第33話 三者三様

馬車に着くと荷物の類や盗賊団の生き残り二人は既に馬車に乗せられ、出発の準備はもう終わっているようだ。

ザームエルが馬車にゲスタフの遺体を乗せる。

馬車に乗る前に、村で助けた少女アリーセがいたので一言二言会話した。

父親を亡くして憔悴しきっているようだが、なんとか立ち直って欲しい。



村長やアリーセ、その他何人かの村人に見送られて村から出発した。

盗賊団の二人が当たり前のように馬車に乗っているのがなあ。


「盗賊団長の死体もですけど、盗賊団の二人が馬車に乗ってるのが気にくわないですね。」


一人は片腕がない状態、もう一人は腹を切られて息も絶え絶えな盗賊団の生き残りがこっちを信じられないと言いたげな顔で見る中、エッボンがため息をつきながら言う。


「トール殿は中々手厳しいな、二人は生きた証拠だから総合ギルドまでは生かしておきたい。悪党とは言え、遺体に尊厳が無い行為はしたくないんじゃ…。」


「そうですか、分かりました。」



途中会話らしい会話も無く、夕方ぐらいにボルンの町の総合ギルドまで着いた。

エッボンが盗賊団の二人を総合ギルドに引き渡して、ギルド職員と話し込んでいる。

エッボンが手招きして俺を呼んだ。


「トール殿も盗賊団の副リーダーであるバルトルを殺しているから、証言して欲しいそうだ。悪いが付き合ってくれるか。」


「分かりました。」


応接室のような所に通され、盗賊団の規模・襲撃内容などなどをエッボンやアライダ、他3名と一緒に報告する。

エッボンはゲスタフの事はあくまでヴィースバーデ州関係者とだけ報告し、詳細には報告しないつもりのようだ。

死体も自州に持って帰る旨を通達し、総合ギルドに了承を貰っていた。普通そんなの認められそうにない気がするが、貴族の特権かもしれない。

まあ、現ヴィースバーデ当主の甥がジーゲー州を荒らしまわっていた盗賊団の首謀者なんて知られたら、ジーゲー州もただでは済まさないだろうし。


正直、そこは予想通りでここが弱みになるからゲスタフがリンチされたと分かっても目を瞑るしかないだろうと思っていたし、俺への報酬を無くしたりケチったりすることも無いと確信していた。

全てを知ってる俺を暗殺する可能性もあるが、ボトロックと少なからず繋がりがある事を知っている以上、そこまではしないと考えている。


俺がやった事は本来望んではいない自ら厄介事を抱え込むような事だが、関わった以上は諸々落とし前は付けさせたいと思っての事だ。そのツケを払うぐらいの覚悟はできているし、今となってはそれだけの力を持っているのを自負している。


今回、賞金首を討伐したわけだが俺は賞金首狩人として登録していないので級が上がったりはしないようだ。

総合ギルドからは登録を勧められたが、こんな事を今後積極的にやる気はないし、級を持ってる事で依頼されたりしても嫌なので断った。



一通りの報告を終えると、すっかり日が暮れていた。

疲れ切って昨日よりは幾分老けて見えるエッボンが話しかけてくる。


「トール殿、約束の報酬をお渡ししたい。まずは金札10枚(約100万円)。」


金を受け取る。さらに封筒のような物と地図を渡される。


「それから約束していた、ザレの薬屋への紹介状じゃ。これを店の店主に渡せばすぐに分かるはず。店の場所はこの地図に載っておる、ベーデカ夫婦が営む薬屋じゃ。」


「ありがとうございます、確かに受け取りました。」


「してトール殿、今回の盗賊団の一件。先にも言った通り分かっているとは思うが…。」


「そこの諸々は承知しています。エッボンさん達と協力してジーゲー州を荒らしまわっていた盗賊団を討伐した、その中にの貴族崩れがいた。そう認識していますがいかがですか?」


「大いに結構。」


「ではこれで失礼します。またお目にかかる事があればよしなに願います。」


一礼して、エッボンの元を去る。

今晩はもう遅いのでボルンに泊まって、早朝次の町に向かう事にしよう。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「悪いがお前たち4人は、今回の件を早々にアルフォンスまで伝達を頼みたい。も持って行ってくれ。

ああそうだ、トール殿の事は報告しなくて良い、最初からいなかったことにせよ。」


「承知いたしました。」


ザームエルを始めとした4人は、積んであるゲスタフの死体と共にそのままヴィースバーデ州に向けて出発した。

それを町の入口で見送る二人。


「御屋形様、トール殿は放っておいてよろしいので?」


アライダが問いかけると、エッボンは大きなため息をつく。


「はっ、首謀者がジーゲー州の貴族崩れとはよう言うたものよ。

実際のところ、ゲスタフを間接的に殺したのは十中八九トール殿だろうし、その上で我が家の汚点を知られておるわけだ。何らかの対処をするとして、アライダから見てトール殿の実力はどう思う?」


アライダは顎にひとさし指をあて、頭を上に傾けて少し思案してから答える。


「ゲスタフ様こそただのお飾りですが、あの盗賊団はそれなりの武闘派、中でもバルトルは四級賞金首狩人を返り討ちにした過去がある実力者です。

そのバルトル含めた複数人の盗賊団員を相手にして無傷で切り抜けている事から考えて相当な強者なのは間違いないでしょう。

もしかすると天授の武器や特別な加護によるものもあるかもしれません。

従って、ザームエルぐらいが何人束になったところで簡単に返り討ちに会うでしょう。

私ならやれなくはないと思いますが始末するのはかなり難しい可能性が高いです。あるいは差し違えるやもしれません。」


「同感じゃ、トール殿と本格的に事を構えればこちらも無傷では済むまい。

元々、ゲスタフは一族の生き恥ゆえに領地に連れ帰ってアルフォンスの判断と裁きを仰ぐつもりじゃったが、我が孫ながら許しがたい外道も外道じゃ。いずれにせよ極刑が相応しいとは考えておった。わしとしてはトール殿にさして恨みも無い。

