第45話 薬師 対 傀儡

ゆっくりと動き出す屍人たちに、持っている槍を強く握りしめる。


「(『薬師の加護』の耐性で屍人病を防げる確信が無い以上、出し惜しみするのは得策じゃない。)」


馬の上でウドは狼狽している、隊長殿はマジで何をしに来たんだ…。

護衛者二人はそんなウドの脇を固める。


「薬師、ギルド職員、荷物持ち!悪いがウド様を守るだけで手いっぱいだ、お前たちを守る余裕はない!自分たちの身は自分たちで何とかしろ!」


「あらら、護衛者さんは冷たいんですねえ。では、まずトールさんから死んでもらいましょうかね!」


フロレンツの声と同時に屍人が文字通り跳躍して飛びかかってくる、人とは思えない跳躍力で高跳びなら余裕で世界新を狙えるレベルだ。

フロレンツは屍人の力を引き出せるみたいな事を言っていたが、常人がこんなに飛ぶ事が出来るわけがないからその通りだったようだ。


「はあっ!!」


槍を思いっきり振り払うと屍人にクリーンヒットし、そのまま数メートル吹っ飛ばした。続いて、その後ろから飛びかかってきた二体目も、返す刀で斜め上に斬り上げる。斬ると血が飛び散るのでもちろんどちらも峰打ちだ。

二体は起き上がってきそうにない。


それを見たフロレンツが目を見開き驚いている。


「なんて力だ…。トール貴様、害獣が少し狩れる程度の薬師じゃなかったのか!?くそっ、ウドを攻撃しろ!」


操られた屍人の何体かが、回り込みウドに向かって攻撃を仕掛ける。

ウドは剣も抜かず馬の上でオロオロしているだけだが、護衛者が屍人たちを何とか留めているようだ。ただ、そっちも時間の問題だろう。


さっさとフロレンツと取り巻きの屍人を片付けた方が良さそうだ。

フロレンツは屍人の向こう側、ガッチリガードされてるな。屍人から片付けるか。


フロレンツの意識がウドに向いた隙に、すかさずコートの内側に隠していた、加護を隠すためのダミー用として使っている小麦粉が入った小袋を何袋か投げつけると同時に『薬師の加護』でマテンニールとトリカブトを空間散布する。


「ガァッ!?」

「ギャアッ!?」


空間散布を食らった屍人たちは、叫び声を上げて目を押さえている。

一番最初に出会った屍人は怪我に構わず襲い掛かってきていたが、少しは痛覚も残っているということか。


屍人とは言え、あくまでもベースは人間なようだ。皮膚刺激性が強い劇薬になるマテンニールは効果があった。

なら、じきに毒薬のトリカブトも効いて絶命するはず。


「何を投げつけた!?くそっ、トールを殺れっ!!早く!」


指示をするが、屍人たちは目が見えないためかウロウロしながら闇雲に手を振り回すのみだ。屍人になったら熱感知出来るとかじゃなくて良かった。

まごついている間にフロレンツに素早く近づく。


「お前ら俺を守れ!!」


それに気づいたフロレンツは空間散布でやられず残っていた三人の屍人に進路をブロックをさせ、同時に踵を返して全速力で逃げ出した。


「(効果範囲の10メートル以内にいるっぽいから間に合うか!?)」


小麦粉を投げている余裕が無いので、マテンニールとトリカブトをフロレンツの前に散布する。だがフロレンツはそれに構わず走っていった。


「(うーん、間に合わなかったか…。大勢の屍人と合流されると厄介だぞ。)」


ブロックした屍人が襲い掛かってくるが、槍をフルパワーで横薙ぎにして二体同時に吹き飛ばす。残った一体は石突で力任せに付き飛ばした。

『薬師の加護』も有り難いが、この槍は本当に使える。


ウドを守っている護衛者の一人が叫ぶ。


「おいっ、薬師!!そっちが何とかなったならこっちを助けてくれ!!もう限界だ!!」


…さっきは自分の身は自分で守れみたいな事を言ってたくせに随分と都合が良い。

だが見殺しにするわけにもいかないから、助けるしかないか。


見ると馬の上で震えているだけのウド、それを守るように両サイドにいる二人の護衛者の周りに5人の屍人が取り囲んでいる。

剣を振り回したり、盾で防いだりしながらウドに近ごうとするのを何とか抑えている。護衛者二人はしっかりした金属鎧を着ているのもあってか、噛まれたり引っかかれたりはしてないようだ。


