第62話 手術

シュナイダーの屋敷兼診療所は貴族が住むエリアにあるのかと思ったら、中央から見て北の主要道路から少し東に入った所に建っていた。

後から聞くと、平民を手術することも多いので貴族が住むエリアだと何かと不便らしい。


シュナイダーと話をした翌日、言われた通り屋敷に向かう、遠目から見ても大きめの屋敷だ。さらに進むと入口に金髪でボブカットの若い男が立っている。ヒョロっとしていて見るからに頼りなさそうだ。


近づくと、こちらをジロッと睨んできた。


「お前がトールとか言う平民か、全く先生もこんな訳の分からない平民を助手にするなんて何を考えているのやら。貴族である僕の方が助手に相応しいのに。しかもなんだ、その川辺猫は。鬱陶しいにも程がある。」


あー、一言目から仲良く出来なさそうな輩なのが分かってしまった。

とは言え、無視して通り過ぎるわけにもいかないので挨拶をする。


「おはようございます、今日からこちらに勤めるトール・ハーラーです。よろしくお願いします。」


「平民風情が気安く僕に話しかけるな。せいぜい先生の邪魔にならないようにするんだな。」


名前も名乗らずに、そう言って中に入っていった。

無視して通り過ぎても良かったかもしれない。


入口から入ると、中にシュナイダーが立っていた。俺を待っていたようだ。


「トール殿、おはよう。」


「おはようございます。先ほどの若い男の方はどなたですか?」


「ああ、あいつは私の上役に当たる貴族の子息でな。医術を学びたいと言われてウチで預かってるんだ。」


「へえ、そうなんですね。」


「選民思想が強い男だから、トール殿に失礼な事を言わなかったか?言っていたらすまない。色々あって、私としても扱いにくくてな…。」


「ええ、まあそれなりの事は言われましたが気にしてませんよ。昨日話しました通り、この猫も屋敷の近くにいても良いでしょうか?」


「うん、診療の邪魔をしないなら構わないよ。では、早速だが業務の内容について説明したい。」


玄関にはカウンターが置かれていて、そちらには受付担当の女性従業員がおり、シュナイダーに紹介され軽く挨拶をした。その後こっちだと促され、2階へ向かう。なお、ミズーには1階の応接間のような所で大人しくしておいてもらう事にした。


2階にある普通のリビングのような部屋で、業務内容の打ち合わせが始まった。

診療受付などは別に担当がいるらしく、俺が請け負うのは基本的には手術時の助手のみのようだ。さっきの男は何をするんだろう?


作業内容としては、手術に使う道具を渡したり、血を拭いたり、汗を拭ったりと、想定していた内容ばかりだ。これについては後で交わした契約書にも詳しく記載されていた。


手術を行う部屋を見せて貰ったが、床・壁全面タイル張りの殺風景な部屋だ。

部屋の端には排水溝があり、用途が用途だけに掃除がしやすくなっている。


中央におそらく鉄だと思われる金属製の台があり、全体が少し高めで幅広の縁で覆われている。さらに、台には2か所排水をするような穴が開けられていて床に置かれた金属製のコンテナの上に繋がっている。

初見の印象としては、手術台というより検死台だ。


「トール殿、今日の午後に術式の予定が入っている。大丈夫そうかね?」


「やってみないと分からない所はありますが、おそらく大丈夫だと思います。」


「そうか、初めてだと術式中に気分が悪くなったりする事が過去の助手ではよくあったから、そうなったらすぐに言ってくれたまえ。あと、トール殿が気にされていた件だが、先ほど交わした契約書の通りで患者が貴族だろうと平民だろうと、さらにここでの術式の結果がどうなろうと全責任は私にある。トール殿には一切責任が及ばないようにしているからそこは安心して欲しい。この契約書は皇国の正式文書だから、無効になる事も無い。」


成功率から考えると免責事項は重要だからな。



午後になって、手術が始まった。

患者は酷い右下腹部痛に見舞われているという50代ぐらいの女性だ。酷い腹痛となると虫垂炎か腹膜炎か?その辺りの診察は既にシュナイダーが行っているとの事だ。


手術室には、シュナイダー、俺、それからもう一人が入った。

もう一人については、基本的に助手の作業はしないらしい、何かあった時用の予備要員になる。


道具としてはメスに似た刃物、鉗子のような器具、釣り針のような形の針や糸などが用意されていた。

これはどうやって消毒しているのだろう。煮沸してるのだろうか?


全身しっかりとした黒い布の服を纏い、帽子とマスクも着用する。


患者の女性は既に手術台で寝ている、麻酔の工程は処置室と呼ばれるシュナイダーのみが入れる部屋で行い、既に作用させているらしい。

口元には何も付けられていない。地球の手術だと、吸入マスクを使って継続的に麻酔薬を吸わせる印象があるがどういう薬を使っているんだろうか?


「では、術式を始める。トール君、指示に従って手伝ってくれたまえ。」


「分かりました。」


「では、まずはシュナイダー式鉗子。」


鉗子を使って腹の部分をつねっている、おそらくこれは痛みを感じないレベルで麻酔が効いているか確認しているのだろう。


「次、シュナイダー式術刃。」


切る予定の部分とおぼしき位置には、右下腹部のあたりに墨のような物で印がつけられている。その印に沿って刃を入れる。


「シュナイダー式鉗子。」


言われた通りに道具を渡していく。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



成功したのかどうかよく分からないが時計で確認すると1.5時間ぐらい、こちらの時間で1刻半程で手術は終わった。

それなりにグロかったが特に気分が悪くなったりはしなかった。まあ、ここに来るまで散々人やら害獣やらを斬ったので見慣れているといえばそうなる。


開腹した後に、何かを切除して取り出し縫合、最後に切除したあたりを縫って腹を閉じるような内容の手術だった、虫垂を切除したんだろうか?

諸々の器具の片づけ、着替えなどが終わり、2階のリビングでシュナイダーと話をする。


「初めての術式ながらトール殿は冷静で全然動じてなかったな、やはり私が見込んだ通りだ。経験してみてどうだったね?」


「色々と参考になりました、術式は成功したのですか?」


「思っていた通りの作業は出来た、良くなるかはこれからの経過次第だ。」


開腹手術するにはどの位置をどれぐらいの深さで切れば良いのか、というのが何となく分かった。俺には『薬師の加護』による習熟スピードが圧倒的に早いという恩恵もあるので、何度も経験すればおそらく習得できるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る