第61話 助手

この世界でも全身麻酔手術をやろうとしている医師がいたのか。

しかし仮に全身麻酔や手術自体が上手く行ったとしても、手術中・後の菌感染の知識や血液型と輸血の概念がまだこの国には無さそうだから、やる内容にもよるんだろうが手術の致死率がエグそうだぞ。

おそらくは、まだ初期も初期の段階という事になるんだろう。


そういえば江戸時代にも、漢方を用いて全身麻酔を施し手術した医師がいたって話は何かの本で読んで知っている。母親や妻を実験台に使ったとか。

もっと古くは三国志時代にもいたというのを三国志マニアの会社の同期から聞いた記憶があるが、本当だろうか?


「それは凄いですね。しかし、それと私が何の関係があるのでしょうか?」


薬を卸せって話だろうか?


「いやあ、実は今まで使っていた助手が結婚をして辞めてしまったのだ。それで次の人を探すまでの短期助手を探していてね。

血に慣れていて、薬に詳しい人間が欲しいんだ。トール殿、君なら最適だろう?」


「それで私に白羽の矢を立てたわけですか。」


「具体的には処置を出来る限り迅速に行うための助けが欲しい。ああそうだ、深く眠らせる薬については、処方・用量や制御法含めて国の秘匿事項になっているので君に教える事は出来ない。

その部分と、腹を裂く所、その後の主だった処置については私がやる。道具を手渡したり、術中のその他の補助をやってもらいたい、もちろん金は出る。」


「しかし、こちらにあまり好都合な点は無さそうですが。お金はもらえるにしても。」


そう言うと、シュナイダーはぐわっとこちらに乗り出す。


「何を言うか!報酬を貰った上で、皇国最先端の医療技術を学べるのだぞ!教える事は出来ないが、見て学んでもらう分には問題ない!

今後も薬師として生きていくのだろう?なら知っておいても損はないのではないかね!?」


シュナイダーの勢いに少し驚いた、しかし何故ここまで俺にこだわるんだろう?


「そんな貴重な術式なら、私じゃなくともやりたい人はいくらでもいそうですが。血に慣れている薬師なんて珍しくないでしょう?」


「まあ結論から言うと、私が既にトール殿を国に推薦してしまったからだ。」


「はあ!?そんな勝手な事を!?」


「いやあ悪いとは思うが、つい先日皇都に立ち寄ったエッボンにトール殿の事を聞いてこれは最適と思ってしまって。

調べたら皇都に家を買って滞在しているのも分かったし、急いでもいるしで短期で助けて貰おうと申請してしまった。」


悪いとは思う、と言いつつもあまり悪びれた感が無いように見えるが。

やはり皇国でも大半の貴族は勝手な存在なのかも。


「君はヴィースバーデ以外に、ボトロックとも少なからず繋がりがあるだろう?この術式全般はいずれ広めたいとは思っているが、今のところは秘匿性が高め、つまり誰でも良いわけではなくてね。

君はそういう繋がりや、過去の経緯から滅多な事が出来る立場でない事が明らかな上、荒事の経験も多いから血にも慣れているだろうし都合が良かったんだ。ザレに向かって旅をしている事は聞いているが、雇用も短期で一か月ほどだ、どうだろうか?」


いきさつについては色々思うところがあるが、外科手術の知識については興味がある。というのも正直なところ、医療についての知識は顔にツギハギがある男の漫画と、スーパーなドクターな漫画、江戸時代にタイムスリップしてドーナツで脚気を治したりペニシリンを作ったりする医師の漫画、と概ね漫画の知識しかない。


なので、学んでおけば今後この手の知識が生きる事もあるんじゃないかとは思っている。そして外科手術の方法については少し試してみたい事もある。


「その術式と言うのはどれぐらいの頻度であるものなのですか?」


「まちまちだ。貴族・平民問わず薬や経過観察で治る見込みのなく、数日中に死ぬ可能性が高いと診断された重い病の者を対象に実施している。」


「うーん…。」


シュナイダーは突然椅子からガバッと立ち上がると、深く頭を下げた。


「いきさつについて不満がある事は分かっている、それについては謝罪する。だが、今助手無しではこの術式を行うのが難しいのだ。実の所、治療のためとは言え眠らせて腹を裂くという行為に眉をしかめる人も多くて、なり手がそれほどいないのだ。

今後の皇国の発展に繋がる事案でもある、引き受けてはもらえないだろうか?」


発展したところで、俺は『薬師の加護』とミズーとの契約のおかげで、これから先も手術を受ける事は無いような気はする。

ただ、手術に関する知識を得られる点と、それによって今後親しくなった人間が病気になった際に救える可能性が上がるのはメリットではあるか。


ふとミズーが香箱座りのままこちらを心なしか嬉しそうな顔で見ているのに気づく、…『加護』の天運で面白そうな面倒ごとが来たと思っている顔だなこりゃ。


断った所で、申請済みならまた皇国執行令が出ましたーとかされそうだ。まあ今後のためにもなるし仕方ないと腹をくくるか。


「仕方ないですね、分かりました。お引き受けしましょう。」


下げていた頭をあげて、明るい顔をするシュナイダー。

そして近づき、俺の手を両手で握る。


「おお、そうか!!ありがとうトール君!!

早速明日から、私の屋敷に来て欲しい。報酬については国の規定通りとなる、詳しくは明日説明する。私の屋敷の場所だが…。」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『ふっふっふ。トールよ、何やら面倒な事になったようだな。』


笑いながらミズーが話しかけてくる。


「はあ、さっさとザレへ旅立つべきだったかな。」


『前にも言った通り『加護』によるところも多いからな、旅立ったら旅立ったで別の厄介事が起こったやもしれぬ。』


「だろうな、まあ今回の件は今後の役に立つ可能性もあるし、ちょっとした考えもあるから損にはならないとは思っている。」


『ほう、そうか。ちょっとした考えとは以前に言っておったのと同じ事か?』


「うーん、まだ頭で纏まってないんだよな。ミズーにも助けてもらいたい事があるから、また煮詰まってから話すよ。」


『ほう、我の助けをな。我の助けを得たいなら、分かるな?今晩は蜜を塗ったパイが食いたい。』


「(パイなら安いもんだな)分かった分かった、市場に行こう。」


『うむ、話が早くて良いぞ。』

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