皇都滞在編
第52話 皇都入り
ミズーは馬車より早いだけあって、予定より早く皇都まで着いた、数日かける予定が途中の町で一泊するのみの二日目の夕方に到着したのだ。
ただし、泊まりはミズーがいる分割高な上、泊る事自体を渋られる事も多くて本当に困った。
皇都の周りには数メートルはあろうかという立派な防壁がある、防壁の表面はツルツルしてるように見え、ぱっと見だとコンクリートに見える。
地球においてもコンクリートは確かそこそこ歴史がある素材と聞いた事があるので、もしかするとコンクリートそのものなのかもしれない。
こういうでっかい町の外側にはスラム的な物があったりしそうだが、周りを見る限りそういったものは見当たらない、皇都はその辺りの救済措置が充実しているのだろうか?
端が見えないぐらい巨大な街で、塀ごしでも高さがある建築物が見える。
首都にふさわしい発展具合だ。
また、それに負けず劣らず立派な門が入口にあり、流石にというか当たり前というか検問がある。それなりに人や馬車が並んでいる。
ミズーから降りて、順番に並び自分の番になるのを待つ。
「次の者、こちらに。」
係の衛兵に国民証を渡す。
「皇都内では武器をむき出しで持ち歩くのは禁止になっている。お前のその槍も皇都へ入る前に穂鞘を付けるなり、布を巻くなりしておくように。
あと、その川辺猫はお前の飼い猫か?金糸の飼い紐が見えないが総合ギルドでの登録は済んでいるか?」
そういえば、前に乗った馬車で御者が総合ギルドで登録しないといけないと言っていた気がする。
「いえ、登録はまだです。」
「登録なしに皇都に入れるわけにはいかんのだ、十分に飼いならされていない害獣は危険だからな。
そちらに総合ギルドの出張所があるから、連れて入る気なら許可登録手続きを先に行ってもらえるか。」
「はい、分かりました。」
ミズーと共に、指定された方に向かう。テントのような物を張った仮受付のような物が見える。
「すみません、川辺猫の登録をこちらで行うように指示されたのですが。」
「かしこまりました。そちらの川辺猫……?少し変わった見た目ですが川辺猫ですよね?」
「はい、そうです。」
「飼育および帯同許可を出すには、その川辺猫が十分に飼い主の指示に従うか、危険性が無いか、その他のいくつか試験してからになります。
今から試験を始めてもよろしいでしょうか?」
「お願いします。」
試験については、俺が色々指示をして猫が言う事を聞いているか、他人が少々の嫌がらせしても『加護』で反撃しないかなど結構多岐にわたった。川辺猫は大人しいとは言え一応害獣に認定されているから、審査が厳しいのだろう。
ミズーはずっと不満そうな表情に見えたが、必要な事と理解はしているらしく、渋々試験をやってはくれた。
試験が終わり、受付からは賞賛の言葉を貰った。
「トール様、こちらの川辺猫は非常によく飼い慣らされておりますね。これであれば飼育および帯同許可を出す事は可能です。
トール様付として登録するために国民証の提示、あと許可金として金札5枚(約50万円)、それからこの金糸の入った紐を川辺猫の体のどこかに巻くようにしてください。今後、世話や糞の処理など、適切な飼育がなされてないとみなされるとこの許可は取り消される事があるので重々お気を付けください。」
金札5枚とは、結構金がかかるな…。日本でも問題になっていたが、これぐらいの金もポンと払えないような無責任な飼い主では困るという事か。
金札5枚と国民証を提示する、この紐はどうするかな。小声でミズーに聞く。
「おい、ミズー。紐をどこかに巻かないといけないらしいがどうする?」
『なんだそれは、さっきの試験だけでも大概だったのに煩わしい事この上ない。仕方がない前足にでも巻き付けておけ。』
とりあえず前足に結んでおいた、ミズーは極めて不満そうな顔をしている。
槍の穂先については、リュックに入っている止血用の布を巻きつけておいた。
国民証への登録が終わったので再度、検問の列に並び順番を待つ。
他の人にバレないようにか、俺に毛がめり込むぐらいにミズーがぴったりとくっついて小声で話しかけてくる。
