第28話 依頼
声をかけられた方を見ると、老人と高校生ぐらいの見た目の女の子がいた。
頭が禿げ上がっていてサイド部分が白髪の老人だ、身なりは冒険者風に見える。
女の子は奇麗というよりは可愛い系のショートの赤髪で俺が着てるのと同じような素材で出来たゆったりしたローブを纏い、長い剣を腰に差している。
ぱっと見の印象だが、どちらもそこら辺に住んでる住民という感じではない。
「すまんな、トール殿。少しこの老いぼれの話に付き合ってもらえんか?」
「(俺の名前を知っている?さっきの会話を聞いていたのか?)」
「そうは言われても、こちらは用事がありませんが。」
「まあまあそう言わずに、コーヒーは好きかね?わしが奢るぞ。」
そういえば、皇国にはコーヒーがある。皇国の南の方の地域でコーヒー豆が栽培されているからだ。
ただ栽培量がそれほど多くなく、加工費・輸送費が地球とは比べ物にならないぐらい高いので、結果としてコーヒー一杯の価格がかなり高い、おおよそ銅貨4枚(約4000円)前後が相場だ。
転生前はコーヒーを愛飲していたので、こちらでも度々飲んでいる。
皇国に出回っているのは酸味が少ない種類のようで、地球で飲んでいたコロンビア種に似ている。
砂糖はあるが、牛乳やフレッシュのような物は使用しないのがスタンダードなのでどこでもブラックで飲まれている。俺は『薬師の加護』の恩恵ゆえに毒や細菌・ウイルス耐性が常人と比べて極めて高く腹を壊しにくいはずなので、その内牛乳を使ってカフェオレも飲みたい。
話が逸れたが、この老人には付き合わない方が良いと俺の勘が告げている。
「いやあ、知らない人にコーヒーを奢ってもらう言われも無いですし、遠慮しますよ。」
「ふむう…、中々どうして手ごわいのう。では先に自己紹介をさせて貰おうか。
わしの名前はエッボン、こちらの名前はアライダじゃ。」
少女が一礼をする。
「先ほど、総合ギルドの受付から依頼を受けないか尋ねられたじゃろ?それにわしも噛んでおってな。
腕の良い薬師、それも出来ればそれなりに腕の立つ者を探しておるんじゃ。」
「トール殿は薬師としては勿論、狩人としても相当な腕じゃろ?六級とは言え、その槍と佇まいを見れば分かる。
その感じだと報酬には興味無さそうだが、金札10枚(約100万円)の仕事じゃ。」
荒事の臭いがするな、また討伐系か?
皇国ではそこそこ戦える薬師というのが思ったより少なく、この手の面倒ごとにヘリヒ・ノルトラエでも割と誘われる事が多かった。
もちろん傷病回復薬は持っていくが、戦力にもなる万一の備えというやつだ。
この世界にヒーラーはいないからな、ホ〇ミやケ〇ルを使える人間はいない。
「おっしゃる通り、報酬額には興味ないですねえ。やはり仕事をやるつもりはないです。」
「ふむ……、困ったな。ところで、トール殿は旅をされているようじゃがどこまで行くか予定は決まっておるのか?」
「ええまあ、一応行き先は決まっていて、ゆっくりとそこに向けて旅をしているような感じです。」
「薬師という事だし、例えばその行き先で薬屋をやったりなんて予定があったりとか?」
「と言いますと?」
「こう見えて顔が広くての、もし土地や物件なんかを探すのであれば良い所を紹介できるのじゃが。
州都なら皇国中のほとんどを網羅しておるし、もちろん割引も相当効くぞい。」
「(ふーむ、最終的にアーヘンの州都ザレでのんびり薬屋でも出来れば良さそうではある…。
行き先が得体のしれないジジィに知られるのはどうか、素性を詳しく聞いてからなら大丈夫かもしれないが。
これも加護の運の良さからくる引きの可能性も有るし…。悩むが言ってみるか?)」
少し逡巡してから、決心する。
「今のところは、アーヘン州の州都ザレを目指している感じです。あくまで今のところはですが。」
「ふーむ、アーヘンか…。」
エッボンは鞄から分厚い手帳のような物を取り出し、眼鏡をかけてパラパラめくってとあるページを凝視する。
「(この世界にも老眼鏡があるんだな、つまりガラス工業は発展してるのかも。)」
「……ザレなら、そろそろ引退を考えてる老夫婦がやってる薬屋があるな。土地と物件はかなり良い所にあるぞ。
老夫婦は別業態には売らんが、腕の良い薬師になら格安で譲っても良いと言っておるところじゃ。」
「つまり?」
「依頼をわしらと一緒に受けてくれるなら、紹介状を渡そう。自分で言うのもなんじゃが、わしの紹介状はかなり強力じゃぞ?
ザレで薬屋として十分な店舗の確保が出来る事は確約できるがどうかね?」
ニニニコ笑顔でこう言うじいさん、受ける事を確信してる顔だな。
「(だが断る、ってどこかの岸辺さんみたく言いたくなるけど条件や、おそらく加護から来てる運の良さを考えると引き受けるのが吉か。)」
「分かりました、まずは依頼内容と条件を話し合わせてください。」
「良い返事じゃ、早速話し合おうではないか。ここボルンに良いコーヒーを飲ませる店があるんだ、そこへ行こう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます