第55話 ぶらり皇都巡りの旅(1)
あまり奇麗な状態ではなかったのが、軽く埃を払ってから元々住んでた爺さんが寝ていたであろうベッドで一晩明かした。
爺さんがここで孤独死した可能性が頭をよぎったものの、ぐっすり寝られた。生前よりも神経が太くなった気がする。
さて、幸運と言って良いのか皇都で持ち家を手に入れてしまった。
ヘンクツ爺さんの幽霊が出たせいで、しばらく掃除などが行われていなかったらしく、室内があまり奇麗な状態じゃない。
自分で掃除してもいいが、町を見てる間に掃除してもらえると丁度良いので、ハウスキーパー的な人を雇えないだろうか?
昨日、この家を紹介してもらった不動産屋で聞いてみるか。
ミズーと共に不動産屋に入ると、昨日担当してくれた人にまず驚かれた。
「昨日のお客さんじゃないか、大丈夫だったのかい!?」
「ええ、あの幽霊なら退治しましたよ。」
「はえー、あんた凄い狩人だったんだねえ。そんならもっとふっかけて売りゃ良かったな、ハハハ。」
「それで今日来た用件なんですが、部屋が結構汚れているので掃除をしてくれる人を雇えないかなと思いまして。」
「ああ、仕事柄そういう心当たりはあるぜ。とりあえず簡単に掃除するだけなら、一時雇いが良いかもな。良かったら紹介するぞ?」
「おいくらぐらいですか?」
「そうだな、あの家の広さだったら1日で終わらせるとして二人雇って、一人頭銀札1枚(約1万円)も払えば十分だろう。
ああ、俺への紹介料は要らねえよ。まさか、あの家に住める人がいると思ってなかったからな。そういう人に会えただけで十分だ。」
この世界の人件費がどの程度のものかよく把握してないが、日本感覚だとそんなもんな気がする。
うーん、しかし不動産屋と変なコネが出来てしまったかな…。まあ、仕方ないか。
その後、不動産屋にここで少し待っててくれと言われ、体感で30分ほど待っていると二人の女性を連れて戻ってきた。
そういえば、時間が分からないのがかなり不便なので腕時計は無いにせよ、ゼンマイ式の懐中時計など売ってないだろうか?
皇都に滞在中に探してみよう。
「あんた、幽霊を退治してあの家に住むんだって?若いのに大した狩人だね!」
「掃除ならあたしらに任せておきな!」
見た感じ40歳前後ぐらいだろうか?恰幅が良い元気なおばちゃん二人で、雰囲気的には家事が上手そうって感じがする。
「子供が育って、手が比較的空いてる近所の主婦を臨時雇い要員として契約してるんだ。その中から選ばせてもらった。
さっき言った通り二人を1日、あの家の掃除目的で雇って、一人銀札1枚で良いか?」
「それで問題ありません。明日にでもやって欲しいのですがいかがでしょう?賃金は仕事終わりの夕方に、お二人へ直接支払いでよろしいですか?」
おばちゃん二人は頷きながら答える。
「ああ、それで良いよ。それよりあの爺さんの幽霊はもういないんだよね?」
「ええ、昨日退治しました。」
「そんなら一日あれば十分だね。明日の朝、二人で掃除道具を持って家に行くようにするよ。」
「よろしくお願いします。ああ、そうだ。ベッドの敷き布も交換してもらえませんか?その分のお金は払います。」
「ああ、いいよ。布団と合わせて準備しておくよ。」
明日は一日掃除してもらうから、外を出歩いて色々見て回る日にしよう。
翌朝、予定通り昨日のおばちゃん二人が木で出来たバケツやら雑巾やら掃除道具を色々持ってきたのでお願いしますと声をかけて家を出た。
最初、おばちゃんは恐る恐る家に入っていったが、何も出ないのを確認してからすぐに仕事にとりかかってくれた。
ミズーと共に皇都の町を歩く。
外壁に近い中央から離れた場所は、平屋やせいぜい二階建てぐらいまでの一軒家が多い。内側に行くにつれ、階層の高い建物が多くなる。
そのまま歩いて、大きな道に出る。皇都ベルンは円状の巨大都市で、主要道路として東西南北に大きな道が外壁まで通っていて、そのまま町の外へ出入りできる門に繋がっている。
さらにその主要道路同士を中央から見ていくつかのアーチ状の道で繋いでいるような都市構成になっている。
どこに行くにせよ、主要道路に沿って進むと分かりやすい。
皇都の最中央部分には皇都の官邸・公邸とも言える巨大な建物があり、これがこの国の中枢を担う部分になっているらしい。
