第38話 緊迫の時

大きな金色狼は、こちらをじっと見続けている。品定めでもしているんだろうか?


そう思っていた矢先の事だ。


『ガウッ!!!!!』


突然、辺り一帯に響き渡るようなとてつもなく大きな咆哮ををあげた。ただの音のはずなのに押されるような強い圧を感じる。


ドサドサッ…


何かと思ったら、その音と同時に周りにいた総合ギルド職員や後方部隊の連中が全員、害獣狩人の何人かが倒れている。

見ると、泡を吹いているもの、白目を剥いている者、状態は様々だが倒れた者は全員意識を失っているようだ。


意識を保っていそうな人も全体の1/3ぐらいはいるが、それも膝立ちで呆けていたり、丸くなって頭を抱え助けてくれと呟き続けていたりとほとんどが使い物にならない状態だ。


辛うじて動けそうなのは、剣を支えに片膝をついているゲーアルト、足が少し震えてはいるが両足で立っているグレータ、大きな盾を支えにして全身ブルブルしながらも一応立っている鉄壁のグレゴールの3名、それから特に何ともない俺だけだ。


なんで俺だけ全然大丈夫なんだろう?加護のおかげ?


「だっだだだだ大丈夫だ、こっこの鉄壁のグレゴール様がかっかかか完璧に守り抜いてやる!!」


こんな状況でも護衛者としての仕事を全うしようとしているグレゴールは中々大した男だ。


「くそっ、やはり見逃してくれないか…。俺たちもここまでか…。」


悔しそうにゲーアルトが小声でつぶやく。


「この状態じゃ火の加護も出せそうにないよ…、逃げようにも足がまともに動かない…。」


グレータも立つのがやっとの状態のようだ。


金色狼はこちら全体を見渡して様子を伺っているようだが、

俺の方向、正確には俺とその前にいる鉄壁のグレゴールがいる方向に顔を向けると同時にピタッと動きを止めこちらを凝視してるようだ。


「ふっふふふ、流石は金色狼。おっ俺様の実力をみみ認めやがったか!か、かかってきやがれ!!!」


精一杯の強がりを見せる鉄壁のグレゴール。

一方で金色狼は音もたてずこちらをじっと見続けている。


感覚としてそのまま30秒ぐらい経った頃だろうか、小さい金色狼の内の一匹が少しずつこちらに近寄ろうとしている。

いざとなったら、なりふり構わず『薬師の加護』でマテンニールやトリカブトを使う必要がありそうだ。槍をぐっと握りしめ身構えていると、


『ガウッ』


大きな金色狼が短く唸る、その声と同時に小さい金色狼が立ち止まって振り返る。

そして大きな金色狼はこちらからふっと視線を外すと、小さい金色狼たちと道から外れた林の中に入っていって見えなくなった。


理由は分からないが、向こうは戦闘を回避する選択をしたらしい。


完全に金色狼が見えなくなって、グレータが大きなため息をついて、へたり込む。


「た…、助かったー。今回ばかりはあたいも死を覚悟したよ。」


膝立ちの状態から、立ち上がりつつゲーアルトも言う。


「まさに見逃してもらった、だな。戦ったところで俺たちじゃ、あっという間に返り討ちだったろう。」


「おっ俺様にビビッて金色狼の野郎逃げだしやがったな!!」


まだ震えているのに必死で強がりを言うグレゴール。

でも一応咆哮の後も意識を保って立っていたし、最後まで護衛者としての責務を全うしようとしてたしなんだかんだで立派だよなあこの人。


「とりあえず、みんなを介抱して早々に町に戻らないとだね。薬師のお兄さん、手伝ってくれる?」


「ええ、分かりました。気付け薬はありましたかね…。」


グレータと協力しながら、みんなを介抱して回った。

なお、ゲーアルトは起きろ!と言って気絶した人たちをビンタして回っていたのは少し気になったが…まあ良いか。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



あの後、全員を介抱しなんとか夕方過ぎにヒルデスの町までたどり着いた。

ちなみに保護活動家たちとその護衛だが流石に全員持って帰るわけにもいかなかったので、形見になりそうな物だけ運び、遺体は近くの森に埋められる事になった。

今後はあの森で獣を見守る事が出来るんだ、彼らもきっと喜んでいるだろう。あの活動が本心からやっていたことであればだけどな。


町の入口で、総合ギルド職員が声を上げる。


「とんでもないトラブルが起こりましたが、討伐隊は誰一人欠くことなく何とか大討伐依頼を果たすことが出来ました。

報酬については今日のうちに算定し確定させますので、明日以降に総合ギルドの害獣狩人用の受付までお越しください。本日はお疲れさまでした。」


わあっと歓声が上がり、みんなが笑顔になる。


「金色狼については総合ギルドに報告をあげておきます。金色狼は人よりも賢いとも言われる害獣です。

この町に襲い掛かってくる事は無いと考えて問題ないです。では、これで解散とします。」


それを聞いて、ゲーアルトが大声で声をかける。


「全員本当にお疲れさんだ!!!よーし、今から全員で飲みに行こうじゃねえか!!!」


それに鉄壁のグレゴールが応える。


「賛成だ!!!金色狼に敢然と立ち向かった俺様の雄姿をお前らに語ってやろう!」


ワイワイ話しながら、ヒルデスの町の飲み屋の方に大勢が向かうようだ。ちなみにだが、俺は行く気はない。というか『薬師の加護』の圧倒的な毒への耐性は、アルコールにも効くらしく、こちらの世界でも製造されている葡萄から作った葡萄酒を試しに瓶一本を飲んでみたが全く酔わなかった。


また、荷物運び要員や一部の狩人は、これから回収した銀色狼の素材を運んだり処理するなどの必要があるらしく、参加しないみたいだ。後から合流するのかもしれないが。


そんな中で残っていた総合ギルド職員に声をかける。


「すみません、明日早々にここを発つ予定なのですが報酬は明日にならないと出ませんか?」


「薬師のトール様ですね。トール様は銀色狼の討伐はされておりませんので、薬師の日当が出るのみで算定作業はありません。

従って今日中に報酬をお渡しできますよ。」


「そうですか、ありがとうございます。このまま総合ギルドに寄ってみます。」



総合ギルドで報酬(金札2枚、約20万円だ)を貰い、一晩泊まって早々にヒルデスを発った。


やれやれとんだ討伐依頼だったな、あの金色狼とやらと戦ったら五体満足ではいられなかったかもしれない。

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