第54話 家

総合ギルドで教えられた、不動産業の店に行く。

店に入り、大川辺猫と一緒に住める短期滞在の家があるか聞いてみる。

店が広く、入れて良いと言われたのでミズーも店の中に入っている。


担当してくれた中年の男性が、パラパラとリストのような物をめくりながら確認している。


「お客さん、大川辺猫を飼ってるなんて見た目と違ってお金持ちなのかい?一緒に住める家となると短期で借りるとしても相当値が張るよ?」


「値が張るというのは具体的にどれぐらいですか?」


「そうさね…。ま、最低でも月でこれぐらいかな?」


と言いつつ、手のひらをこちらに広げて見せる。


「もしかして金札5枚(約50万円)ですか!?思った以上に高いですね!」


「そもそも大川辺猫と一緒に住んで良いと許可する大家があんまりいないからね。

最低でもそれぐらいって感じで、実際にはもっとかかるかもしれないよ。そもそも泊まりにしても大川辺猫と泊まれる宿なんて中々無いから、苦労しなかったか?」


「なるほど…。」


やっぱりちゃんとした手段だと金がかかるよな…と考えていると、担当の男性がこっちが持っている槍をじっと見つめている。


「お客さん、ずいぶん立派な槍を持っているようだがそこそこやれる狩人なのかい?」


「どうでしょう、本業は薬師なので…。」


「へえ、薬師兼狩人みたいな感じか。かなり珍しい狩人じゃないか、それなら大討伐の経験もあったりしそうだな。ふーむ……。」


男性は何かを考えこんでいる、しばらくそのままの状態だったがそして意を決したように声を出す。


「なあ、お客さん。借りるというか買うになってしまうんだが、一件めちゃくちゃ格安の物件があるんだ。

かなり中央からは離れるんだがそれほど悪くない立地でな、今年の税金・諸々の手続き費用も含めて家と土地の購入権が金札5枚、超格安だろ?」


いくらなんでも安すぎる、おかしいだろ。


「その価格は異常ですよね、何らかのいわくつき物件だったりしませんか?」


「大当たり、まあ誰でも分かるよなあ。元々そこはとっつきにくい性格だった錬金術師のヘンクツ爺さんが住んでいた家なんだがな。

爺さんが死んで、身内もいなかったもんだからその家を皇国が接収して公募で販売、新しく買った人が住もうとしたらその爺さんの幽霊が出たらしいんだ。」


「幽霊ですか?」


「幽霊なんて馬鹿らしい話だと思うだろ?だがその霊は、不思議な力で精神的な攻撃をしかけてきたり、家の中の家具やらを飛ばしてきたりと、人に直接危害を加えてきてな。酷いのになると死にかけた奴まで出ちまって、かなりの実害が出てるんだよ。

その手の解決が出来そうな、天神教の司教やら害獣狩人やらに依頼したが、どいつも返り討ちに合うばかり。そうして今や誰も住めない屋敷になっちまって、金札5枚の格安物件の出来上がりってわけだ。」


ポルターガイスト現象だろうか?ゲームとかだと、聖水とか神聖魔法的なやつで浄化!とかやってたりするが、この世界にそんなものはないようだ。


「どうだい、ダメ元でその家を買ってみないか?それなら大川辺猫を飼うのも自由だぜ?」


少なくとも俺が授かった『薬師の加護』で幽霊をどうにか出来ると思えないが。聖水は薬じゃないだろうから調合も出来ないだろう。

そう思っていたら、後ろからぐいぐいと押される。何かと思ったら俺の後ろでお座りをしていたミズーが背中を押していた。

不動産屋の男性を指さして無言で確認すると、ミズーが小さく頷く。


どうもミズーには何か考えがあるようだな。


「分かりました、その家を買います。」


「ええっ、ほんとかい!?冗談半分で言ってみたんだが。後から住むのが無理って言われても同じ金額で買い戻す事は出来ないよ?むしろ買い戻すどころか、引き取ってもらうのに金を払う必要が出てくるぞ。」


