第35話 大討伐依頼

よし、知らんぷりしてこのまま総合ギルドを出よう。

そう思っていたら、さっき銀行窓口でお金を卸すのに声をかけたおばさんが眼鏡の受付嬢にこちらを指さしながら何か話しかけているのが見える。


受付嬢が小走りにこちらに駆け寄ってきた。

…駄目だ、これは手遅れかもしれない。


「トール様ですね、四級薬師と伺っております。銀色狼の大討伐依頼に参加いただけませんか?

御存じかと思いますが、薬師でかつそこそこ以上の害獣狩人の方というのが中々いらっしゃらなくて…。」


「いやあ、旅の途中でして。ここに長く滞在する予定も無いんですよ。申し訳ないですが遠慮させてください。」


「トール様は大討伐依頼の特例については御存知ありませんか?」


「は??」


「大討伐依頼は都市自体の安全性や都市生活の危機の際に発行される緊急で重要度が高い依頼なため、総合ギルドに特別な権限が付与されます。

通常は強制依頼が発生するのは三級以上からになりますが、大討伐依頼は異なります。

基本的には自由参加ではありますが、人が集まらない場合は必要に応じて、級に関わらず業務請負人であれば強制的に参加させることが出来ます。」


「(そんな事初めて聞いたぞ!?国民登録の時に貰った冊子で総合ギルドの規約について一通りは読んだつもりだったが、もしかして見逃したか。

今後もこういうのがあるって事じゃん、最悪だな…。)」


嫌な顔をして考え事をしているのが伝わったのか、眼鏡の受付嬢が続ける。


「旅の途中で急がれているのかもしれませんが、トール様以上に適任な薬師が今この町にはいらっしゃいませんのでご参加ください。

大討伐依頼は3日後を予定されております。それまでの滞在費についてはこちらで負担いたします。もちろん、討伐報酬も出ますよ。」


まいったなと額に手を当てて、うつむいていると後ろからガシッと肩を組まれる。


「まあまあ、兄ちゃん!俺たちがいるんだ、薬師なら後方でゆっくり待機してるだけで戦闘にはならねえよ!

滞在費も出るし、当日ものんびり待ってるだけで金が稼げるんだし、参加してくれや!な?」


ゲーアルトと名乗った男が、肩を組んで馴れ馴れしく話しかけてくる。


「大船に乗った気持ちであたいたちに任せてくれるだけでいいんだ。頼むよ薬師の坊や。」


グレータと呼ばれた女は、妖艶な笑みを浮かべながら俺の頬を撫でる。


日本では一応の32歳のオッサンだったので、これぐらいではどうとも思わないが多分トール君は転生した時点で15歳の童貞だろうから、中身がそのままだとこんな事されたらドキドキだったろうな~。


15やそこらの俺があまり動じないのを見てか、女は若干不満そうな顔をしている。


「…分かりました、そういうことであれば仕方ありません。薬師として参加する事にします。」


それを聞いて、受付嬢は少し嬉しそうな顔をしてさらに続ける。


「ありがとうございます。ゲーアルト様がおっしゃったとおり、薬師として後方支援を主として参加いただきますので、

戦闘についてはほぼ無いと存じます。よろしくお願いします。

この後、参加者が揃ったところで大討伐依頼の詳細と報酬、それから滞在費についてご説明いたしますので少しお待ちください。」


受付の方を見ると、武器防具は装備していないガタイの良いおっさんなんかもいるようだ。多分、この人は荷物運び用の要員っぽい。


しかしこうも面倒ごとに巻き込まれるとは…、

これも天運のなせる業なのか、だが貰っている物が破格も破格なのでやむを得ないか。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



2階にある広い会議室みたいな部屋で、大討伐依頼のブリーフィングのようなものが始まった。


まずは銀色狼だがこれは第六級害獣に該当する生物で、銀と言うか正確には灰色っぽい毛を持つ普通の狼だ。

皇国全土にそこそこいるポピュラーな獣で、俺も薬の原材料になる草木を採取する際に何匹かは狩った経験がある。

割と素早く牙も鋭いので、普通の人が狩るには難しい獣だ。それがおおよそ第六級害獣の基準でもある。


数体までであれば六級だが、数十体集まると五級害獣扱い、数百体集まると四級害獣扱いまでランクアップする。

それは銀色狼が集団で連携して狩りをするぐらいには知力がある害獣だからだ。


ちなみに毛皮や牙・爪、肉は状態が良ければそこそこの値段で取引されている。


今回の大討伐依頼は、ここヒルデスから少し行った所にある鉱山に行く道の、途中の草原・森で銀色狼が大量発生した事によるもの。

依頼の発行主はこの町を治める、町と同じ名前の貴族であるヒルデスという七級貴族らしい。

既に何人か鉱員が犠牲になっており、このままだとヒルデスの主要産業である鉱業に大きな影響が出かねない状態になっていて、何も対処しないと町の運営や税収がまずくなりそうという話だ。


鉱山まで続く道近くの群生地帯を潰して回る計画で、町から出て全員で行軍しながら鉱山への道すがら減らせるだけ数を減らすという感じの作戦になるようだ。

銀色狼は集団で狩りをするので、王国でやった豚人討伐のような作戦を取ると各個撃破されかねない。


俺のような薬師や荷物運び、状況確認のための総合ギルド職員など後方要員は基本的には戦闘に参加せず、一応護衛役もついている。

今回のケースでは自ら鉄壁を名乗る、大きな鉄製の盾を持つ筋肉ムキムキでガタイの良いグレゴールとかいうおっさんがそれに該当する。一応五級護衛者らしい。


「お前らの護衛は、この鉄壁のグレゴール様に任せろ!!傷一つつけさせはしねえ!!」


とか言ってたな、見た目はそれなりに頼りになりそうな感じだった、実際はどうか分からないが。


俺については、総合ギルドが十分な薬を用意しているので自分で用意する必要はなく、適切な薬を使用したけが人の手当てや、薬が無くなるような緊急事態の対応が俺の役目だ。

とは言え、緊急事態になっても『薬師の加護』を見せる気はさらさら無い。


討伐部隊には俺たちのような後方要員は除いて、四級害獣狩人であるゲーアルトとグレータが主力、さらに六級と五級の害獣狩人が数十人という大所帯になる。

これでも数百体クラスの銀色狼相手だと、ギリギリ十分という感じのようだ。


討伐開始は三日後、変な事が起きなければいいが…。

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