傍から見ると、川辺猫と異常に仲が良い飼い主と見られているんだろうか。猫に話しかけてる変な人と見られているかもしれない。
創作物によくある、こうテレパシーとか念話のような便利なものが使えると良いんだが、契約を結んだんだし。
まあそんなもんがあれば最初からミズーが使っているだろうし無いんだろう。
『先ほどお主が提示した国民証、この仕組みは本当によく考えられている。人の『加護』を便利に使おうとする知恵や工夫にはまこと驚かされるな。加護回復薬や傷病回復薬にも感心したが。』
「そういえば、『天眼の加護』とやらで上手い事やってるが仕組みは知らないと聞いたな。」
『トールは使用した『加護』の残滓がどうなるか知っておるか?あれは完全に霧散するわけではない、正確にはこの世界に馴染むのだ。
草木、大気、水などに吸収される。そして特に吸収されやすい石や草木があり、それには神力がため込まれていく。別の理由で地中深くからも漏れ出ているのだがそれはまあ良い。
お主ら人は、その貯め込んだ神力さえ上手く使っておる。例えば傷がすぐ治る薬や、『加護』が使えなくなった時に飲めばそれが早く治まる薬の事だ』
ミズーが言っているのは、加護回復薬になる大地草や傷病回復薬になるイリクサ草の事だろう。どういう仕組みでそんな不思議な事が起こるのかと思っていたが、そういう事だったのか。
『神力が貯め込まれた石については、「精霊石」と呼ばれ、今から入ろうとしている皇都で馬のない車に使用されておるようだな。』
「へえ、皇都には自動車があるのか。」
『ほう、お主がいた世界にはそういう乗り物が既にあったのか。』
「俺がいた世界では「精霊石」なんて物は無かったけどな。それで国民証はどういう仕組みなのか知ってるのか?」
『無論だ、祖の命により調べたことがあるゆえな。お主らが『天眼の加護』と呼ぶ加護は、「全知」を司る神との経路により行使が出来るものだ。
この神は文字通り、この世界のありとあらゆる全ての知識を蓄え、その情報を常に更新し続けておる。故に、この『加護』はこの世界の知識を得る事が出来るものだ。これを授かった者が、これで『加護』の仕組みを知り、それを応用して国民証の仕組みを作ったのだ。』
「(祖って世界に影響がありそうな事は尽く調べさせてるのか?)ほうほう。」
『先日説明したが、『加護』は神から溢れる神力を自らの体を通して行使するものと言ったであろう。
つまり『天眼の加護』を持った体であれば、限度はあるものの「全知」を司る神から世界の知識を引っ張り出す事が出来るわけだ。
故に、国民証とそれを登録する装置に自らの体の一部を埋め込むことで、極めて細くはあるがそれぞれに神との経路を繋いだのだ。本来『加護』の行使には意思が必要だが、情報の引き出しのみであれば意思は不要だ、何故なら神力がこの世に形となって発現しないからな。
行使や印字するための動力源に「精霊石」を使用し、経路を繋げるための媒体として自らの体の一部を埋め込む。』
ということは、俺が持っている国民証自体に情報が埋め込まれているわけではなく、
「全知」を司る神が更新し続けている情報を『加護』で引き出しているのか。そういえば最初に精霊紋とやらを国民証に登録したが、それで情報を引っ張り出す個人を紐づけているという事になるな。
『その者は生前に、髪や爪や血などの体の一部を蓄え続け、死んだあとは自らの死体に何らかの処理を施し長期保存出来るようにし、そしてそれを仕組みが作動するギリギリまで薄めごく僅かずつではあるが、国民証や装置に混ぜ込んでいるわけだ。
ここからは想像だが自らの生体が無くなる頃には文明が発達し、情報のやり取りを自前の国で出来るようになると考えておったのだろう。素晴らしい知恵と工夫だ。』
おそるべきは人の知恵というやつか。
そういう話をしているうちに、俺の番が来て今度は問題なく検問をパス出来た。
いよいよ、皇都へ入るぞ。
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