余計な事をして繋がりのあるボトロックや他の貴族に伝達されたり、そこからヴィースバーデ前当主が一民間人を殺そうとする貴族なんて事をお上に知られたりしたら、家ごと改易すら有り得る。

トール殿の言動や態度を見る限りでは、そこらを把握して行動しておるし敵対する意思は見えなんだから、こちらから悪意を持って接さなければ余計な事はされまい。ただし最低限の動向だけは、総合ギルド経由で把握しておく事にする。」


「承知いたしました。」


「万一、これをもって脅迫したり広めたりなどすれば対応を考えるとしよう。

しかしまさか盗賊団にいたのがよりにもよって我が孫で、ここまでの愚か者だとは夢にも思わなんだわ…。」


「ゲスタフ様については、御屋形様のご心情お察しするに余りあります。」


「トール殿の武やしたたかさの半分でもゲスタフが持っておればのう…。」


「トール殿については我がグートハイル家にも相応しい実力があると思います。

場合によっては、我が妹のとして迎えるのもやぶさかではありません。」


「お主の相手では不足か?」


「私の見立てでは、純粋な武においてトール殿はおそらく私よりは弱いと思います。つまり、私のつがいは務まりません。」


「まだ十七にも関わらず既に二級害獣狩人・二級賞金首狩人・二級護衛者たるお主より強い男となると、皇国に100人もいないと思うがのう…。」


今回の件は肉体的にも精神的にも老体に堪えた、北の温泉地で湯治したいエッボンなのであった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



アリーセは自分を助けてくれたトールがボルンの町に帰ると聞いて、見送りに来た。

あの襲撃で父が死んで以来、気持ちは沈んだままだ。

村の入口で、出立の準備をしている兵士たち。トールさんがお爺さんたちと一緒にやってきたので話しかける。


「トールさん、あの時は本当にありがとうございました。」


「いや、礼には及ばないです。お父さんは残念でした。」


それを聞いて、優しかった父の事をまた思い出してしまう。


「なんでこんな事になってしまったんでしょう…、私たちは日々一所懸命に生きていただけなのに…。」


「アリーセさんは農家なので分かると思いますが、どんなに丁寧に育てても傷んでしまう作物があるでしょう、そして傷んだ作物は周りの良い作物に悪影響を与えます。

それと同じでどうやっても悪党は沸いてくるものです、そして手早く刈り取らないとこういう被害が生まれてしまう。」


「……。」


「お父さんのためにも、立ち直って幸せになってくれることを祈っております。」



トールさんは馬車に乗って、ボルンに旅立って行ってしまった。


母は私が小さい頃に流行り病で亡くなっていて、家族は父だけだった。その父も亡くなってしまった。私はどうしたらいいのだろう…。

村の人たちが色々親切にしてくれるのは有り難いが、心にぽっかり穴が空いてしまったようで何も響かなくなってしまった。



それから1週間経っても無気力なままの日々を過ごしていた。

夜、寝る時になってトールの言葉がふと頭をよぎる。


『どうやっても悪党は沸いてくるものです、そして手早く刈り取らないとこういう被害が生まれてしまう。』


私たちの生活を壊した盗賊…、誰かが手早く刈り取らないといけない…。

そうか…、そうなんだ…。


空っぽになった私の心の中に小さくとも激しい火が付くのを感じた…。




とある町の賑やかな酒場で、顔が赤くなったゴキゲンな男が喋る。


「なあお前、死神アリーセって知ってるか?最近、この町に来ているって噂だぜ。」


「ああ、知ってる!大きな鎌を持った女賞金首狩人だろ?悪党と知れば、老若男女問わず必ず殺すって噂だな。べらぼうに強くて並の悪党じゃ太刀打ち出来ねぇとか?

まあ、死神っつったって悪党だけをぶっ殺してくれる分には俺たち善良な市民からしたら有り難い神様だぜ!」


「なーにが善良だ、この前立ち小便してるのを衛兵に見つかって、しこたま怒られてたくせに!」


「しょうがねえだろ、飲み過ぎたせいかどうしても我慢できなかったんだから!!」


大きな話し声や笑い声が響く酒場から静かに出ていく、フードをかぶった男が二人。

月と民家から漏れる光だけが明かりの薄暗い道を歩く。


「死神アリーセがこの町に来てるなんて…、本当ならさっさとずらからないとヤバい。」


「兄貴、今晩中に出ていこうぜ。」


町を出て足早に夜道を歩き続ける二人の前に、赤い頭巾をかぶったみすぼらしい恰好をしている女が現れる。

ただし恰好こそ貧しい村娘風だが、刃渡りが1メートルはゆうに越える巨大な鎌を持っている。


「…あんたたちは、数えきれない暴行・強姦・殺人などを犯しているハス兄弟で間違いないですか?」


「てっ、てめえはまさか……!?」


「…ハス兄弟で間違いないですね?」


ギラギラした目をした女が持つ巨大な鎌が、月光で鈍く光り輝く。

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