第42話 頼りない隊長

あれから二日後の早朝、言われた通りオットヴァの町の入口に向かった。

入口には衛兵や害獣狩人っぽい人たちが既に集まってガヤガヤしている。

見渡すと見知った顔があった、ジギスムントだ。


向こうもこっちに気づいたらしく、近づいてくる。


「よお、トール。お前も呼ばれたのか。」


「薬師として後方部隊に呼ばれてしまいまして、正直なところ参ってますよ。」


「ああ、そういう事か。俺も屍人とは言え、元々はただの村民だろう人と戦うのは気が引けるよ。

後方部隊ならまず大丈夫だろうが、お互いやられないようにだけ気を付けようや。」


手をヒラヒラ振って、ジギスムントは参加者の確認をしている衛兵の方に向かって行った。

俺もあっちに行かないといけないのかなと思っていたら、おもむろに大きな声があたりに響く。


「オットヴァ町屍人討伐部隊・隊長、ウド・アスペルマイヤー卿のお越しである!!皆の者、注目!!」


周りも含めてなんだなんだと声がする方を見ると、立派な白い馬を引いている執事風の恰好をした白髪の爺さんが声をあげたらしい。

引かれた馬に乗っている人を見ると、茶髪におかっぱ頭でずんぐりむっくり体形の、見るからに甘やかされて育ちました感バリバリのお坊ちゃん風の男が乗っている。

頭以外は銀に光る立派な鎧を纏い、腰には帯剣しているが全く似合っていない。


「我がウド・アスペルマイヤーであり、屍人討伐部隊隊長である。

本日は我の指示に従って行動することをゆめゆめ忘れるでないぞ。」


言い方は尊大極まりないが、声が小さく目もキョロキョロと泳いでいる。あまりこういうのに慣れてないんだろうか?


そんな中、執事っぽい人だけがウンウンと頷きながら拍手をしている。

見た目と言動からすると、テンプレートのような無能隊長にしか思えないが、実際は有能パターンだと嬉しい。


よく見ると馬の少し後方に、一昨日に俺の部屋に来た副隊長のフロレンツがいるがばつが悪そうな顔をしている。その顔から判断するに、実際にも「アカン」奴なんだろうな。


周りを見ると、害獣狩人からは明らかに白けムードが漂っている。

そんなムードはお構いなしに、馬を引いてきた執事が続ける。


「後方部隊員は、ウド様を必ず守るように。貴様らとは違い、ウド様は七級貴族アスペルマイヤー家に連なる者、つまり皇国にとって極めて貴重な人間である。

その事を心にとどめ置くように!」


フロレンツは小さくため息をついている。


この人なんでモチベーションを下げるような事を言うんだろう、と思っているとフロレンツが手をあげて声を出す。


「後方部隊員はこちらに集まってくれ、点呼を取りたい。」


後方部隊は、まず一応隊長のウドと副隊長のフロレンツ、多分フロレンツが実質の隊長なんだろう。

薬師が俺を含めて二名、ただしもう一人の薬師のおじさんは戦闘経験がほとんど無く、屍人と戦うなんてとてもじゃないが無理との事だ。


この手の討伐に普通の薬師が参加するのはほぼ無い超レアケースなので正直驚いた。戦闘が出来ない時点で強制参加させられることはほぼ無いし、そもそも薬師が貴重だからだ。

だからこそ、俺にお鉢が回ってきてしまっているわけだが…。


薬師のおじさんに聞いてみると、どうも普段からアスペルマイヤー家にかなりお世話になっているらしく断り切れなかったようだ。部隊の薬師と言うよりはウド専属の薬師という立場での参加との事で、部隊の手当ては君が全てやってくれたまえと、さも当たり前のように言われてしまった。


聞いた話から総合的に察するに金銭的な意味でアスペルマイヤー家とズブズブの関係、という事だ。ウドの万一を考えて、ウドの親なり後見人なりが手配したんだろう。


他に荷物持ち要員が数名、総合ギルド職員、アスベルマイヤー家が雇った五級護衛者二人の総勢で10名程度が後方部隊になる。

執事の爺さんは荷物も装備も持っておらず、ついてこないようだ。


討伐のメイン戦闘部隊は、武装した衛兵と五級以上の害獣狩人で構成されている。

見る限りでは、先日の大討伐依頼の時よりも精鋭が集まっている印象だ。

触れられるとまずいのもあってか、金属鎧を全身に纏った人、槍や弓を装備した人が多い。


今回の作戦は、イリンゲ村の周囲にある町村それぞれに構成された部隊全員で、途中の道で屍人を撃破しながら進み、イリンゲ村で全部隊が合流、最後は全員でイリンゲ村にいる屍人を全て殲滅する予定である。

これまでの調査で、村の外へ出た屍人病患者はそれほど多くない見込みだそうだ。


死体については今日の所は、場所場所で集めておき、明日以降に村へ運んでいって埋葬なり火葬なりする計画になっている。村が全滅している予測なので村ごと墓場にしてしまう、つまり廃村にするんだろう。


しかしこれ、実の所やってる事は屍人病の患者、つまり人の大量虐殺に他ならない。

救う手段が無い以上どうしようもないが、前世も含めて過去一で気が向かない仕事だ。おそらくみんなそう思っているだろう。


点呼も終わり、出発するようだ。


「では、しゅっ…」


執事がフロレンツを睨みながら、号令を遮る。


「フロレンツ君!!何故君が仕切るのかね!?」


「えっ、あぁ…申し訳ありません。」


フロレンツはウドに向かって礼をしながら謝罪する。


「ふんっ、分かれば良い。ウド様がこの部隊の隊長なのだからな、指示はウド様が出す!!」


「はっ。」


視線が自分に集まってるのに気づいたウドが、ハッとしたように出発の掛け声を出す。


「では、出発…。」


ウドの号令がかかり、部隊員が行進を始める。


声が弱々しくてなんか頼りないなあ。

フロレンツを見ると、苦々しい顔をしている。ただ、苦々しさの中に憎しみのような感情が見えるような…?


こっちが見てるのに気づくと小さい声で、


「本当にすまない…。」


と後方部隊員に謝罪する。

中間管理職はいつの世も苦労するんだなあ。フロレンツは将来ハゲるかも。


とりあえず、不安いっぱいの門出となった。

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