第47話 川辺猫
あの後、オットヴァの町に戻り俺を含めた討伐隊に参加した者は、また1週間隔離される事になった。結果として、俺は屍人病に感染する事は無かった。
詳しくは聞いていないが、屍人から攻撃を受けた人たちについてはやはり発症した人もいたらしい。
そのあたりのアフターケアや、責任についてはこれからアスペルマイヤー家やこの町の総合ギルドが順次対応していくのだろう。
そういえば、あれからウドが自ら訪ねてきてねぎらいの言葉と共に、総合ギルドとアスペルマイヤー家からだと報酬を手渡してきた。金札10枚(約100万円)だった。妙に多い気がするが何か別の報酬も入ってないか?
ただ実働時間こそ1日ちょっとだったが、仕事内容からこれを高いと見るかは微妙だと思う。個人的には二度とやりたくない仕事だ。
ただ、その後アスペルマイヤー家に仕えないかと熱心に打診されたので、ウドがわざわざ訪ねてきたのはそっちが本当の目的だったようだ。お抱えの薬師が死んでしまったのもあるのか必死だったが、もちろん丁重にお断りさせていただいた。
この町に留まり続ける理由もないので、隔離から解放される日の早朝、ザレを目指して再び東へ進む旅を再開した。
途中しばらく滞在する予定の皇都ベルンまでは馬車を乗り継ぎして数日で到着するはず。
今日の到着予定地は、川べりの町コブレンツだ。
皇都ベルンの西には、非常に大きなオーデルン川という名の川が流れており、これがベルンの水瓶になっている。
この川は北にある山脈から流れてきており、皇国を東西に分断するように流れているため、西から王国や小国群が攻め込んできた時の天然の濠になるわけである。国力的にそんな事は万一にも無さそうな気はするが。
川には大きな橋が架かっており橋を渡った皇都側に比較的大きな町がある、それがコブレンツだ。
予定通り、昼過ぎに橋にさしかかった。
馬車から覗くと、川べりには座ったりねそべったりとそれぞれリラックスしたスタイルをした多くの猫がいるのが見える。
この世界にも猫がいるのは知っていたが、えらい数が多いな。
猫を珍しそうに見ていた俺に気付いたのか、御者が声をかけてくる。
「お客さん、オーデルン川名物の川辺猫を見たのは初めてかい?」
「川辺猫?」
「川べりにいる猫たちの事さ、あれでも一応七級害獣なんだぜ。」
ただ単に川辺に住んでいるだけの猫じゃないのか?
「襲い掛かってくるような危ない害獣の気配は全くないですが、害獣なんですか?」
「まあ確かにその通りで、割と人慣れしてるし、近くに行くとエサをねだられたり撫でろと言わんばかりにすり寄ってきたりはすれども、襲い掛かってくる事なんてないんだけどな。
ただ、奥を見てみな。かなり大きい川辺猫がいるだろ?」
そう言われて、よく見てみると確かにかなり大きいサイズの猫が数匹いる、ぱっと見でライオンぐらいのサイズがありそうだが…。
「あのでっかい猫が大川辺猫って呼ばれている五級害獣でな。奴らは『水の加護』を持っている。あれも基本的には大人しい。
だが同族の川辺猫に悪さしたりするとあの大川辺猫が加護を使って復讐してくるから、一応は川辺猫も害獣扱いになってるんだ。
まあ、よっぽど酷いことをしない限りは復讐と言っても大けがを負わされたり殺されたりするわけではないらしいけどな。そういや皇国は大川辺猫を侵略された時の防壁の一つと考えてるって噂もあるぞ。」
「へー、なるほど。そういうことなんですね。」
川辺猫の見た目は、日本で見かける普通の猫にしか見えない。毛色も三毛だったり茶色だったりと別段珍しくない。
大川辺猫はそれがそのまま大きくなったという感じだ。
眺め続けていると、明らかに見た目が異なる大川辺猫が一匹いるのを見つけた。
地球にいた頃、歯磨きされて目を見開いていく猫GIF画像で見かけた種、たしかラグドールだったかに酷似している、毛色は薄い水色だ。
しかもその大川辺猫はお座りスタイルでこちらを凝視しているように見える。
「…御者さん、奥にちょっと見た目が異なる大川辺猫がいるようですが?」
「ん、どれだい?ああ、あれか。言われて見りゃ、確かにちょっと違うなあ。でもまあ同じ猫だし、たまたま見た目が違うだけだろう。」
「そうなんですかねえ。」
「ああ、おそらくな。そういえば、皇都じゃ川辺猫を飼ってるって人も珍しくないんだぜ?中には大川辺猫を飼ってる人もいるとか、大川辺猫は飼いならすと背中に乗せて走ってくれるって話だ。」
「へえ、飼う事も出来るんですね。」
「ああ、なんでも総合ギルドの方で飼育用の手続きが必要だそうで………。」
他愛もないお喋りをしながら、橋を渡っていく。
橋を渡っていく一台の馬車を、大きな影が凝視している。
『ふむ、祖がおっしゃっていたのはあれか。直接見て分かった、あの光は確かに間違いない。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのまま特に問題なくコブレンツに着いた。今日はここで一泊だ。
そういえば、皇都に近づくにつれ宿泊費が増えていっているのが少し気になる。この辺りは需要と供給という事なんだろう。地球にいた頃に勤めていた会社でも支給される宿泊費が東京と大阪と地方都市で違っていた事をふと思い出した。
ちなみに今日泊まる宿は7銅貨(約7000円)だ。
この宿も水洗トイレが付いている、こちらに来て幾度となく思ったがやはりシャワートイレが欲しい。ぼっとんじゃないだけマシなんだろうが、人は満たされると次が欲しくなる生き物なのである、仕方がない。
食事を外で済ませて、宿に戻り特に夜更かしをする理由もないので、早々にベッドに入る。ウトウトと微睡んできた頃、部屋に声が響く。
『夜分に失礼させてもらう。』
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