幕間 考えるヒトと考える狼

「金色狼がこちらを睨んできたその時、薬師の小僧を庇いながら俺ァこう言ってやったんだ!

『かかってこい金色狼!!この鉄壁のグレゴール様が相手してやるぜ!』

ってな!!」


「そうだったか?なんか震え声で喋ってた気がするが?」


「そういうてめえは頭抱えてタスケテタスケテって呟いてたじゃねぇか!」


「くそぉ、それを言われると弱いぜ…。」


今日も賑やかな酒場に笑い声や話し声がこだまする、ここはヒルデスの町の大衆酒場『ツヴェルグの腰掛』だ。

少し行った所にある鉱山による鉱業で栄えている町ヒルデスには、酒場の名の由来になっている髭もじゃで背が低く筋骨隆々の特殊な種族とされる鉱夫の伝説が伝わっている。


賑やかな酒場の中、その喧騒から少し離れた二人席に男女が座っている。

ゲーアルトとグレータだ。

本来なら真っ先に喧騒の輪の中に入る二人である。


「…今回の大討伐は本当に肝を冷やしたぜ、結構強くなってたつもりだったが金色狼を見て冷や水を浴びせられた気分だ。」


「そうだね、あたいも本当に死ぬかと思ったわ。自慢の『火の加護』もああなっちゃ撃つ事すら出来やしないのが分かったよ。」


二人は少し落ち込んでいる。

ゲーアルトは、酒場を見渡してから言う。


「薬師の坊主は来ていないみたいだな。」


「ええ、そうね。」


二人の間に妙な雰囲気が漂う。


「金色狼が大人しく退いたのは、おそらくあの坊主のおかげだよな?」


「一応、鉄壁のグレゴールって可能性も有るけどね。ま、十中八九あの坊やだと思う。」


「金色狼はやはり二級害獣に指定されるだけある危険極まりない害獣なのがよく分かった。あの咆哮は普通の奴じゃ耐えられないからな。」


「加護のかかった咆哮は危険だからどんな状況でも背を向けて逃げるなとは聞いていたけど、二級害獣の咆哮があんなにヤバいなんて思わなかったよ…。」


高いランクの害獣狩人であれば当然知っている事、それは『加護』は人間のみが持つものではないという事である。

つまり生きとし生けるもの、もちろん害獣にも『加護』を持っている個体がいる。害獣に限っては高いランクになればなるほど持っている可能性が高い。


皇国における最近の研究では、変異種と呼ばれる個体も実は加護持ちの可能性が高いという事が分かっている。

人間たちと同様に加護による恩恵で、同じ種族ながら圧倒的な強さを持っているというわけである。


二級・三級に指定されている害獣の多くは、その咆哮にも加護がかかっているため、普通の人間はそれを食らうだけで失神してしまう。

耐えられるのは武道などで精神修練を積んだ強い武人、もしくは強力な加護を持った人間である。


ちなみに一級害獣は州が一つ二つ滅ぶクラスの害獣なので、そんなレベルの話ではない。一級認定された害獣は過去に一体のみである。


「あの坊やは二級害獣の咆哮を食らっても全く堪えてなかった、つまり尋常じゃないレベルの武人か、とてつもない強力な加護を持ってるかって事ね。

グレゴールの大きな盾に隠れていたおかげで助かったみたいな顔をしてたけど、あんな盾で防げる物じゃないのはよく分かってる。」


「ああ、薬師だから後方部隊なんですヅラをしていたが、あの黒い槍も相当な業物に見えた。アイツ戦っても相当強いぜ。」


「あの子、見た感じだと20にすら全然届かない坊やでしょ?とんでもないのがいたものね。」


「化け物は金色狼だけじゃなかったって話だ、いてくれて正直助かったがこうも見せつけられるとへこむぜ。

ま、落ち込むのは今日で終いだ、明日からはまた害獣を狩りまくって強くなってやる。」


「命あっての物種、でも今回のは今後を考えると良い経験になったよ。ゲーアルト、これからも頑張っていこうじゃないか。」


グラスを合わせて乾杯をし、二人とも一気に飲み干す。

そこにだいぶ出来上がっている害獣狩人が絡んできた。