この手の城だと、尖った屋根がいっぱいある中世のお城ってイメージがあるが、屋根は付いているものの皇国は四角い巨大な建物だ。
建物から少し離れた四隅には、高い尖塔が四つありこれで周りを監視しているようだ。
最中央部分から少し外側には主に貴族が住むエリアがある。このエリアは全域を円状に柵で囲われており、門には衛兵が待機していて、許可証が無い限り一般国民が入る事は出来ない。つまり、官邸にも容易に入る事が出来ないようになっているようだ。
見学できるものなら見学してみたかったが、入れたら入れたで俺の持つ『加護』からすると変な事が起きそうな気もする。
そのさらに外側がドーナツ状の市場や店が並ぶエリアになっていて、かなり賑やかなエリアだ。
見て回った限りだと一通りの店が揃っていた、ここまで王国・皇国で様々な街を見てきたが、ここは圧倒的な規模がある。
このマーケットエリア以外だと、大店や宿は主要道路沿いに多い印象だ。総合ギルド本部も西側の主要道路沿いに建てられている。
総合ギルドと言えば、家の所有権の確認に寄ると、不動産屋が言っていた通り、税金含め諸々の手続きは終わっていた。受付にあの家に住むのかと驚かれてしまった。
ついでに今後色々と入用になるだろうと思い、いくらか金を卸しておいた。
マーケットエリアの東側には、巨大な教会のような建物もある。これが天神教と呼ばれる宗教団体の本部だ。
出入りは自由で、中に入ると元の世界の教会に似ている。ベンチがいくつか並んで設置されていて、奥には天神様と呼ばれる巨大な像が鎮座しており、それに向かって祈りをささげている人が多い。
ざっくりとした教義としては、我々人を含めたこの世界は「天神様」と呼ばれる偉大な神が作り・維持しているもので、それに感謝し祈りましょうという感じだ。
『加護』については、天神様が授けた有り難い天啓という事になっている。
ここで言う「天神様」は俺が知っている「大いなる天主」の事なんだろうか?
無理にお布施を強要したりはしてないようなので、少なくとも表向きは穏やかな宗教に見えるが実状はどうなんだろう。
そういえば、ミズーが言っていた自動車を見る事が出来た。歴史の教科書で見たような板の上に皮張りのベンチとエンジンらしきものが載ってるような自動車だ。
自動車である以上、「精霊石」とやらを使って内燃機関のピストンを動作させて走っているんだろうと思うが、見ただけでは詳しい仕組みはよく分からなかった。
皇都を一通り歩いて回り、夕方になったので家に戻る。
マーケットエリアで見つけた屋台で、溶かした砂糖?が塗られたパイのような物を見つけたので、自分の晩飯兼掃除してくれてるおばちゃんのねぎらいとしていくつか紙袋に包んでもらい買って帰った。
割と皇都ではメジャーなお菓子のようで、一個試しに食べてみたところ、脂っこいが美味かったので少なくとも嫌がられはしないだろう。
なお、当然の如くミズーにもねだられたのでかなり余分に買う羽目になった。
家に戻ると、外観も奇麗になってて、庭の雑草も抜かれている。
家の中に入ると、掃除道具の片づけに入っていた。
「お帰り、掃除は一通り終わったよ。確認しておくれ。」
おばちゃんに言われて、家の中を確認すると概ね埃っぽかった部屋が奇麗になっている。
「すごく奇麗になってますね、ありがとうございました。」
給金の銀札1枚とベッドの布代を二人それぞれに渡して、それからお土産に持ってきたパイも手渡す。
「これ、市場で買ってきたので良かったらお持ち帰りください。」
「おやまあ気が利くねえ、ウチの旦那もこれぐらいの気を利かせてくれたらねえ。」
「ほんとだよ、若いのに分かってるね。」
喜んでもらえたようだ。まあ、実際の中身は若くないからな。
その後、少し雑談してから掃除を終えたおばちゃん二人は帰っていった。
その後おばちゃんの一人が、パイのお礼だと野菜の入ったスープを持ってきてくれた。何かの乳が入っているのか白いスープで、味付けもしっかり付いていて美味しかった。
『部屋も奇麗になって良かったな、明日も皇都を見て回るのか?』
「ああ、今日は歩いて回っただけで店の中は見てないからな。いくつか見て回ろうと思う。」
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