第50話 契約

『加護』、そして俺と契約する理由については分かった、だが…


「私と貴方が契約すると具体的にどうなるのですか?」


『先ほど言った通り、寿命でお主が死んだとて『加護』の強力さ故に世界に大きな悪影響が出る。なれば、その寿命を幾分か延ばして世界に十分馴染ませれば良いというのが祖のお考えだ。

我と契約すると本来は水が自由に扱える力が行使できるようになるが、それを全て寿命の延伸に当てる。』


正直に言わせてもらえば、俺が死んだ後がどうなろうと知った事ではないのだが…。今の所、この世界にそこまで愛着があるわけでもないし。


「ちなみに悪影響と言うのはどの程度のものですか?」


『そうだな、今お主が死ねばこの町は勿論、州や国単位での消滅も有り得る。まったく、大いなる天主も何のつもりなのかは知らぬが、とんでもない事をしてくれたものだ。』


…俺ヤバすぎでしょ、これじゃ寿命時限式の地球破壊爆弾じゃないか。

「大いなる天主」は何を考えてたんだ、こんなのをポイと渡すなんて雑にも程がある。


『お主の持つ『薬師の加護』が病に対する強い耐性があるのは知っておるか?その耐性はいわゆる老化や老衰にも適用される。

我が知る限りでは、通常の『薬師の加護』、それもそこそこ経路が太い者による寿命延伸はお主らの時間単位でおおよそ10年20年という所だろう。

従って何も契約せずとも、お主の寿命は通常の人よりは長い。だがそれでも足りぬ故、我の力を全契約にて行使する。』


この世界の平均寿命がどれぐらいかは分からないが、どんなに行っても精々60~70歳ぐらいまでではないだろうか?

中世ヨーロッパや江戸時代を考えるともっと短い可能性もある。


ともあれ通常の寿命から10年20年伸びるという事は、『薬師の加護』で10~20%ぐらい寿命が延びる程度と考えて良いだろう。


『我と契約すると、その寿命延伸が5~6倍程度にまで伸びる。』


とすると本来80歳程度で死ぬところが、150歳前後ぐらいまで生きてしまうといったところだろうか?地球で見たとしても、世界最年長記録を更新してしまうレベルではあるが、それぐらいならさして大きな影響はないと思って良いか。


「契約した時に、悪い要素みたいなのは無いのですか?さっき説明してもらった精神に影響が出るとか。」


『お主はこの世界で生まれた魂ではない、故に我との契約においても精神への影響はほぼ無いと思って良い。』


「契約を断る事は出来ますか?」


『祖の命は絶対ゆえ断るなら、力づくで契約するつもりではいる。だが、どうしても嫌なら別の方法もあるにはあるが。』


「その方法とは?」


『影響が出ないぐらい深い水中や地中にお主を生かしたまま埋めてしまう方法だ。他に空の果てへ生かしたまま飛ばしてしまうという方法もある。祖は慈悲深い方ゆえ、流石にそれはやめてやれとおっしゃっていた。いざという時の最終手段ではあるがな。

そろそろ決断してもらおう。お主は人としては強大な力を行使できるが、さりとて我にとっては脅威でも何でもない。容易に制圧できる。我としては、出来れば穏便に契約を結ぶのが望ましい。さて、どうする?』


どうやっても契約を断る事は出来ないようだ。生き埋めにされるのは流石に嫌だし、寿命が少し延びるだけなら仕方ないと割り切るしかなさそうだ。


「…分かりました、契約します。」


契約した所でラグドール側には、だいぶ先に起こるかもしれない世界への悪影響を防ぐ事が出来る以外のメリットが無さそうだが、どういうわけかかなり嬉しそうだ。


『実に結構。では右手を我の前に差し出すが良い。』


椅子から立ち上がり、言われた通りに右手を差し出すと、その右手に向かって巨大ラグドールが右前足を差し出し、俺の手の上にそっと置く。

…皮膚のような感覚があるので、肉球があるようだ。何故???


ラグドールが何かをぶつぶつ呟きだすと、元々薄っすら発光していた体が強く輝きだす。そしてその光が俺の元に移ってきて、徐々に光が収まっていった。


『よし、これで契約は終わりだ。手の甲を見てみよ。』


右手の手の甲を見てみると、大体3センチぐらいの水滴のようなラグドールと同じ色のマークが付いている。


『その印が契約の証だ。では今後2000年ほどになるか、短い間だがよしなに頼む。』


「こちらこそよろし……………………、2000年???」


『む?お主の寿命である2000年程だが。』


「な、なんでそんなに寿命が延びるんだ!?」


『何を驚いておるか?説明したではないか、お主は比類なき強大な『加護』を行使する立場であると。

故に『薬師の加護』での寿命延伸もまた強大に伸びる、「通常」であれば10年20年だが、お主になるとおおよそ300~400年というところだろう。

それがさらに5~6倍になったのだから、約2000年というわけだ。簡単な理屈であろう?』


「な、な…!?」


『たった2000年程の寿命で何を驚くことがあるか、人ではないが数千年生きる種もおる上、我はその数万倍は存在しておるぞ。』


お前基準の判断はやめろ、人はせいぜい数十年しか生きねえんだよ!!

嘘だろ、俺この世界で2000年も生きていかないといけないのか…。

スローライフ(2000年)……。ダメだ、ゲロ吐きそう…。


『ああそうだ、ひとつ言い忘れておった。最初に「保護」と言った通りで契約もした以上、今後どこへ行こうとも我がずっとお主に付いていく事になる。お主の守護も祖の命ゆえ。』


「はあっ!?」


さらなる追い打ちを受けている俺とは対照的に、ラグドールはウキウキしているようだ。


『しかし楽しみだな、人の娯楽や食文化などに直接触れられるのは。我らは祖に人や生物への直接干渉は出来る限り避けるよう指示されておるのだ。

だが全契約を結んだ場合は、契約相手を守る義務が生じる故に行動を共にせねばならぬ。つまりお主を経由してなら堂々とそれに興じる事が出来る。

トールよ、我は食事などしなくとも生きられるが、味を楽しむのは嫌いではないぞ。』


「(こいつ、寿命やら守護やらもあるが、そっちも目的だったのか!?)保護、というのはこう少し遠くから見守る的なのは無理ですかね…?」


『駄目だ、言った通りお主を守護する事も契約に含まれている。突然死した際の処理も任されておるしな。

従って、多少の距離を少しの間離れるのは構わんが、基本的には行動を共にすることになる。契約した故、どこにいようともお主の場所や状況はつぶさに分かるようになっておる。しかし安心せよ、将来お前が番を見つけ一緒に暮らすことになっても我は許容してやる。』


そういう事を言ってるんじゃない、こんな巨大な猫を連れ歩き共に生活するのか、今後ずっと?マジで??

……クーリングオフ制度はありますか?


「…その、今からでもなんとか契約を一部変更するという事は可能だろうか?」


『無理だ、契約の破棄・変更は我かお主が消滅する以外の方法が無い。つまりお主が寿命で死ぬ以外に破棄される事は有り得ぬ。』


俺は膝の力が抜け、ガックリと四つん這い状態になった。

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