第39話 屍人
ヒルデスの町を出て、レムシャント州を馬車で進む。
いくつかの町を経由してようやく皇国管理区域近くの町まで着いた。
次の日の馬車でようやく入れる。
ゾーゲン皇国の皇都はベルンという名前で、皇国管理区域の中央に位置する巨大都市だ。皇帝の居城、総合ギルドの本部、天神教本部などもここにある、まさに皇国の中枢とも言える都市になる。
皇国における文化の中枢地でもある、最終目的地はアーヘン州のザレだがここにはしばらく滞在する予定にしている。
本当はもっと早くここまで来る予定だったが、ヨダ村の件と銀色狼の大討伐依頼の件で1週間以上遅れが出ている。
急いでいるわけではないので遅れが出たところで困る事もないわけだが、厄介事に絡まれるのは勘弁してほしい。
さて、考え事もほどほどに今日はそろそろ寝よう。
朝早くに出る馬車に乗って、街道を進む。皇国管理区域はここまでとは違い、入るには検問を超える必要がある。
州境には3メートルぐらいの石を積んだ塀がめぐされており、衛兵が数人いる門がある。州境全域に渡って塀があるんだろうか?
検問と言っても、顔の確認と国民証を渡してそれをチェックしてもらうだけだ。
「よし、この馬車にいる者は問題ない。通って良し!!」
馬車に乗っている全員が問題なかったようだ、馬車が門を通って皇国管理区域に入る。と言っても、道の舗装具合などはここまでと大差ないが。
夕方には、目的としていた町に着いたがこれもまたレムシャント州の町の装いと大して変わらなかった。
次の日も早朝に馬車に乗って、次の町に向かう。
滞在するのは皇都ベルンに入ってからの予定で、そこまでの道のりは今まで通り馬車の乗り継ぎになる。
昼を過ぎてからだいぶ経って、馬車に乗った他の人も含めまったりした時間を過ごしていた。そろそろ目的地の町が見えてくるかと思った頃、突然大きな声が響く。
「なっ、何だお前らは!!盗賊か!?」
大声をあげたのは御者の様だ、30メートルぐらい先だろうか十人ぐらいの集団が道の中央にぼーっと立っている。
遠いのではっきりとは分からないが、盗賊にしては武器や防具は身に着けていない。
「(盗賊にしては装備が貧弱なような…?)」
そう思っていたら、集団がこちらをめがけ歩いて近寄ってくる。
近づくにつれ見えてきたが、髪はボサボサで服はボロボロだ。
何人かは目に見えて重傷と思われる傷もあるのに構わずこちらに向かってきているように見える、どう見てもまともな人じゃない。
馬車に乗っている剣と盾を持っている狩人のような人が叫ぶ。
「おい…、あれはもしかしたら屍人じゃないか!?」
途端に馬車の中が屍人という言葉にパニック状態だ、泣き叫ぶ者、震えて丸くなっている者、あたふたしている者など…
「(屍人ってなんだ?該当しそうなのはキョンシーと、あとは昔やったゲームでしか聞いたことが無いが…、ゾンビみたいなものだろうか?)」
狩人のような人が、俺に声をかける。
「あんたは随分冷静なようだが、立派な槍を持っている所を見ると害獣狩人か?俺は五級害獣狩人をやっているジギスムントってもんだ。
とりあえずあいつらを無力化しねえと、馬車にいる奴らが全滅しちまう。」
「あれは一体なんなのですか?」
「俺もよくは知らねえ。何かの原因で突然発症する屍人病って病気になった人間の末期症状と特徴が一致してる、そしてそうなった人間を屍人って呼ぶんだ。
まず最初に風邪のような症状が出て、それからさらに3日ほど経つとやがて目が真っ赤になって同時に凶暴になり話も出来なくなる。そうなると見境無しに人でも獣でも襲い、そして食っちまうらしい。」
「(この世界にも風邪ってあるんだな)とすると屍人と呼称してはいるものの、あれらは一応生きた人間という事ですか?」
「ああ、だが感染した時点で治す方法が無いって話だ。その上、奴らに噛まれたり引っかかれたりした奴も発症する事があるって聞いてる。とりあえず、奴らを排除するしかない。皇国の法律上でも屍人の武力排除は罰せられる事も無い。」
「(人を食うまで行くならゲームで出てきたゾンビになるウイルスとかが思い浮かぶが、この世界なら『加護』が関係しているのかも?もっと現実的な路線なら、狂犬病のような病気なのかもしれない。
俺は『薬師の加護』で圧倒的なウイルス耐性があるはずだから、万一やられても大丈夫か?確信は無いが。)」
馬車に残ったところで意味が無いので、ジギスムントと共に馬車の外に出る。
外に出て、御者台を見ると誰もいない。辺りを見回すと御者の男は道から外れた方に走って逃げていくのが見える。おいおい、いのちをだいじに作戦なのかもしれないが客を置いて自分だけ逃げて良いのか。
「争う意思がねえなら、止まれっ!!」
ジギスムントがこちらに近寄ってくる集団に大声で話しかけるが、誰も全く止まる気配が無い。よくよく見ると確かにジギスムントが言った通り、彼らの眼の白目部分は完全に真っ赤だ。
「駄目だ、やはり屍人に違いねえ。仕方がない、全員殺すしかない…。悪いがあんたも手伝ってくれ。」
戦わざるを得ないのは分かったが、斬ってその血がこっちに飛んでくるのは避けた方が良いな。
幸いこの槍は刃がない部分もあるタイプのグレイブのような槍だ、刃のない側で叩いてぶっ飛ばすか。
これも一応峰打ちって言うんだろうか?
