第34話 ヒルデスの町

昨日はゴタゴタに巻き込まれて、ホント大変だった。得られる物もあったが、村の出来事については少し心が痛む。

急ぐ旅ではないにせよ、この手の騒動は出来るだけ避けたいところだが…

もしかすると加護による運の良さ、言うなれば天運にはこの手のイベント遭遇率にも関係しているのかもしれない。


早朝にボルンを出発して、また町から町へのトールの旅が始まる。



ジーゲー州を出るまでは、特に問題も無く進むことが出来た。実際ノルトラエ州からアーヘン州に向かうルートは見知った限りでは比較的平坦な道のりで、これと言った難所も無い。


ジーゲー州は農業や畜産が盛んとの事なので、途中の町々で野菜や肉の種類、調味料なんかの情報が得られたのは良かった。


野菜については、日本で見かけるキャベツやニンジン、ジャガイモやトマトなどに似た野菜が栽培されているのは分かった。

やはり地球と植生が似ているようだ、でも地球ほど品種改良が進んではいない。

例えばジャガイモっぽい芋については皇国芋と呼ばれている。サツマイモもどこかにありそうだ。


あと皇国には米がありこれを食べる習慣があるのは、中身が日本人の俺からすると幸いだった。

ただ、米とは言っても東南アジアで栽培されている細長いコメに似ていた。パエリアのような出汁と一緒に煮て作る料理があって割と美味かった。

ただし、それだけ炊いて食べるのには向いてないかもしれない。少なくとも皇国にはそういう習慣はない。


残念なのはやはり皇国には醤油が無い事だ。大豆(正確には日本の大豆とは違う種類かもしれない)が育てられている先で、

醤油のような調味料があるか聞いてみたが、普通に豆だったりペースト状にして料理として食べられているだけらしい。


醤油ってどうやって作るんだったかな、作り方についてはアニメでやってた日本昔話でタヌキが醤油を作る話の記憶ぐらいしかない。もろみがどうたらで、歌を歌いながら一晩中かき混ぜてたような…?


魚醤は塩と一緒に魚を漬けておくと出来て、それを濾すと出来るみたいな話を聞いたことがあるから、

おそらく大豆を蒸して柔らかくして、発酵元になる麹菌のような物と塩水を入れて置いておき、適度にかき混ぜてやれば良いんじゃないかと思うが…。

この後も見つからなかったら、ザレに定住後にチャレンジしてみたい。



盗賊団の撃退から、野菜などの食物の情報などを集めながら1週間ほど町から町への旅をして、ようやくレムシャント州に入った。

ここも農業や畜産が主な州だがジーゲー州と違うのは鉱脈が通っているのか、鉱業が割と盛んらしい。


いくつかの町を経由して、ヒルデスという名の町に着いた。レムシャント州の中では大きめの町で、少し行った所にある鉱山による鉱業で栄えている町だ。

石造りの家が並び、景観も中々悪くない。


ここの町には総合ギルドがあるからお金を補充しておくか、銀行窓口でお金を卸し出ようとすると何やら騒がしい、おいおいボルンと同じパターンじゃねえだろうなこれ。


「銀色狼の討伐はんたーい!!害獣だって生きているんだ、討伐するのはかわいそうじゃないか!」


「討伐せずに捕獲して、遠くの森に離してやれば良い!!」


「そうだそうだ!!!、害獣にだって子供もいる!害獣とは言え、家族を引き裂くような真似を人のエゴでやってもいいのか!!」


「すみません、大討伐依頼受付の邪魔をしないでください…。急ぎの案件なんです…。」


眉をハの字にした明らかに困り顔の気が弱そうな眼鏡をかけた受付嬢のカウンターの前に、木で出来たプラカードのような物を持って大騒ぎをしている連中がいる。

その連中に向かってカメラのような物を向けている奴もいるようだ、記者かなんかか?というかカメラあるんだ皇国。


周りにいる害獣狩人っぽい人たちはみんな迷惑そうな顔をしている。


うわー、日本にもこういう頭が年がら年中春休みのおめでたい連中いたよなあ。

自分は安全圏に住みながら、熊の被害に困っている地域に熊を討伐するなみたいな寝言を電話したりメールするようなゴミ以下の連中。

王国だったら容赦なくぶん殴られるなりぶった切られるなりしそうだが、流石に皇国だとそれはダメそうだ。

そう思っていると、大きな声が響く。


「どけっ!!討伐依頼を受ける気がねえなら、俺様の邪魔するんじゃねえゴミども!!」


威勢のいい男が、プラカードを持った連中を後ろから蹴飛ばす。

見ると、短い金髪をオールバックにした三十代ぐらいの男で、背中に大きな剣を下げ立派な皮鎧を纏っている。


「なっ、なにをするんですか!!」


「依頼を受けるつもりがねえならとっとと失せろゴミ、真っ二つにされてえのか!!」


背中に抱えた大きな剣に手をかけながら、連中ににらみを利かす。

冷静に考えたら流石にこんなところで人殺しするとは思えないが、連中を脅すには十分だったようだ。


全員青い顔して、ギルドから速足で出て行ってしまった。


「なんだあの腰抜けどもは、姉ちゃん銀色狼の大討伐依頼はまだ受け付けてんのか?

なら俺たちに任せろ!!俺たちは四級害獣狩人ゲーアルトとグレータだ!」


国民証をギルドの受付に出しながら、自己紹介する男。


「は、はい。こちらでお受けいたします。」


「おう!じゃあ頼むぜ、なあに銀色狼の100匹や200匹俺がぶっ殺してやるぜ!!」


スカート部分に深いスリットが入ったワンピースのような服に、茶色い皮のローブを纏った色っぽい赤いロングヘアの女も受付に笑いながら声をかける。


「あたいは火の加護持ちだからね、狼なんて森ごと燃やし尽くしてやるわよ。」


「森ごと燃やされたら困りますぅ…。」


ゲーアルトと名乗った男が、受付と逆側を向いて大声で話す。


「おい、てめえら!!俺様たちがいるからにはこの依頼は楽勝なのは保証するぜ!!楽に稼ぎたい狩人は全員集まれ!!」


周りにいる、害獣狩人っぽい人たちが周りの人たちとこそこそ話している。


「ゲーアルトとグレータっつったらそこそこ名の知れた害獣狩人だぜ…。」


「二人が去年にジーゲーで起こった豚人の大量発生でも大活躍したって話は聞いた…。」


「大討伐依頼とは言え、おこぼれで楽に稼ぐチャンスかもな…。」


その後、20人ぐらいが受付に我先にと集まりだした。全員、大討伐依頼を受けるみたいだ。


「よしよし!全員でパッと行って、パッと終わらせて、ガーッと祝杯を上げようぜ!!」


「ゲーアルト!!いい加減、奢りだなんだで稼いだ金を一晩で使い切るのはやめておくれよ!」


ゲーアルトとグレータという男女が現れて一気に雰囲気が変わったな、まあ俺はそんな依頼を受けるつもりはないからさっさと今晩の宿を探そう。晩飯は何を食おうかな、最近はパスタ料理が続いていたからな…。


そう思っていたら、受付嬢の小さな声が聞こえた。


「大討伐依頼なので、狼からの毛皮剥ぎ取りとか荷物持ちや薬師などの補助が出来る人も募集しています。該当される方はいらっしゃいませんか…?」


嫌な予感がヒシヒシとする。やはり『加護』の天運によるものなのか…。

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