第51話 猫に乗る
『さて、我の用は終わった。契約したお主に聞きたい、強大な力を得てこちらの世界で生活する事になったわけだが、何を目指しておったのだ?
世界を制する覇王か、悪を滅して回る英雄か、それとも悪逆の限りを尽くす魔王か?』
四つん這い状態から何とか立ち上がり、ベッドに座って答える。
「まずは東の方にある、ザレというそこそこ発展した都市を目指す。」
『ふむ、それから?』
「そしてそこで土地と建物を買う。」
『ふむふむ。』
「その後、薬屋を開いて『薬師の加護』で薬を作って販売し、最小限の労働で楽して生活する。」
『それで?』
「終わりだ。そこでゆったり生活して生きていく。とりあえずは、この世界でまだ見つけていない醤油なんかを作りたいな。」
ラグドールが盛大なため息をつく。
『なんだ、そのしょうもない目標は。』
しょうもない目標で悪かったな。大いなる力は貰っているが、大いなる責任を伴うのは困るんだ。
『まあ良い、お前がどうあろうと我が言った通り、多かれ少なかれお主には吉凶問わず面白いことが起こるだろうからな。今迄に出会った者どもも聡い者であればお主の力には薄々気付いておろう、そういう者から何かが来るやもしれぬぞ。』
「こちらの世界に来てからで、その最たるものがお前だよ…。」
『ハハハ、中々言うではないか。先ほどまでの慇懃な言葉はどうした?ただ、今の話し方のほうが我としては好みだな。』
「全然笑い事じゃねえよ。……もう連れ歩くのは仕方ないとして、その姿でしかいられないのか?霧のようになって空中を漂ったりとか、猫のままとしてももっと小さくなるとか、あるいは人みたいな姿になれたりしないか?」
『ふうむ、そんなに困るのか?この姿は祖から与えられし姿なのだ、いわば我が原型と言っても良い。この国一番の都市を観察すると稀ではあるが大川辺猫を連れ歩いている者がいた故、お主と連れ立って歩くなら都合も悪くあるまいと判断したのだが。
お主の問いに答えると、短時間なら可能だが霧になり続ける事は出来ぬ、我の魂の大きさからこれ以上に小さくなる事も出来ぬ。だが人みたいな姿にはなる事は出来るぞ。』
創作物でよくあるような、スーパー美少女に変身出来たりするのだろうか?
「ほう、人みたいにはなれるのか。具体的にどういう姿なんだ?」
『そうだな、皮膚の色が薄い青色で、背丈がお主のおおよそ2倍程の人だ。この元の姿に引っ張られるから顔は猫に似ているやもしれぬ。』
ああ、それなら似たようなのを映画で見たことがあるよ。車いすで生活している主人公が、自分の体を治すためとかで機械を通してその姿になっていたな。
劇中では原始的な武器で戦っていた記憶が薄っすらある。薄っすらというのは途中で寝てしまって中盤から終盤のストーリーが丸々分からないからだ。
「…俺はまだ皇国全土を知らないのだが、そういう人種がいたりするのか?」
『おらぬ。』
「じゃあもっとダメじゃねえか!ハァ~~~~、もう…。このままが一番マシって事か…。」
『おお、そうだ。今後我の呼び名が無いと不便だろう、お主が名付けしてくれ。』
「…元々の名前はなんだっけ、トゥゥツォ何とかかんとかだっけ…。こっちの言葉だと水の調整者だったか。じゃあミズーでどうだ?」
『安易な名付けだな…、まあ良い。今後は我をミズーと呼ぶが良い。ところで、夜も遅いから今日はもう寝た方が良いんじゃないか?』
なんてマイペースな奴だ。今日はもう寝ようぜと促してくる猫か…。
あー、モヤモヤするがこれ以上考えても仕方がない、とりあえず寝よう。
『我は眠らずとも良い存在ではあるが、お主は寝ないと健康を害するからな。しっかりと休むが良い。』
そう言うと、またどっかりと部屋の中で香箱座りをするミズー。
「………。」
お前が来なかったらしっかりと休めたよ、と思いながら眠りについた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目が覚めた、昨日のあれは全部夢だったのではないかという可能性にかけて右の手の甲を見てみたらマークがあった。
『目が覚めたか、今日はどうするのだ?』
部屋にでかいラグドールもいた。やはり残念ながら夢ではなかった。
昨晩は流石にすぐ寝付けなかったのもあり、寝入る前に状況を改めてじっくり考え直してみた。
とりあえず寿命が約2000年になってしまった、これはもう仕方がない。死んだ後の事など知らんと言っても、流石に国ごと消滅するのは気が引ける。
精神がそんなに保つのか心配ではあるが、この国でも300年400年経ったらテレビゲームが出来るようになってるかもしれない等、長く生きる事による希望もなくはない。
幸い、『老若の加護』と呼ばれる寿命に関する加護があるのは本になるぐらいには知られているのは分かっている。従って、『老若の加護』で年を取りにくいんですよがある程度なら通じるはずで、生活上も寿命がそこまでネックにはならないはずだ。国民証の記録面は気になるが。
次に、熊並みにでっかい喋るラグドールのような生物が漏れなく付いてくるという点だ。一応は災いから守護してくれるっぽいし、飼ってる人が稀ではあるが一応いるらしい大川辺猫のフリをさせれば何とかなるか?ただ、食費が跳ね上がるぐらい大食らいだったりすると困るな。
総合して考えると、まだギリギリではあるが『薬師の加護』で楽してスローライフの夢は潰えていないと判断した。当初の目標通り、皇都を経由してザレへ目指して進むと決めた。
宿を出て(宿の主には後から大川辺猫を連れ込むのは困るよと散々怒られ追加料金を払う事になったが)、馬車乗り場に向かう。
ミズーは俺の横を四つ足で歩いている。大川辺猫を連れているからか、行き交う人からじろじろ見られているのを感じる。
「見て見てお母さん、あのお兄ちゃん、おっきい川辺猫を連れて歩いてるよ!!」
「こらっ、指をさすのはやめなさい。」
……少し恥ずかしい。
馬車乗り場で乗合の馬車に乗ろうとしたが、
「お客さん、飼ってるんだろうけど流石に大川辺猫は乗せられねえよ。
後ろをついてこられても迷惑だし、悪いが他を当たってくれねえか。」
と、馬車にも乗れなくなってしまった。流石に今後の行程オール歩きは勘弁してくれないか…。
どうしようかと考えていると、ミズーが近寄ってきて俺にだけ聞こえる声で話しかけてきた。
『お主、馬車で移動するつもりだったのか。なんだ、それなら我が背に乗せて走ってやろうではないか。
水の調整者の背に乗る事が出来るなど、体験した者はこの世におらぬ幸運ぞ。』
歩いていくわけにもいかないから、そう言ってくれるなら今後はミズーに乗って移動するか。
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうか。ただ、振り落とされるぐらい速く走るのはやめてくれよ。」
『心得た。では我が背に乗るが良い。』
そう言われたのでミズーにまたがる、ふわふわしてはいるが何か若干ヒヤッとするというか湿っぽいというか、そういう感じがするのは水の調整者だからだろうか?
『では、しっかり捕まっておけ。』
ミズーが走り出すと、馬車を追い抜く程度には早い速度だ。
馬車よりも、ずっとはやい!!とでも言おうか。
「お父さん、あのお兄ちゃんおっきい川辺猫に乗ってるよ!!良いなあ、私も猫に乗りたい!」
「危ないから馬車から乗り出すのはやめなさい。」
……やっぱり、少し恥ずかしい。
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