第63話 緊急依頼

あれからシュナイダーの手術の手伝いをする日々が、三週間ぐらい経った。

手術の回数としては10回は優に超えた。成功率についてはかなり低めで、手術後に亡くなる人の方が断然多い。結果を見た限りでは、麻酔と手術内容はともかく術後感染や輸血技術など課題は多く、技術的にまだまだという感じだ。


シュナイダーはいわゆる麻酔の方法については一切教えてくれなかったが、人体に刃を入れる位置や深さについては詳しく教えてくれた。見て学べと言われていたはずだが自著の資料も読んでいいと言われたので一通り目にしたが非常に参考になった。

強引すぎる奴だなと最初は思ったが、この経験は将来プラスになるのは間違いないだろう。


そういえば、初日に悪態をついてきた貴族、名前をカスパル・バルシュミューデと言うらしいが、あれからも悪態をついたり細々した嫌がらせをしてくれた。

そんなに俺が嫌なら、手術助手をやったら良いと思うがそれは全然やらない。

シュナイダーの医術を学びに来たという割に、何か仕事をするわけでもなく日がらブラブラしているだけのようだ、もしかしてニートか?



概ね学べることは学んだし、そろそろ一か月なので円満退職と行きたいなと思っていた日の事だった。玄関付近があわただしくなった。

なんだろうと思い、覗いてみると執事のような服を着た男が飛び込んできたようだ。


「シュナイダー・フィツンハーゲン卿はいらっしゃいますか!?至急に取次願いたい!私、シンデルマイサー家に仕える執事でございます!!」


「たっ、ただいま呼んでまいります!」


いつも受付をやってる女性から話を聞いたのか、玄関までシュナイダーがやってくる。


「シュナイダーだが、いかがしたか?」


「シンデルマイサー家筋の御令嬢が急病です、専属医の診断では腑の病に間違いないと。それで、ご主人様が医務局のバルシュミューデ卿に相談した所、すぐにフィツンハーゲン卿を呼んで来るように指示を受けました。」


「という事は私の術式を希望しているという事ですか。」


「そこまでは伺っておりません、ご主人様からはどんな手を使っても孫を何とかせよと御指示を頂いております。」


そう言ったところで、玄関から見るからに仕立ての良い立派な服を着た、髪型は銀髪(銀髪というか白髪か?)で長い顎髭を生やした一人の男が入ってくる。


「フィツンハーゲン卿、今すぐ術式の用意をして来てくれまいか?」


シュナイダーは男を見ると、驚いた顔をして慌てて礼をする。


「これは、バルシュミューデ卿。わざわざお越しいただくという事はかなりの緊急ですか?」


「如何にも。シンデルマイサー卿のお孫様の御病気という事で、直々のお願いを受けておる。早急に対応せねばならん。馬車は待たせてある、急げ。」


「分かりました、すぐに準備いたします。トール殿もついてきてくれ。」


何かややこしそうだが、俺も付き合わないと駄目なようだ。

そう思っていたら、バルシュミューデ卿と呼ばれた男が怪訝な顔で俺をじろっと睨みつける。


「その男はなんだ?」


「私の術式助手にございます、既に10件以上の術式に立ち会い腕も確かです。」


それを聞いて考え込むような仕草を見せるバルシュミューデ。


はどこの馬の骨とも知れぬ平民だろう?そんな下賤の者を御令嬢の術式に立ち会わせるわけにはいかん。」


「しかし、私一人で術式をやれば失敗は必定でございます。どうか、トール殿も連れて行かせてもらえませんか?」


「その下賤の平民を使わずとも、ここには医術を学ばせるために滞在させている我が息子カスパルがおるであろうが!カスパルはどこだ!!」


奥の部屋からカスパルが顔を見せる。


「おお、これは父上。何用でございますか?」


「シンデルマイサー家の御令嬢の術式にお前が助手として立ち会え。そこなる下賤の平民に出来てお前が出来ないわけがあるまいな?」


カスパルはこちらをちらっと見てから、得意そうな顔をして答える。


「もちろんですとも父上。シュナイダー先生、私が助手を務めます!お連れ下さい!!」


シュナイダーは苦い顔をして、必死で上申する。


「カスパル様も優秀なのですが、如何せん経験不足です。本案件を任せるには厳しいかと存じます。どうかトール殿の帯同をお許しいただけませんか?」


「くどいぞ、シュナイダー。そこの平民が出来る事を、我が息子カスパルが出来ないわけがなかろうが!!さっさと用意したまえ!!」


「そうです、シュナイダー先生。私をお連れ下さい。」


シュナイダーは言っても無駄だと思ったのか、目を閉じ仰ぐような仕草をした後、黙って礼をして奥の部屋に行ってしまった。

中間管理職って大変だよなあ、と思っていたらバルシュミューデ卿と呼ばれた男が俺を睨みつける。


「お前は今日限りで解雇だ、明日からは来なくていい。」


「ええ…と、ここの責任者はシュナイダー先生ではないのですか?」


「シュナイダーの上役が私だ、つまり解雇する権限もある。分かったら返事をしろ平民。」


「承知しました、今日限りという事ですね。」


そろそろ退職をと考えていたから丁度良かったな。

楽しそうにカスパルも続く。


「ハハハ、平民。お前のような役立たずはさっさと消え失せろ。シュナイダー先生の助手ぐらい俺が十分に務められるからな。」


俺がここで勤めてから、こいつが一回も術式に立ち会ったのを見た事がないが本当に大丈夫なんだろうか?

まあ、今日でクビになった俺が心配する事でも無いか。



その後、諸々の準備をしたシュナイダーとバルシュミューデ親子と執事が玄関から出て行くのを見送った。その際、


「トール殿、悪いが後の事は頼む。」


とシュナイダーに言われたが、ついさっきクビになったばかりなんだが。

受付の人も、元々入っていた予定の対応でもする必要があるのか奥の部屋に行ってしまった。玄関ホールに一人残された俺。


今日はこれ以上仕事もないだろうし、明日からはクビになったし俺も帰るかと思っていたら、いつの間にか近寄ってきていたミズーに話しかけられる。


『トールよ、物陰から見ておったがここを解雇されたようだな。』


「学べることは学んだし、そろそろ辞めたかったから丁度良かったよ。」


『そうか。あのカスペルとかいう小僧にお主の代わりが務まるとは到底思えんがな。』


「まあ、彼らが選択した事だし責任も彼らが取るんだろう。」


『確かに。そう言えば、タイキの奴からそろそろまた麻雀がやりたいと連絡が来ておったぞ。今日以降はもう暇になったのであろう、どうだ?』


タイキと言うのは「大気の調整者」の事だ、僕たちにも呼びやすい名前を付けてくれと言われたからだ。契約もしてないのに何故名付けしないといけないのか分からないが、しつこかったので「大気の調整者」はそのままタイキ、「大地の調整者」はそのままダイチと名付けた。俺からすると日本人っぽい名前だしさほど違和感もない。


「麻雀ならつい一週間前にやったじゃないか。とは言え、俺も暇になったから付き合っても良いぞ。」


ミズーと雑談をしながら、荷物をまとめて帰る準備をする。

さて帰るかと玄関を出ようとした時だった。


「シュナイダー先生はいるか!?」


おいおいまたか。

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