「ゲーアルトさん、グレータさん、何二人でしんみりしてるんですか!ジーゲーで起こった豚人の大討伐の話聞かせてくださいよ!」


「…よーし、てめえらに俺の大活躍を教えてやろうじゃねえか!!」


「そうこなくっちゃ!!今晩は飲み明かしましょう!!」


「…まったく、ゲーアルトはしょうがないねえ。」


そう言いながらも、顔は笑っているグレータ。

賑やかな酒場の夜はまだまだ長い。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



金色狼は考える。あのヒトとの戦いを避けたのは正解だったと。


我々は非常に強い種である、ヒトなど束になろうと相手にならない事は自分がよく知っている。

ただしヒトは美味しくないし、とんでもない数の集団で襲い掛かってくる事がある。

なのでヒトは積極的に狩るべき相手ではないと分かっている。

我々は賢い、ヒトの知識もある程度得ている。


ヒトは単独では弱い、だが例外がある事も我々は知っている。

戦ってはいけないと思ったことが三回ある。


一回目は、まだ我が小さい時の事だ。

母と共に行動していた時に、とあるヒトのオスと出会った。

母が咆哮をあげたが、涼しい顔をして立っていた。


ヒトが木を切るのに使う道具、それをヒトの背より大きくしたものを持っている。

目を凝らしてよく見るとヒトの体が強く光り輝いている。


母もそれに気づいたのか


『全速力で逃げよ』と声をかけ、ヒトに駆けていく。


母は強い、どんなヒトも獣も前足の一撃で殺してきた。それを何度も見てきた。

ただそのヒトに限っては前足の一撃を軽々と受け止め、持っている道具を力任せに叩きつけ母を吹っ飛ばしていた。


それを見た我は、必死で森の中に逃げ込み走り続けた。

森の奥に隠れてから、日が昇り、しばらくして暗くなる、それが何度か過ぎてから戻ってみると、大量の血の跡があるのみで母の姿はなかった。

おそらくあのヒトに殺されたのだろう。


この出来事があってから、戦ってはいけないヒトがいる事を学んだ。


二回目は少し前の出来事だ、とある森でヒトのメスが一人で歩いているのに出くわした。頭が金属のような色をしていて、体には葉のような色の服を纏っている。


戯れに葬ってやるかと思った瞬間、離れた距離にいたはずのヒトが我の目の前に立っており、持っている金属の棒で切り付けていた。我の前足から血が出ている。


何が起こって何をされたのか全く分からなかった、ヒトの動きが全く見えなかった。

ヒトをよく見ると、得体のしれないおどろおどろしい何かが纏わりついているのが見える。


これは、戦ってはダメなヒトだと一瞬で悟り、全速力で逃げた。

幸いヒトは我を追って来なかった。


三回目は先ほど出会ったヒトだ。貧弱なヒトがいたので、我が子の修練に使った。

修練が終わったところで、別のヒトの集団に咆哮を浴びせた。


案の定、ヒトはまともに動けなくなった。子の修練に使ったヒトよりは戦えるが、それほど強くないヒトの集団だと思った。

だが、一人だけ咆哮に全く動じていない頭の上が夜のような色のヒトのオスがいた。


母の時と同じだ。


よく見ると、母を殺したヒトよりも強く光り輝いているのが分かった。

あれは絶対に戦ってはいけないヒトだ。


分かっていない子が向かって行こうとしたため、たしなめその場を去った。

あのヒトが追ってきた場合、母のように子を逃がすために我が食い止める必要があると思っていた。

だが、今回も幸いヒトは追って来なかった。


これで、子にも戦ってはいけないヒトがいる事を教えられた。


我々は賢く強い、並のヒトや獣など敵ではない。

ヒトは弱い。だが我々でも勝てないヒトがいる事はより生き永らえるためには知っている必要がある。

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