第66話 手術本番

仰向けに寝ている少女にマーケットで買った布で作ったガーゼマスク(のような物)を付けさせ、目の部分も同時に同じ布で覆う。


「さて、まずは麻酔だけどどれぐらいの速度で滴下すればいいか…?」


腕を組んで考え込んでいると、ミズーが呆れたような顔で話しかけてくる。


『トールよ、お主は我を何者だと思っておるのか?我は水の調整者ぞ、この液体の組成と性質は既に把握しておる。これを上手く操り、この娘を昏睡させれば良いのであろう?造作もない事だ。』


「おおっ!流石ミズー、頼りになるな!!悪いが任せて良いか?」


『当然だ。む、舌が垂れ下がるな。下顎にくっつけておくか…。』


ミズーは瓶に入ったジエチルエーテルを操り、空中で水滴を無数に作る。それを一定間隔で口元のマスクに滴下し始めた。

その間に開腹に使うシュナイダー式術刃、シュナイダー式鉗子、「二級傷病回復薬」の流し込みに使う筒を煮沸消毒するか。


この部屋には水が出る蛇口のような物がついているので、そこから金属製のバットに水を汲む。


「ミズー、色々させて悪いがこの水を沸騰させることは出来るか?」


『無論だ。』


バットの水が一瞬で沸いた、いつもは飯やら麻雀やらをねだるだけの図体のデカい居候だが、こうして見るとやはり色々と超越した便利な存在だな。

沸騰した湯に、器具を入れしばらくしてから取り出して、台の上に置いた。

一応台の上は、予め俺が作っておいたエタノールで消毒してある。


当たり前ながら室内が無菌状態で無いのは気になるが、その辺りは「傷病回復薬」の抗菌作用に期待しよう。もしかしたら、「大気の調整者」ことタイキに頼めばそれも可能なのだろうか?


しばらくしてから、ミズーが声をかけてくる。


『トール、昏睡したぞ。』


「分かった。」


念のためシュナイダー式鉗子で、腹の部分をつねってみるが一切反応しない。

冷静ながらも少し緊張している、開腹作業はシュナイダーがやるのを何度も見てはいたが実際にやるの初めてだからだ。


「ミズー、今からここに刃を入れるから傷口の血を止めて貰えるか?」


『承知した。』


ふーっと大きく息を吐いてから、シュナイダー式術刃を握り、右下腹部の辺りに刃を入れる。

…深さはこのぐらいで良いはずだ、よし内臓には傷は付いていない。開腹は出来たが一切血は出てこない。ミズー様様だ。


開腹した部分からゆっくりと筒を差し込んでいく。この手術の前に、具体的な症状や痛みを感じると言っていた部位等については、キーデルンに聞き取りしている。正確にこの部分で良いかは分からないが…自分の感覚を信じるしかない。

そして漏斗の方から少しずつ「二級傷病回復薬」を流し込んでいく、どうだろうか…?


ミズーが麻酔の作業は続けながらも、傷口のあたりをじっと見ている。


『ほう、やはりお主の薬は大したものだな。この娘の化膿しておった箇所が治癒しているではないか。』


「ええっ、お前体の中も見えるのか!?」


『見える、というより水を通して生物の状況をつぶさに把握することが出来る。』


「はー、それならそうと先に教えてくれよ。じゃあ閉じるぞ。」


筒を抜きながらさらに「二級傷病回復薬」を少量注ぎ込む。器具を抜き取って傷口付近に「二級傷病回復薬」をまんべんなく振りかけてから、両手で傷口を合わせる。

感覚として2、3分その状態を維持してから手を離すと、奇麗にくっついていて傷跡も残っていない。

うお~、自分で作ったとはいえ「二級傷病回復薬」すげえな。こりゃ数億円するわけだわ。傷口がズタズタだったり血が大量に出てたりしたら、もっと治るのに量が必要だったり、時間がかかるのかもしれないな。


『終わりか、麻酔とやらはもう良いな。』


ガーゼを除去して、穏やかな顔で息をしているのを確認した。

さらに先ほど煮沸した水を使って、目や口元などの洗浄を行った。

これで手術は終了、完全に治癒したはずだ。


血は術刃にごく少量付いただけでほぼ流れ出ておらず、普段シュナイダーがやる手術よりも随分楽だったな、ミズーのおかげな部分がかなり大きいが。


一通りの片づけを終えて外に出ると、部屋のすぐ外でキーデルンが今か今かと待っていた。


「!?随分早いですが、処置は終わったのでしょうか?」


「ええ、終わりました。おそらく治癒したはずです。」


「本当ですか!!!ありがとうございます、ありがとうございます!!」


号泣しながら抱き着いてきた、普通の手術だったら血だらけだから大変な事になってたな。


確認してくださいと言うとキーデルンは中に入って、落ち着いた状態で寝息を立てている娘を見て心底安心した様子だ。

そして、満面の笑顔で金札300枚を手渡してきた。いや支払うの早くない?詐欺だったらどうするんだよ。



あの後も散々お礼を言われ、しばらくしてから馬車で彼らは帰っていった、万一何かあればこの屋敷に来るように言っておいた。

俺はクビになったが、シュナイダーが何とかしてくれるだろう。

もう日が落ちそうな時間だ。屋敷の管理は受付の人がやるだろうから俺も帰ろう。


「やれやれだが、思ってた通りに上手く行ったな。」


『うむ。そんな事より約束は分かっておるな?』


「ああ、赤い果実のパイだろ?」


『あれを10個ほど買ってくれ。』


10個!?おいおい、あのパイってホールケーキぐらいのサイズがあるぞ…。


「…お前、一人でそんなに食べる気なのか?」


『いや、家には既にタイキとダイチがおるからな、2個ずつ渡す。そして、我は手術を手伝った分がある故6個だ。』


多すぎるだろ…、聞いただけでも胸焼けするわ。流石にあれを1個丸々は食べたくないから俺の分は少し分けて貰おう。


「と言うか、あいつら勝手に家に上がってるのかよ。」


『麻雀しながらパイを食すのだ。』


「ええっ!今から麻雀するのか!?」


『なんだ、お主の手術とやらを十二分に手伝ってやっただろう?我の力なくして手術できたとは言わせぬぞ、こちらの願いも聞いてもらおうか。』


ミズーが俺に寄りかかって纏わりつく、いつものウザ絡みをしてくる。


「分かった分かった、市場でパイを買ってから麻雀だな。」


『うむ、分かれば良い。』


この手術はミズー無しじゃ成り立たなかったし、今後も同様の手術をやる際にはお世話にならざるを得ないから、ここはしっかりとねぎらうしかない。

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