第65話 トール式手術

この世界には「傷病回復薬」と呼ばれる便利な薬がある、炎症や外傷を短時間で治してしまうトンデモ薬だ。

ランクが高くなればなるほど効果や即効性が高くなる。


皇国でのランク分けで言うと、七級程度だと地球で売られているアラントインやグリチルリチン酸2Kが配合されているような傷薬と大差がない。だが四級ぐらいからは実用性がぐっと高くなる。

ただし値段も相応に高くなる、四級だと数十ミリリットルでおおよそ金札数枚程度の価格になる、つまりは日本円で数十万円単位だ。

傷や炎症の重さに応じて、振りかける量はもちろん増えていく。


三級になると価値が跳ね上がって数千万円前後、二級になると最低でも数億円はくだらない価格になる。価格もそうだが、「二級傷病回復薬」を作れる人間がそもそも皇国ですら少ない。その上で安定かつ精度良く作れる人間はほとんどいないらしい。つまり二級以上の「傷病回復薬」はほぼ出回る事が無い。一級になると国宝レベルでそもそも作れる人が皆無だ。


さらに、「傷病回復薬」は保管しておくと時間経過と共に効力が落ちる事が知られている。つまりは後生大事に保管した所で、その内効果がなくなってしまうのだ。これはイリクサ草から抽出したであろう、おそらく神力を主とした成分が徐々に抜け落ちていくからかもしれない。


だが、俺は『薬師の加護』で一級だろうが二級だろうが元になる植物イリクサ草さえあれば簡単に調合できる。


これを手術に利用できないかと前々から考えていたのだ。要は内臓であろうと、開腹してランクの高い「傷病回復薬」を患部に直接かければ治るんじゃないかと。

その上、俺にはこの世の水(液体も)を自由に調整出来るミズーという存在がいる。素人考えながら、手順としてはこうだ。


まずは麻酔だ、これにはジエチルエーテルを使う。


先日試していた、発酵エタノールの製造には成功し『薬師の加護』で、とうもろこし(のような植物)等から直接調合できるようになった。

次はジエチルエーテルだ、とマーケットを探していたら薬品屋に硫酸と思しき物が売っていたのだ。


ここでミズーが活躍してくれた、ミズーに容器に入った硫酸の温度を上げて貰いそこにエタノールを滴下した。

その後、エタノールを持って『薬師の加護』を使ったら、やや甘い香りがする液体が出来た。おそらく、無事ジエチルエーテルを調合する事が出来るようになったのだろう。


ジエチルエーテルを使っての麻酔法は、ガーゼマスクのような物を付けさせ、そこにジエチルエーテルを少しずつ滴下する方法だ。

なお、この知識のソースは漫画なのでどれぐらいの量をどの程度の速度で滴下するのか、麻酔が効くまでの導入時間等、ほとんどよく分からない。

ジエチルエーテルが角膜を傷めるから眼を何かで保護して術後はよく洗えと書かれていた気がする。


そして麻酔が効いたら、切開する。切開すると当然血が流れるが、血液は確か8割9割が水で構成されているはずなので、切開時の出血は水の調整者たるミズーになら止める事が出来るのではないかと考えている。それなら出血量の確認や輸血の必要がない。ミズーに相談してみると、その程度造作もないと答えてくれたのでおそらく思った通りに行くだろう。


そして、予め鍛冶屋で作ってもらっておいた、片方の先が漏斗状になっている銅で出来た細長い筒の出番だ。

この筒を切開場所から患部付近にまで差し込み、二級以上の高ランク「傷病回復薬」を流し込む。

この道具を使うのは、切開場所から直接流しいれると先に切開場所が治ってしまう可能性があり、そうなると都合が悪いからだ。


「傷病回復薬」を一定量流し込んだら、最後に筒を抜いて、筒を通した場所付近と切開場所に同じく高ランクの「傷病回復薬」を使って修復する、これで終わり。

これなら輸血も要らないし、作業もごく短時間だし、内臓疾患も何とかならないかと思っている。


術中の菌感染は気になるが、大規模討伐などで「傷病回復薬」を使用後に破傷風のような症状が出たという話を今までに聞いた事がないので、「傷病回復薬」には抗菌的作用も期待できると考えている。アオカビからペニシリンを精製しておけば良かったかもしれない、もちろん精製する方法は江戸時代にタイムスリップした医師の漫画でしか知らないので出来るか分からないが。


