第64話 新・緊急依頼

成功率激低の手術の依頼、それも相当上位と思しき貴族の娘の案件で緊急という激ヤバとしか思えない案件に関わらないで済んだのは正直良かったなとすら思っていたら、別の厄介事らしきものが飛び込んできた。


玄関に慌てて駆け込んできた男は金髪のおじさんだ。外に出ようとしている俺に話しかけてきた。


「シュナイダー先生はいらっしゃるか?」


「シュナイダー先生なら急患が出たのでつい先ほど出かけられましたよ。」


「な、なんだって…。いつお戻りになるか分かるか?」


「すみません、分かりかねます。貴族に呼ばれたみたいなのですぐ帰ってくる事はないかと思います。」


「な、なんてこった……。」


おじさんは頭を抱え込んでいる。なんか大変な事が起こっているみたいだが、俺は丁度クビになった身。このまま無視して家に帰らせてもらおう。

脇を通り抜けて玄関を出ようとすると、呼び止められる。


「ちょっと待ってくれ、君はここでシュナイダー先生と一緒に治療行為をやっているだろう?前にここへ納品に来た時、受付に聞いた通りだから間違いない!」


「(余計な事喋らんで欲しい…)ええまあ、でも先ほど説明した通りで今日はやる事もなくなったので帰るところだったんですよ。」


「………。」


何かを考えこんでいる、そして意を決したような顔をしたかと思ったら俺の腕をつかんだ。


「すまない、待ってくれないだろうか?」


「ええ?私に用ですか?」


「実は私の娘が急な腹痛を訴えてな、痛がり方が尋常じゃなかったので薬師に診て貰ったところ『腹腐り病』に間違いないと診断されてしまったのだ。」


ここで言う、腹腐り病とは平民の間で呼ばれている病名で、薬で治らないような激しい痛みを伴う下腹部の病気の事らしい。

多分、虫垂炎や腹膜炎などの内臓疾患をひっくるめた病名なんだろう。


「薬じゃ眠らせたり痛みを少し和らげる事は出来ても、完治はさせられない、おそらく持って数日だろうと薬師からは聞いている。つまり、このままだと私の娘は確実に数日中には死んでしまうのだ。成功率は低いものの、シュナイダー先生が治す事が出来ると聞いていたので飛び込んできたのだ。」


「そうですか、それは大変ですね。」


「ああ、だがシュナイダー先生が戻るか分からない。そこでだ…。」


すがるような眼で俺を凝視している、これは何か嫌な予感がする…。


「君もシュナイダー先生の術式をやってるんだろう?頼む、私の娘に処置する事は出来ないか!?金なら幾らでも出す!!」


俺の両手を強く握りしめて懇願してくる。

そうは言われてもシュナイダーの麻酔薬は知らないから、同じ術式をやるのは無理だ。医は仁術と言う心意気も無い。


だが実はこういう治療に関して、前々から試してみたかった事はあるんだよな。今は変なクソデカ猫しかいないが、将来親しくなった人に治療する機会があるかもしれない。そういう意味で人体実験をしたかったと言うと聞こえは悪いが、こいつと娘が貴族で無いなら比較的リスク低めで良い機会でもある…。今なら免責事項、つまりは「さらにここでの術式の結果がどうなろうと全責任は私にある。トール殿には一切責任が及ばないようにしているからそこは安心して欲しい。」とシュナイダーが言っていた通りに適用されるという点も大きい。


この文言は拡大解釈が出来るような表現で、契約書に入れるよう言っておいて正解だった。


ちなみに一定までの金銭を伴う医療行為については薬師も国から承認を受けるか、総合ギルドにおける薬師のランクが一定以上であれば実施しても良い事になっている。四級はギリギリその対象だ。ただ、こういう手術の事は医療行為として想定されてないだろう。


「責任はすべて私が取る!他に手が何も無いんだ、このまま何もしなくてもどうせ娘は助からない!!君が失敗したとしても君を責めたりはしない!!」


おじさんは必死の顔で訴えかけてくる。助手如きにここまで言うとは相当追いつめられてるな。でも、こうは言いつつも失敗したら責めてきそうな気がする。


だが、俺が試してみたかった事はミズーの助けがあれば、失敗したとしても直接の死因には絶対にならないと考えている。


「ところで、そちら様は貴族ですか?」


「いや、市井で武器屋を営んでいる者だが…?」


それなら、後から強権でどうとかって事もなさそうか。これ以降もチャンスが巡ってくる事もなくはなさそうだが……、よしやってみるか。


「そこまでおっしゃるなら、やってもよろしいですよ。ただし、私がやる事に一切口出ししない、失敗したとしても一切の責任を問わない旨を誓約書としてしたためてもらえますか?」


「本当かね!?分かった、誓約書はすぐに用意する!皇国認定の誓約書を使うから保証は間違いないし、絶対に後から責めたりはしない、命にかけて誓う!!」


「それでは患者をここに連れてきてもらえますか?私は準備があるので一度家に戻ります、2刻(約2時間)ほど後に落ち合いましょう。

その前に、私はトール・ハーラーと申します。貴方はどちら様か伺ってもよろしいですか?」


「ああ、私は…」



話を聞くと、皇都で自分の家名から取ったキーデルンという名の大きい武器・防具屋を営む男で一人娘が病気になってしまったらしい。

金なら金札100枚(約1000万円)でも200枚でも払うから頼むと、懇願して去っていった。


玄関ホールにはまた俺とミズーだけが残る。


『トールよ、お主に治療が出来るのか?』


「ああ、ちょっと考えがあってね。」


『もしかして、お主が作っていたエタノールとジエチルエーテルとやらが関係してるのか?』


「おっ流石ミズーだな、分かるか。」


『やはりそうか。これで試すというわけだな。』


「俺には『薬師の加護』があるからな、それも上手く使えば何とかなるんじゃないかと思っている。ミズーの助けも必要だが。」


『ほう、我の助けとな。そう言えば、今日は赤い果実のパイが食べたい気分だ。』


「分かった分かった、買うよ。」


『良かろう。それで、どういう手助けが要るのか?』


「ああ、俺が考えている方法はだな………」

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