第60話 医師

謎の麻雀大会が行われてから数日経ったが、それなりに平穏な日常を送っている。

屍人病騒動からそこまで面倒ごとに巻き込まれていないような気もする。


思い起こすと、ミズーとの契約で寿命2000年、死ぬまでミズーの強制附随、幽霊の除霊、調整者との麻雀大会、皇都の探索、エタノール精製、そしてジエチルエーテル精製の検討。うーん…、ギリギリスローライフと言っても良いか…?


そういえば、マーケットに飯を買いに行く途中、この間掃除でお世話になったおばさんにたまたま会ったが「あんた猫と結婚してんのかい?」と聞かれたのには驚いた。

俺の住んでる辺りで、厄介な幽霊を除霊した大川辺猫と結婚している若い男が住みだしたと話題になっているらしい。

勘弁してくれないか…。



スローライフってなんだろう、そろそろ東へ向かって旅の準備を始めるかなどと椅子に座って色々と思いを馳せていると、

ドンドンドンッ!ドアを力強く叩く音が響く。なんだ、この家に客が来るとは思えないが…?とりあえず答える。


「はい?」


ドア越しに男だとは思うが高めの声が聞こえる。


「すまない、こちらはトール・ハーラー殿の居宅に間違いないか?」


「そうですが、どちら様でしょうか?」


「私はシュナイダー・フィツンハーゲンという者だ、医者をしている。トール殿と話がしたくて参った。」


なんか面倒そうな予感がするぞ…、ほっといても帰ってくれそうにないか。

ドアを開けると、かなり小柄、見た感じで140センチ前後で、頭は銀髪で口ひげを生やした中年男性が立っていた。

フォーマル感が強い黒のベストに白のシャツ、黒のスラックスをはいている。

服に詳しくない俺が見ても、質感が良いのが分かる服だ。

少し離れた後ろに護衛っぽい人もいる。


「思ってたより随分若いな。トール殿、お初にお目にかかる。」


そう言いながら、頭を少し下げる。


「ええと…、私の事を誰かからお聞きになられましたか?」


「エッボンの爺から聞いた、トール殿も知っているだろう?」


エッボン…?ああ、盗賊討伐の時のエッボン・ヴィースバーデか。


「私も貴族でね、医師の七級貴族として中央に仕えている。エッボンとは旧知の仲なんだ。」


「(あの爺さん、余計な事を喋らんで欲しいな。)しかし、私が今ここに住んでる事はヴィースバーデさんも知らないでしょう?」


シュナイダーを名乗る男はニヤリと笑う。


「その辺りは貴族の特権でゴニョゴニョってやつだよ、貴族はそういう事も出来るものと、今後は気に留めておいた方が良いかもしれないな。

それほど長い話ではないが、中で話をさせて貰っても構わないだろうか?」


帰れと言ったところで、俺の事をここまで調べてくるような貴族なら帰らないだろうな。仕方ないので家の中に促す。

入る前に手をあげて護衛らしき人に合図をし、家の中を見渡しながらリビングの方へ進んでいく。


「ほお中々良い家に住んでいるなあ、トール殿は。」


「ええまあ、色々あってお買い得価格で買えまして。」


「そうなのか…、うおっ!!それは大川辺猫かね!?すごいのを飼っているんだな!」


リビングの真ん中で香箱座りをしているミズーを見て驚いている。

ミズーはシュナイダーを危険な対象でないと判断し興味も全くないのか、見向きすらしない。


「何故か私になついてしまいましてね、仕方なく飼ってるんですよ。」


「そっちにあるのは麻雀卓か、ふうむトール殿は色々と面白いなあ…。」


そう言いながら、何も言ってないのにシュナイダーは遠慮もせずに部屋にある椅子に腰かける。そして足を組んでから話し始める。


「エッボンに聞いた限りでは、トール殿はかなりの腕前の狩人らしいな、薬師としても一流だとか?」


「いえいえ、私は六級害獣狩人ですよ。全然大した腕ではありませんよ。」


「フフフ、そう言うと思ったよ。でもそれは通らない、全部知ってるからね。」


「……それでどういったご用向きですか?」


「うむ。私は医師をやっていると言ったが、結構珍しい事をやっていてね。」


「と言いますと?」


「皇国では傷病回復薬があるせいで、医学の進歩が極めて遅い傾向にあると考えている。そして、私はそれを憂いている。

中央にも同じような考えの者がいてね、予算を付けて貰って独自の事をやっている。」


「へーそうなんですか。」


「うむ、外傷については傷病回復薬を使えば良いが、腑の病は傷病回復薬では対応できない。それへの対処だ。

具体的には腹を裂き、腑に治療を施す事を主としている。」


要は外科手術をやろうとしているのか、この世界にもいたんだな。


「しかし、普通に腹を裂いてしまったら痛みに患者が耐えきれないでしょう?」


「もちろんそうだ。だから特定の植物を組み合わせた薬を処方し、患者を深く眠らせられる術を長年かけて見つけたのだ。

これを使えば、患者が寝ている間に処置を施し、腑の病が治っているという画期的な治療術式なのだ。」

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