第48話 水の調整者

その声で飛び起きて、近くに立てかけていた槍を握る。

声がした方を見ると、昼に見かけたラグドールに似た巨大な猫が座っていた。


遠目から見た時同様に体全体はふわふわした薄い水色の毛で覆われている。顔の左右部分と耳が薄茶色、いわゆるハチワレというやつか。目は奇麗なエメラルドグリーンだ。色合いこそ違えど、見た目はラグドールそのものだ。


ラグドールは確か原種ではなく、愛玩用として人が掛け合わせて作った品種のはず。何故それに似ているんだろうか?


ただし見た目こそラグドールだが大きさは全然違う、こうして近くで見るとやはりかなりデカい、毛がふわふわしてるのもあってかライオンよりもだいぶ大きく見える。

なんだったら、俺ぐらいなら余裕で乗せて走れそうだ。

その体は少し発光しているようで、部屋に明かりが無いのにはっきりと全身が見える。


『警戒せずとも、こちらから危害を加える意思はない。まずは話を聞いてもらえないか?』


部屋には俺と猫しかいないので、喋っているのは猫で間違いないようだ。

落ち着いたやや低音の凛々しい女性のような声で、地球にいた頃に某ロボットアニメやゲームで見たパッツン前髪でお馴染みのハ〇ーン様の声に似ている。


しかし横目で確認した限りでは部屋のドアにも窓にも鍵はかかっているのに、どうやって侵入したのか?


『まずは自己紹介させてもらおう、我が名はトゥゥツォルンオミィイテテテヤインオノンスンウスヤエゥだ。』


「……なんだって?」


『…ふむ、人には発音しにくいか。人の言語で言えば「水の調整者」に該当する。』


「水の調整者??大川辺猫じゃないんですか?」


『うむ、大川辺猫とは全く異なる種だ。お前たちの理解する範囲で言えば、神性存在や精霊などに該当する存在と思ってくれ。

調整者という存在について聞いた事はないか?』


調整者、という名前には聞き覚えがある。なにでだったか……思い出した、王国で読んだ「加護の全て」という本だ。

あれに『調整者の加護』という名の加護が記されていたはずだ、確か何もない場所に木を生やす事が出来る加護だとかで。


「過去に読んだ文献に、何もない場所に木を生やす能力として『調整者の加護』というものが書かれていたのは見知ってはいます。それと何か関係が?」


『ほう、調整者と契約していた者が記録されておったか。それは、おそらくどこかの『森の調整者』だな。我からするとかなり下級の調整者だ。』


「それで、『水の調整者』の貴方はどうやってこの部屋に入り、何の用で俺に話しかけたのか教えて貰えますか?」


『一つ目の設問について答えよう。我は名の通り、この世のありとあらゆる水を自在に調整する事が出来る。

つまり我が体を水のように変化させることも出来る。故に僅かな隙間でもあれば簡単に侵入出来るというわけだ。』


そう言うと、右前足を液状化させて見せる。


なんだそれは、それが本当なら人の体内の水の調整も出来るという事だ、つまり干からびさせ一瞬で殺す事が出来る。

体を水のように変化させられるならこちらの物理攻撃も無効化されてしまうだろうし、毒が効くとも思えない。


事実、体を液化するのを見たし、鍵がかかったこの部屋に簡単に侵入されている事から考えても言っている事が嘘ではないだろう。

加護のあるなしに関わらず人ではとてもじゃないが太刀打ちできるレベルの生物ではない可能性が高い。思わず槍を握りしめる力が強くなり、冷や汗が流れる。


こちらの考えが分かったのか、猫はニヤリと笑ってさらに続ける。


『何、恐れる必要はない。先ほど言った通り、我はお前に危害を加えるつもりはない。むしろ保護しに来たのだ。』


「(笑う猫、地球だったらバズったかもしれない)保護をしに来た、とは?」


「それこそが、お主の二つ目の設問の答えになる。我は祖の命に従ってお前を保護、具体的にはお前と契約を結びに来たのだ。』


「契約…。私としては加護は十分間に合ってるんですが。」


『ふうむ、我と契約を結ぶ事が出来るなどそうそうあることではないんだがな。

まあ良い、実の所契約を結びに来たのはお前が間に合っていると言う、その『薬師の加護』が原因なのだ。』


「やはり、私の加護をご存じですか。」


『いかにも。そなたの中身いわゆる魂はこの世界の人ではない事、大いなる天主から直接『薬師の加護』を授かった事も知っておる。その上で、契約を結びに来たというわけだ。』


「契約を結ばない、という選択肢は無いというわけですか。」


『なあに、お主にとっても悪い話ではないぞ。だが、その様子では理屈も分からず契約を結びたくはなかろう。

そういえば、名前を聞いていなかったな。お主、名前は?』


「(そこまで知っているのに名前は知らないのか)トールです、トール・ハーラー。」


『ハーラーは家名か。では、トールに問う。加護とはどういうものかお前は知っておるか?』


「神から与えられる特殊な能力で、色んな種類、効果の大小があり、使用回数も制限がある。ぐらいなら。」


『神から与えられる、か。なるほどな、やはり加護についてそこまでこの国では知られておらんのだな。

国の中枢や、天神教なる宗教の上層部なら知っておるのやもしれんが。』


「と言うと、実際には中身としては違うものということですか?」


『うむ。まあ良い、夜はまだまだ長い。円満に契約を結ぶためにも説明してやろうではないか。まずは神性存在についてから説明せねばならぬか…。』


そう言うと、水の調整者を名乗る巨大ラグドールは、床にどっかりと香箱座りした。説明する気満々なようだ。


こっちとしては別に説明も要らないし、むしろ早急にお引き取り願いたいが経緯から察するに、契約しないと帰ってくれなさそうだ。某テレビ局の集金や消防署の方から来た消火器売りのインチキセールスマン、がふと頭をよぎる。


とりあえず説明とやらを聞くしかなさそうだ。

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