「はッ!!せいっ!!」
脳のリミッターが外れているのか見た目よりは力が強いようだが、ゾンビ映画やゾンビが出るゲームのように運動能力や再生能力が飛躍的に上がるわけではないようだ。
こちらに襲い掛かってくる人を、向こうの素手攻撃のアウトレンジから槍のリーチを利用し振り回してどんどん吹っ飛ばしていく。
吹っ飛ばした人はとりあえずは起き上がって来ない
俺以外には80kg以上の重さを感じる特殊な槍だから、刃で斬らずとも筋組織や内臓がズタズタになっているからだろう。
俺に向かってきた数人をぶっ飛ばして、一息ついたところでジギスムントの様子を伺う。
「だあっ!!」
ジギスムントは片手に装備した盾を使ってうまく捌きつつ両刃の片手剣で、向かってくる人を斬っている。
そこそこ強いが、アライダはもちろんの事、ユリーやゲーアルトにも遠く及ばない腕のようだ。
よく見ると飛び散った血が少し外套に付いているようだが大丈夫なんだろうか、念のためあまり近寄らない方が良さそうだ。
二人で何とか全員を始末できたようだ。ジギスムントが息を切らしながら声をかけてくる。
「はーっはーっ…、あんた若いのに随分強いんだな、余裕じゃねえか…。こっちはやっとの事でだったのによ…。」
一段落着いたので武器を水で念入りに洗ってから、布で拭き、さらに布は燃やして処分した。
この症状がエンベロープウイルスによるものなのかは分からないが、こういう時に消毒用のアルコール製剤が欲しい。流石に皇国でも高濃度エタノール水溶液を消毒に使う習慣はまだ無い。
皇都滞在中にアルコールの精製も出来るようになっておきたい、一応方法については考えがある。一度精製さえしてしまえば、アルコールは消毒薬だから薬としてカウントされて『薬師の加護』の対象内になるはずで、以降は簡単に作り出すことが出来るはずだ。
エタノールが作れれば、ジエチルエーテルつまり麻酔薬が作れる可能性が出てくる。この世界にも硫酸はあるだろうか?
馬車を確認したが、乗っていた人たちは無事でみんなから口々にお礼を言われた。
馬についても傷はなく、走るのに支障はないようだ。あとは御者だけだが…
そう思っていたら、道の外れから誰かが走ってくる気配がある。
近づいてきて、それが腕から血を流した御者なのが分かった。
「たっ、助けてくれ!!奴らにやられた!!」
どうやって振り切ってきたのか知らないが、真っ先に逃げておいてやられたからって戻ってくるんじゃねえよ。と思っていたら、こっちに近寄ろうとする御者にジギスムントが剣を向けて叫ぶ。
「近寄るなっ!!!その怪我が屍人に噛まれたり引っかかれたりしたものならお前は既に屍人症に感染している可能性が高い!!
悪いが馬車に近寄らせるわけにはいかない!!」
「な、な、なんだって…。」
御者はその場でへたりこんだ。
ウイルスや菌によるものなら感染価がそんなすぐに出るとも思えないし、空気感染じゃないなら拘束しておけば乗せても大丈夫なはずだが、別の原因かもしれないしこの世界の人間が感染学に詳しいわけでもないから、御者は離れてついてこさせるか置いていくかになるか。
最悪、殺すって選択肢もあるにはあるが。
「ジギスムントさん、御者を追って新手が来てもまずいですし、とりあえず町に向かいませんか?」
「ああ、早々に発った方が良いな。逃げた御者が屍人にやられたって事は、この辺りに屍人が大量にいるのかもしれねえ…。
御者、置いていかれたくねえならお前は馬車から少し離れて後ろをついてこい。」
絶望したような顔をしている御者は小さく頷いた。
幸いと言うか、乗客の中に馬車の取り扱いが出来る人が乗っていたのは助かった。
この国の感染対策がどうなっているのか不明だが、町にすぐ入るのは止められるかもしれない。
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