「ええ、構いません。」


「そうかい…、じゃあ手続きを始めるが本当に良いんだな?」


「ええ。」



諸々の手続きを済ませ、いわくつきの家を買ってしまった。総合ギルドでの諸々の手続きは不動産屋がやってくれるらしいが、最後の所有権移動の確認は早めにしに行かないとダメらしい。

極めて有害な幽霊が出るという事は総合ギルドも把握していて、土地・建物を持つ事でかかる税金、いわゆる固定資産税も格安らしい。


不動産屋の男性に鍵を貰い、家まで案内してもらう。しかし、ミズー本当に大丈夫なんだろうな、これで住めなかったら大損も良いとこだぞ。


場所は皇都の北西の端近く、木の柵で囲われたレンガ造りの平屋の家だ。日本だと小さめの一軒家ぐらいのサイズ、ざっくりだと60~70平米ぐらいだろうか?狭いが庭もある。

家の外観としては多少汚れているものの、そこまで傷んでいるようには見えない。

ヘンクツ爺さんが住んでいたと言っていたが、他の家との間は少し距離がある。


「ここがそうだ、外側も内側も少し汚れてはいるがすぐ住むことは出来るぞ、危険な幽霊が出る事を除けばだがな。じゃ、俺はここで。」


「案内ありがとうございました。」


手をヒラヒラしてから、不動産業の男は去っていった。男が離れてからミズーに問いかける。


「おい、ミズー。本当に大丈夫なんだろうな。」


『無論、全く問題ない。この家を格安で買えたのはまさに幸運だった。これもお主の天運ありきやもしれぬ。』


二人(一人と一頭か?)して、鍵を開けて中を窺うと重苦しい空気が漂っている。この国は家の中でも土足文化なので、そのまま中へ進む。


少し進んだところで、部屋の中央に何かが集まってくる気配を感じる。

どす黒い火のようなものが集まっていき、中央で大きな塊になる。その塊におぞましい老人の顔が浮かぶ。


『出ていけ、この家はわしのものだ!!出ていかねば痛い目を見てもらう事になるぞ!!』


これが件の幽霊とやらか、トールに霊能力があったのかは知らないが、少なくとも俺の目には見えている。


『早く出ていけ、ころ……。貴様、なんだその光は!?それにその川辺猫は一体!?』


『ほほう、トールの『加護』と我に気付きおったか。だが時すでに遅しというやつだ。ギニ゛ャ゛ァッ!!!!』


ミズーが猫の咆哮のようなものをあげる、前に金色狼が吼えた時と同様の圧力がある咆哮だ。


『ギャァッ!!!』


幽霊と思しき大きな黒い火の塊は短い叫び声と共に霧散した。


『ふん、錬金術だかなんだか知らんが、人の魂の残滓ごときが我に敵うとでも思うたか愚か者め。』


「おい、これで幽霊とやらはいなくなったのか?」


『うむ、この世から消し去ってやった。今頃は魂の回廊に行っておるだろう。』


なんか随分あっさりと除霊?出来てしまった。

リビングらしき部屋でいつもの香箱座りをしながら、ミズーがドヤ顔で言う。


『我の言うた通り格安で家を買う事が出来て良かったであろう、床や壁が少し汚いようだが家具もそれなりに揃っておるようだし得したな。これでいくらでも皇都に滞在できるようになった。

我のおかげぞ、存分にあがめるが良い。美味い物や面白い事で我を存分にねぎらうのが良かろう。』


あがめる気は毛頭無いが、まあ確かにミズーのおかげなのは間違いない。


家を買ってしまったので、ザレじゃなくてここでスローライフ生活を送るのも手だなと思ったが、ここだと薬の需要が少ないのがネックで収入面の不安が拭えない。

切り札にしているマテンニールとトリカブトを近場で採取するのが難しい点も問題だ。とりあえずは家は保持しておいて、ザレを目指す目標はそのままにしておこう。


しかし今晩は爺さんのお古と思しきこのベッドで寝るんだろうか、変色してたり変な汁などが付いてはいないようには見えるが。

爺さんどこで死んだんだろう…。

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