第41話 希望しないお誘い
門で止められてから五日が経った。
乗客は勿論、俺やジギスムントも屍人病らしき症状を発症する事は無かった。
念のため、一週間までは隔離されるらしいがもう安心していいとの事だ。
ただし件の御者は除く、だが。
落ち着いたところで屍人病について考える。
前に試した通り、『薬師の加護』には「作り方が分からない薬を頭に思い浮かべると、薬に必要な材料および調合方法が分かる。」という能力がある。
なので、もしかしたら屍人病の特効薬が思い浮かぶかもと考え試してみたが、必要な材料も調合方法も全く分からなかった。つまり、そのような物は無いという事だ。
もしかすると屍人病はそもそも病気では無いのかもしれない…。
止められてから六日目の朝、俺は宿屋の部屋で独りごちる。
「文化的スローライフに向けて東に向かっているはずだが、厄介事に巻き込まれてどんどん遠ざかってる気がしないでもない…。」
ため息が出る。
ため息が出ると幸せが逃げるらしいが、ため息が出る前から幸せが逃げているような。
『薬師の加護』と強力な武器を入手できたのは幸せではあるか。
今日も皇国執行令とやらで外出は出来ないから部屋でゆっくりするかと思っていたら、ノックされドアの前から声をかけられる。
「トール殿の部屋はこちらか?」
「はい、そうですが。」
「少し話があります、中に入ってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。」
軽鎧を纏った男が入ってきたので、椅子を勧めると腰かけてから話しかけてくる。
「トール殿、初めまして。私は、オットヴァ町の屍人討伐部隊副隊長のフロレンツと申します。
屍人の大々的な駆除作戦については既に御存じと聞いております。」
「ええ、イリンゲ村で大量に発症者が現れたとされる屍人の対応だとかで?」
「それです、それについてトール殿に伝達事項があります。なお、これは皇国執行令になります。」
「(ただ旅してるだけなのに定期的にこの手のイベントが起こるのは何故なのか…。加護が絶対に悪さしていると思う。)」
「お察しかと思いますが、屍人討伐部隊への参加要請が出ています。
屍人病は治す手段がありませんが、薬師として後方部隊に待機いただきます。
四級薬師な上に、屍人との戦闘経験がある害獣狩人である事から総合ギルドより推薦がありました。」
「…皇国執行令なので実質強制ですよね?」
今となっては手早く金を稼ぐために四級まで薬師の等級を上げたのと、薬の原料を取るついでに獣を狩る事もあるからと害獣狩人になったのは間違いだったと思っている。
そう、皇国では俺が思っていた以上に『それなりに獣も狩れる薬師』が希少な存在だったのだ。が、もう手遅れも手遅れだ。
「はい、そうなります。トール殿にお願いしたい業務としては、まず最初に屍人による直接攻撃以外による負傷の治療です。
もう一つが後方部隊員全員の業務になりますが、討伐部隊長の護衛です。」
「前者は分かりますが、討伐部隊長を護衛するとは?」
フロレンツは少しバツが悪そうな顔をする。
「今回の討伐には、戦闘経験が浅いとある方が討伐部隊長になる事が決まっております、それ故です。
後方部隊がまず襲われる事は無いと思いますが。」
「なにか引っかかる物言いに聞こえますよ。普通、屍人の討伐部隊長本人が屍人と戦う能力がないなんて事考えられないと思います。」
「我々としてもこれに関しては申し訳ないとしか言いようがないのです。
その辺の事情は当日になればご理解いただけるかと思います。」
地球でよく見た創作物なんかだと、貴族のクソ雑魚子息みたいなのがお飾りの部隊長をやってたりする展開をよく見たけど、まさかそれだったり?
「屍人は夜になると動きが活発になるため、一両日中に一気に討伐する計画になっております。
既にここオットヴァの町を中心に、近隣の町村で討伐隊が結成済みで、明後日に全部隊でイリンゲの村を囲うような形で一気に殲滅します。
なので、トール殿も明後日の早朝に町の入口にお越しいただきたい。」
「強制ならやむを得ないですね、承知しました。」
「水・食料・薬類はこちらで用意しますので、トール殿は戦闘の準備のみしてから来て頂きたい。
報酬については総合ギルドから支払われます。それでは当日はよろしくお願いいたします。」
一礼して、フロレンツは部屋から出て行った。
まーた面倒ごとに巻き込まれてしまったな、スローライフを送れる日はいつ来るのか?しかし討伐に加わる事はもう決定してしまったので、屍人討伐戦について考える。
屍人病のおそらく末期症状になった患者でも映画やゲームで見るようなゾンビというにはほど遠く、見た目はほぼ人間なので攻撃するのは若干の抵抗がある。
だが狂犬病患者同等の人間が襲い掛かってくるとなると対処はやむを得ない。
攻撃されて感染したとしてもワクチンのようなものがあれば、すぐ対処することで末期症状が出るのは防げるのかもしれない。
だが治療法が無いとされている時点で、皇国にそんなものがあるわけは無いだろう。そもそもウイルスや菌という概念すら無さそうな気がする。
俺については鋼蚕の糸による極めて頑丈な服を着ているので、多少の攻撃では皮膚まで届くことはない上に、
『薬師の加護』のおかげでウイルス耐性は常人より圧倒的に優れているから、常人よりははるかに安全性は高いだろう。
だが、発症しないと決まったわけではないので用心が必要だ。
こうなってしまった以上は、屍人の討伐がつつがなく終わる事を祈ろう。
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