そう言えば、他の人たちは大丈夫なのかと思ったらフロレンツの命令が『ウドを襲え』だったのもあってか、荷運びの人や総合ギルドの人は襲われていないようだ。

少し離れたところで固まってじっとしている。

ここは『傀儡の加護』が良い方向に働いたらしい、薬師のおじさん達も逃げなければ助かったかもしれないな…。


「(マテンニールの空間散布をすると、護衛者やウドも巻き込みそうだから使えないな。)」


ウドの方に向かって走り、その勢いのまま槍の石突を胸部分に突いて屍人一体を突き飛ばす。さらに近くにいたもう一体も横に薙ぎ払う。


あと三体、と思っていたら屍人が急に何かが切れたようにポカンとした様子になり、動きが緩慢になる。


「理由は分かりませんが好機ですよ、護衛者さん!!」


「心得たッ!!」


護衛者の一人が、一体の屍人を剣を上から斜めに振り下ろし肩口を切り裂く。

それをやると血が飛び散って感染の危険があるが、それを言ってる場合ではないか。


もう一人の護衛者が、金属製の盾を構えて力任せに体当たりをして突き飛ばす。

もう一体の屍人は、俺が槍で薙ぎ払った。


マテンニールとトリカブトを食らわせた屍人たちは既に絶命したのか、その場で倒れていた。様子を見たが、どの屍人たちも起き上がってくる気配は今の所無い。

これで全部の屍人を片付けることが出来たと思って良さそうだ。護衛者の一人が、倒れた屍人たちを確認しとどめをさして回っている。


屍人の動きが少し緩慢になったのはおそらく、フロレンツが自称していた『傀儡の加護』の効果が切れたからか?

ただ現時点で距離が離れた事によるものか、フロレンツ自体が死んだのかは分からないが。


「ウド様、お怪我はありませんか!?」


護衛者が確認するが、幸い逃げた人たち以外についてはウドも他の人も屍人から傷を受けた人はいなかったようだ。

ウドが安堵のため息をついているが、俺がすかさずウドに言う。


「ウドさん、一息ついている場合じゃないですよ。戦闘部隊は今も戦っているんです。フロレンツが『加護』を使って屍人を強化しているのなら早く何とかしないと!」


そうだったと思い出したウドが慌てだす。


「ト、トール殿。どどどどうすれば良いんでしょうか?」


俺に聞くんじゃねえよ、それを判断するのが隊長のお前だろうが…。

文句を言ってもらちが明かないので仕方なく進言する。


「まずはフロレンツを追いましょう。奴が死ねば事態は多少なりとも好転するはずです。」


「確かに!!我らは屍人に注意しながらフロレンツが逃げて行った方向へ奴を追いかける事とする!」



残った後方部隊でフロレンツが走っていった方向にしばらく進んでいくと、フロレンツがうつ伏せに倒れていた。

注意しながらひっくり返すと、泡を吹いて絶命していた。どうやら空間散布したトリカブトは効いてくれたようだ。


「私が屍人に撒いた毒を、フロレンツが吸っていたようですね。」


「それで奴の加護が消え去り屍人の動きが緩慢になったのだな。トール殿のおかげで助かった。」


馬上からではあるが頭を下げてウドが俺に礼を言う、創作物だと貴族がそこらの平民に頭を下げるイメージが無いが、この世界だとそうでもないんだろうか?

ユリーはそんな感じじゃなかったので、ウドだけな気もする。


「礼より、戦闘部隊の様子を見に行った方が良いと思いますが。ただ、最悪全滅している可能性もあるので様子を見ながら行きましょう。」


「確かに。ではトール殿の言う通り、様子を見ながら戦闘部隊の方に戻る事とする。」


フロレンツの事は置いといても、誰がこいつを隊長に選んだんだ…。

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