ちなみにシュナイダーの術式でも、四級ぐらいの「傷病回復薬」を使っているのは見た事がある。最後に傷口を縫合する際に振りかけるのだ。

内臓の患部には使わないのか聞いてみると、内臓疾患については四級程度の「傷病回復薬」を使った所でほぼ効かない、三級以上は価格的な問題やそもそも確保するのが難しく実用的ではないとの事で、あくまでも最後の縫合の補助として使用しているとの事だった。

イメージから外傷よりも何となく内臓の方が効きやすそうな気がするが、『加護』と何か関係があるのだろうか?


俺が検討している方法の欠点は、グレードが高くかつ効果が十分に残っている「傷病回復薬」を使う必要があるところだ。要は値段や希少性が高すぎて普通の人間には試す事すら無理だという点だが、俺ならそこは全く問題がない。

ジエチルエーテルの滴下と切開場所の止血をミズーにやってもらい、切開や「傷病回復薬」の流し込みは俺がやる。

世界初の、人と猫(らしき生物)の合同作業による手術となる。


とりあえず、今回の手術では俺がマーケットで買ったイリクサ草から製造した「二級傷病回復薬」を使ってみよう、つまりこの手術は薬品代だけでも本来は数億円以上だ。キーデルンはいくらでも金は出すと言っていたが、仮に手術費用は5億円、こちらの貨幣で金札5000枚だと言ったら、一生かかってでも払います!と言うんだろうか?言われたら、その言葉が聞きたかったと答えたくなるが。

なお今回は人体実験も兼ねているので、そこまで請求するつもりはない。


薬品類の準備をして、シュナイダーの屋敷に再度向かう。



屋敷に付くと、玄関前に立派な馬車が止まっていた。

先ほど見たキーデルンが行ったり来たりしてウロウロしている。

こちらに気付くと慌てて走り寄ってきた。


「こちらは言われた通りの準備は終わっている!!何とかなりそうかね!?」


「どうでしょう、シュナイダー先生無しでやった事はありませんので。誓約書は?」


「これだ、既に私の名前と商会の印は押印済みだ、確認してくれ。」


本手術において、俺のやる事に口出しはしない旨、医療行為の責任は全てキーデルン側にある旨、どうなったとしても責任は問わない旨、手術代として金札300枚(約3000万円)を払う旨などが記載されている。

この誓約書で本当に大丈夫かどうか怪しいところもあるが、少なくとも手術で直接殺してしまう事はないだろうし、シュナイダーと交わした契約書もあるので、おそらく大丈夫だ。明日にはクビなわけだし、万一何かあったらシュナイダーに責任を取ってもらおう。


「結構です、では患者を中に運び入れてください。」


薄い服を纏った少女が、馬車から使用人らしき人たちによって運び入れられる。かなり苦しそうにしているが、意識は無いようだ。見た感じだと10歳ぐらいだろうか?


その間にいつも使っている黒い服に着替え、マスクと帽子を着用する。

2階にある、いつもの術式を行う部屋の金属製の台の上に女の子が仰向けに寝かされる。


「では術式を始めますので、出て行ってください。」


「ええと、その大川辺猫は…?」


「ああ、これは私の助手ですので。」


「えっ…?大川辺猫はそんな事まで出来るのですか?」


「ええ、賢い奴なんですよ。」


「……そうですか、分かりました。」


かなりいぶかしげな顔をしてキーデルンと使用人たちは出て行った。


『トール、始めるのか?』


「ああ、ミズーも頼むぞ。上手く行ったらパイは何個でも買ってやる。」


『それは上々。』

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