンを出て順調に東へと進んでいく。
馬車で数日かかるかと思っていた、皇国管理区域からヘルネン州に入るまでも二日で経由し、ヘルヒ・ノルトラエから皇都までの旅程を考えると圧倒的スピードで東へ向かっている。
ヘルネン州に入った。ジーゲー州・レムシャント州と同様で、ここも農業が盛んな州だ。旅をするついでに醤油が無いか一縷の望みをかけて聞いてみたり探してみたりしているが、やはりそれっぽいものが全くない。
この感じだと、最終目的地であるアーヘン州は東側が海に面しているので、そこで魚醤が作られている可能性があるぐらいだろう。
ジーゲー州、レムシャント州、皇国管理区域で厄介な討伐依頼などに巻き込まれていたのが嘘のように順調に進む。良いね良いね、このままこれが続くと良いね。
もうすぐアーヘン州という所で、ヴァンド湖と呼ばれる大きな湖が見えてきた。
この湖から大きな川が東の海に向かって流れており、この川のおかげで目的地であるザレの上下水道が非常に良く整備されているらしい。
今晩はヴァンド湖前の町、クローノハに宿泊予定だ。例にもよって、一人でチェックインして、霧化したミズーが後から滑り込む方法で宿泊だ。
外で買ってきた食事をミズーとともに部屋で食べて、一息つく。
「そう言えば、霧化してもお前の腕に付けた金糸の紐は通らないと思うんだが、どうしてるんだ?」
ミズーの前足を見ると、しっかり結ばれている。
『ああ、あの煩わしい紐か。あれならとっくに外して、お主の鞄に押し込んでおいた。』
「なんだって?でも前足には結ばれているじゃないか。」
『これは我の毛を変形させてそれっぽく見せているだけだ。』
そう言うと、紐を消したり出したりして見せるミズー。流石は調整者と言うべきか、うーむ器用な奴だ。
『そんな些事よりもだ。トールよ、この湖で少々寄りたい場所があるのだが構わぬか?』
「別に構わないが、何か用事があるのか?」
『うむ、この湖の調整者に会うてやろうと思ってな。』
「場所場所で調整者がいるんだっけ、この湖の調整者とはどういう関係なんだ?」
『我からするとだいぶ下級の存在にあたる。』
「ミズーが管理監督職みたいなもんか?」
『かんりかんとくしょく、というのが具体的に何を指すのか分からぬが、湖や海や川などの世界各地にいる水や液体に関わる調整者を統べるのが我だ。』
「近くに寄ったから様子を見てやる、みたいな感じか?」
『然り。特に何をするという訳でもない。』
「ちなみに、どこらへんの場所なんだ?」
『湖の北の方にある小島だ、故に北回りで湖を進みたい。』
「そういう事か、分かった。」
『近くまで来たらまたお主に相談する。』
会うだけなら大した事もないだろう、…多分。
ただ、目指しているザレは湖から東に向かって流れているネッカールン川の南側に位置しているから北周りで向かうと川を渡る手段が必要になる。
橋がかかっていたり、船が出ていると良いのだが…。まあ、ミズーもいるしどうとでもなるだろう。
翌日もミズーの背中に乗って、湖を北回りに進んでいく。
湖周りには街道が敷設されている、その街道に沿って進んでいくと、人が集まっている場所にぶつかった。ここはなんだろう?
木造の少し大きな二階建ての小屋のような建物に、広いウッドデッキらしき物が設置されている。
ウッドデッキは湖に面するように設置されていて、その奥の方に3人の親子らしき人がいるのが見える。
その中の父親と思しき人間が大声で説明を始めた。
「みなさん、お静かに。今からご説明いたします。ご覧ください、あちらに見えるのが水兎と呼ばれる生物で、皇国指定保護獣に指定されています。」
集まった人たちは、それを見て口々に感嘆している。
「おお~、あれが!」
「きゃ~、可愛い!」
あちらと指示した方向を見ると、少し離れた湖の水辺に、水色の体毛をした兎のような生物が数体いた。数体で体を寄せ合っている。
「水兎は特殊な性質を持っています、水兎が水に漬かっているだけで水質が改善するのです。水の汚染物質を体内に少しずつ取り込み、体内で完全に浄化すると言われています。それゆえに、このヴァンド湖は清浄なのです。」
水兎とやらの体はイオン交換樹脂で出来ているのか?疑問に思っていると、ミズーがピタッとくっついて小声で話しかけてきた。
『お主らが水兎と呼ぶ生物、あれは調整者の眷属だ。』
「なるほど、それで水質を改善する特殊な性質を持っているのか。」
『湖の清浄さを維持するために湖の調整者が作り出したものでな、普通の生物と調整者の相の子のような存在だ。』
普通の兎をベースに、調整者の力を注ぎこんで作ったような感じだろうか?考えていると、3人の親子の子供らしき少年が、父親の説明が終わってすかさずアピールをし始めた。
「みなさ~ん、そんな可愛い水兎の小物があちらの小屋で販売しております!良かったら見て行ってください!」
集まった客は温かい目でそれを見つめ、そんなに言うなら見に行ってみるかと小屋の方にぞろぞろと歩いて行った。小屋には売店専門のスタッフがいるのだろうか、説明していた親子はウッドデッキに留まっている。
残された俺とミズー。先ほど説明をしていた男が俺たちに話しかけてくる。
「大川辺猫を飼われているなんて珍しいですね。」
「ええまあ、懐かれてしまいまして。こちらはどういった施設なのでしょうか?」
「あれっ?それをご存じでこちらに来られたのではないのですか?」
「実はザレに向かう旅の途中で寄っただけなんですよ。」
「ああ、そうなんですか。ここはヴァンド湖自然保護区の、公園施設です。水兎を保護するための保護区なんですよ。」
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